SS5 路上を抜ける風
今回長かったかも・・・。
「へー。女の子と歌ったんだ・・・。良かったじゃん。」
少々大げさに驚きながら、レナは感嘆の声をあげた。
「そんないいもんじゃないよ・・。地獄だったよ・・・。俺には。」
と俺は嘆息した。
「でも、意外。一緒に歌える女の子がいるなんて。」
と得意の斜に構えた顔。
「いや、だから、無理やりだったの!」
むきになってしまった。
「う、そ!」
ドキリとする。
「だって、こういちの顔、ニヤつているもん。かわいい子だったんでしょう?」
「えっ!」
慌てて俺は顔を両手でさわる。いや、たいしてニヤついていないような・・・・。
「ふふふ。やっぱり、かわいい子だったんだぁ。」
「・・・カマかけるなよ・・・」
クラス会の次の日、さっそく俺はレナに報告した。いや愚痴をこぼした。いつものフードコート。いつものテーブル。
「ほら、言った通りだったでしょう?楽しいわよって。」
「いや、やっぱ、クラス会なんて似合ってないよ。歓迎されてるわけじゃないし・・。」
「あら、クラス全員に歓迎されている人なんか、いないわ。いるわけないじゃない。何人かに慕われてれば、それでいいのよ。」
言い聞かせるようにレナは言った。
「そういうもんかね・・・・」
すると、レナはこっちを見据え、
「わずらわしい人間関係なんかいらない、って顔ね。」
「ああ。わかっちゃう?」
「それはね、本当にぼっちだった人じゃない証拠。贅沢だわ。」
「あ、レナってぼっちだったの?」
「はずれ。でも半分あたり。」
「うん?」
「あの本の主人公、バイト先ではちゃんと仲間がいるじゃない?でも、バイクに乗るときは、いつも一人。」
「まあ、バイクって基本一人だもんね。」
「バイクに乗ってるときって、基本、ぼっちでしょう。でも、仲間はいる。」
「きっとぼっちの時間が誰にでも必要なんだと思うわ。」
「じゃあ、みんなバイク乗らなきゃ。」
「そういうことじゃないでしょ・・・」
ちょっとあきれられた。でも、バイクはぼっちの乗り物か・・・。確かに
そうだな。たとえ誰かと一緒に走っていても、そのバイクに乗ってるのは一人だ。
「こういちが乗ってたら、すぐに、事故を・・お・こ・・」
そう言いかけて、レナは突然頭を抱えうついた。
「え、レナ?れな?どうした?ぐあい悪いの?」
俺の問いかけにも反応しない。
2~3秒だろうか。ふっと、レナは頭上げ、いつもの笑顔を見せた。
「ごめん、私、頭痛持ちで。たまになるの・・・。」
「え、じゃあ、すぐ帰った方が・・・」
「だいじょうぶ。月一回の・・・・あれの日近辺だけよ。」
とニッコリ微笑む。
「あれの日・・・・あ、」
とたんに、顔が熱くなる。
「あら、こんなことで恥ずかしがるの?かわいいわね、こういちは・・・」
「いや、だって・・・・。まさか、レナがそんなこと言うなんて・・・」
「あら、別に恥ずかしいことじゃないもの。意識しすぎよ。」
こちらの羞恥心など、意に介してない様子だ。
「そんなことじゃ、」
「え・・・・」
「チョロい男子・・・・て、見られるわよ。」
「・・・・・・・」
ぐうの音も出ない。しかたないだろう。彼女がいたことさえないのだから・・・。でも、このレナとの時間はなぜか安心する。安心して話すことができる。
沈黙していると、
「ね、一緒に歌ったかわいい子、どんな子?」
「え、と、そうだなー」
と言われて、はたと気がついた。坂下夕子をあらわす端的な言葉が見当たらない。夕子は一般的に見て、かわいい女子だ。レナとは違う意味で。いつも明るい笑顔をふりまき、誰に対しても優しい。でも、一言で言い表せない。
「ふーん。・・・なるほど。」
考え込む俺を見かねて、レナが口を開く。
「けっこう、相手のこと見てるのね、こういちは。」
「え?」
「だって、そんなに考え込むってことは、その子の、いろいろなところを見てきたんでしょ?だから、なかなか言えないのよね。」
かなわないな・・・。なるほど、俺はチョロい男だ。簡単に思考を読まれる。
「ああ、一応、今までの人生で、一番親しい女友だちだからな。」
「へー、わたしも言ってみたいわ。人生で一番親しい男友達って。」
と笑顔で俺を指さした。あ、やっぱかなわないわ。
「ところで、あの本どこまで読んだの?」
こんなの時は、話題を変えるに限る。
「半分くらいかな?」
「レナならすぐ読み終わるかと思ったよ。」
「だって、なんか、共感しづらくて・・・」
ちょっと期待外れだったらしい。
「まあ、わかるよ。40年前の小説だし。ロックとバイクが輝いていた時代の話だし。」
「あら、もう一つあるわよね。」
「・・・・あえて触れなかったんだけど。」
「ロック、バイク、そして女、でしょ?」
「せめて恋とか愛、って言ってよ。」
「でも、恋や愛っていうより、「女」の方がしっくりこない」
「昭和な感じだな。」
「でも、いまの世代よりも、健全な気がするわ。」
「そうかな?欲望に忠実なだけって、気がする。」
「でも、スマホばかりいじってるよりは・・・・ましよ。」
「あー、たしかに、そうかもなぁ・・・・・」
かずや智、夕子にかずえ、カリナと後輩たちを思い浮かべる。かずはちゃらんぽらんに見えて、周りに気をつかっている。かずえはなんだかんだ、それをサポートする。夕子もだ。カリナは一見派手だが、まじめに部活をしている。余り羽目を外さず、適度に楽しみ、勉強もそれなりに取り組む。たまに学校帰りに寄り道して、息抜きをするくらい。一応進学校ということを差し引いても、今どきの高校生ばかりだ。せいぜい、いたずらの飲酒ぐらい。バイク乗りまわす奴なんていない。ロックは死んで、バイクは死語。変わらないのは・・・・。
「彼氏、彼女が欲しいのは、今も昔も変らないってことね。あなたもそうでしょ?」
「いじわるだな・・・。YesともNoとも言いずらいね。」
「ふふ。そう、私意地悪なの。で、ロックもバイクも持ってないあなたは、どうやってカノジョを作ろうと思うの?」
「そうだなぁ~。とりあえず、毎日ここに通うことにするよ。」
「あら、私を狙っていたの?」
「うーん。わからない。でも、話しやすいとは思っているよ。」
「そうね、それは私も。」
といつもの控えめな笑みをたたえるレナは素直にかわいいと思う。もちろん、狙ってる、とまではいかないが・・・。
「でも、いっしょに歌った子、いい感じなんじゃないの?」
「・・・そんなんじゃないって・・・」
「ほんとかしら?」
「じゃ、バイクに乗って考えてみるよ・・・」
「そうね、バイ…クに・・・・の・・・・」
「レナ?」
まただ。また、レナは頭を抱えて、うずくまるようにうつむいた。
「だい、じょうぶ、なのか?」
2,3秒だろうか。レナはやっぱりうつむいたままだった。
レナはふっと頭をあげた。
「ごめんなさい・・・。ちょっと体調が悪くて・・・」
レナの顔は青ざめていた。
「ああ、今日はもう帰ろうか・・・。」
「いえ、大丈夫よ。まだ。時間は・・・ある。」
確かに、いつものバスの時刻まではまだ時間はあった。
「だれか、むかえに来れる人はいないのか?」
「いないわ・・・・。大丈夫、心配ないわ。」
そう言う彼女の姿は、素人目にも「だいじょうぶ」ではないことがわかる。
「じゃあ、家までおくるよ。」
「え・・・」
苦しい中に驚きの色をみせるレナ。
「・・・・・ありがとう、でも・・・遠慮しとくわ・・・・自転車の二人乗りは苦手なの。」
「そう・・・か。」
「でも、あなたの言うとおり、だいじょうぶではないわね。素直に助けを呼ぶわ。」
レナは席を立つと、少し離れたところへ行くと、スマホを取り出していた。
連絡がついたのだろう。スマホをしまうと、席に戻ってきた。
「ごめんなさいね。せっかくの送りオオカミチャンスを。」
「そんなにギラギラしてる俺?肉食系じゃないと思うけどね・・・・レナって、けっこう自信家だね。」
「無自覚に・・・・かわいさをひけらかす女より、いいでしょう?」
きいた瞬間、夕子の顔が浮かぶ。そうか・・・・・・・。
「じゃあ、さよなら。また来週ね。」
「ああ。さよなら。」
席を立ったレナはフードコートを後にしていく。
ファストフード店のコーヒー用の紙コップを持って席を立つ。ごみ箱に捨て、フードコートから、売り場の方へ足を踏み入れる。
夕方の店内は買い物客でにぎわっている。出口へ向かって歩く。
夕子とレナのことを考える。
(無自覚に・・・・・・かわいさをひけらかす女よりいいでしょう?・・・)
その言葉がやけに耳に残る。
ああ、そういうことか・・・。
なんとなく納得する。
足を運びながら今日の会話を反芻する。
なるほど、1人の時間が必要だな。
店舗を出て駐輪場へ。
駐輪場から自転車を出していると、背後にさっきまで聞きなれた声が耳に入る。振り返ると、路上駐車の車にレナが乗ろうとしていた。オーソドックスな銀色のセダン。けっこう高価な車だ。後席ドアをあけるレナに向かってドライバーは何か言っているようだ。レナは頷きながら、無表情に車へ体を滑り込ませていた。
走り去るシルバーのセダンを何となく見送る。
表情のないレナ。胸騒ぎを抑えて、自転車にまたがる。
「明日は笑わせてやんなきゃな。」
独り言を呟き、ペダルを踏んだ。
店舗の敷地から歩道へと乗り出す。
初夏から夏へ移り変わっていく日差しは、18時を回っていても、暑いくらいだ。
路上から吹き付けるぬるい風が、ほほをつたって抜けていった。
さあ、しごおわ。