SS44 S字カーブの向こう側で
日暮れが早くなり、北海道のバイクシーズン終了のカウントダウンが始まりました。
半円状にとび出ている展望席へ、ヘルメットのベルトを外しながら彼女はゆっくり歩いて行った。展望席といっても駐車場から10mくらいしかなく、木を模したフェンスと粗末なベンチが3本ほどあるだけだが・・・。
展望台から海を挟んで遠方にそびえる山の稜線に、日はまさに落ちようとしている。放たれる、光はオレンジ色に輝き、世界はオレンジ色で満たされている。
彼女は半円状の展望席の一番先にへいき、ゆっくりと真っ赤なヘルメットを脱いだ。
ヘルメットからこぼれる少し伸びた髪が、夕日から伸びる逆光を浴びて、まるで影絵のようにきらめきながら零れ落ちた。
きれいだ・・・・。
素直にそう思った。
思わす立ち止まり、浮かび上がる彼女の後ろ姿を心に焼き付けようとした。が、夕日の力強い光のせいで、思わず目をつむる。それでも、薄目を開けて、彼女のもとへと歩みを進めた。
彼女はじっと、夕日をきらめかせている海を眺めている。
目を細めたまま、彼女に近づいていく。
「れ・・・」
あと2,3メートルというところで、名前を呼ぼうと口を開いた刹那、気配に気づいた彼女は不意に振り向いた。
だが、鋭くつきささる、夕日のせいで、はっきりと目を開けられず、彼女の顔がぼんやりとしか見えない。彼女が微笑んでいるのが、かろうじてわかるだけだ。
うすぼんやりとみえる表情からは、彼女が今、レナなのかレイなのかすらわからない。
逆光に浮かび上がる彼女。
俺は「岡部怜奈」のシルエットを、ただただ、目を細めて眺め、立ち尽くした。
「・・・・・・・」
何かを言おうとしたが言えなかった。
話してしまえば・・・・・・
彼女が・・・・
どちらなのか・・・・・
わかってしまうから・・・・。
それが・・・・たまらなく・・・・・・・・・
こわかった。
ものの2、3分で、あたりは薄紫色と変わっていき、夜の足音がひたひたと迫ってくる。
夕暮れを見届けた彼女は、抱えていた真っ赤なヘルメットをかぶり、あごのベルトを締め始めた。それを見て、俺はCBの方へと踵を返した。
駐車スペースからCBを引き出し、出口向けた。スタンドをかけ、CBにまたがる。彼女は、すでにCBの右側に寄り添うにように立っていた。慌ててヘルメットをかぶり、あごのベルトを締めた。スタンドを払い、CBを直立させる。右手を挙げると、彼女は軽やかにタンデムシートにまたがった。
来た時と同じように、彼女の右手が俺の右腰をあたりに絡まり、ミラー越しに左手がグラブバーを握ったのを確かめる。キーをオンにし、セルを回す。
フォーン。
「もういいのかい?」と聞きたげなCBの排気音。
いいさ。
もう。
「そうか・・・」という代わりに、CBは小刻みなアイドリング音を響かせた。
少しアクセルをあおってクラッチをじんわりとミートさせていく。
押し黙ったままの俺たちを乗せて、CBは深紫へ変わっていく夕闇のロードへと走り出す。
ダウンする道を減速しつつ、最初の右コーナーへと向かう。上りながら右に折れ、すぐに左になるS字カーブ。彼女は、レナは・・・俺にとってS字カーブの向こうにいる存在だった。
アクセルでリズムをとって、切り返し、ぬけた向こうにいた存在。はじめは見えなくても自分を信じてアクセルを開けていけば、絶対に待っていてくれる友達。
そうだろう?
ミラー越しに見えるレナの顔を見る。暗い中で、時折街灯に照らされる彼女の顔からは、何を感じているのか、全くうかがい知れない。
小一時間かからずに、いつものショッピングモールへ着いた。駐車場へ入り、出発した場所と同じ、隅のスペースへとバイクを停めた。
振り返り、左手を上げて降りるように促す。車体の左側に降り、彼女は俺に背を向けた。彼女は素早くあごのベルトを外すと、真っ赤なヘルメットを脱いだ。ヘルメットから零れ落ちる髪を見ても、今度は何も感じなかった。
レナは、背を向けたまま、軽くしゃがむと、ヘルメットをそっと足元に置いた。
そして、何も言わずに静かにショッピングモールへと歩き始めた。
目いっぱい体を捩って振り返る。
彼女の後ろ姿がゆっくりと小さくなっていく。
そして・・・・・・
岡部怜奈は、木漏れ日のように光を放っていた自動ドアの中へ消えていった。
CBにスタンドをかけ、ゆっくり降りる。ヘルメットを脱いで、いつものようにミラーに掛ける。
そして…
アスファルトに置かれた、真っ赤なヘルメットをそっと持ちあげた。
ヘルメットから、彼女の残り香がかすかにした。
ヘルメットから髪の毛がこぼれるの、いいよね・・・?
あ、俺だけ?




