SS1 ICE珈琲の日
この作品は、ある作家の作品をオマージュしたつもりで書いてます。
ま、SSのタイトルを見たら、もろバレなんですが・・・・。
自転車をこぐ足は、軽快だ。6月も終わりになると、日差しも強く、じっとり汗をかく。早く帰宅したいところだが、のどの渇きに耐えられない。そういえば、あと少しいけば、ショッピングモールがあるはずだ。
平日で空いている駐輪場に、自転車を滑り込ませる。自転車に施錠とチェーンロックをする。2重にロックするのは父の教えだ。
「ロックは2重にしろ。盗まれないぞ。」
この自転車を買ったとき、父は力説していた。
じりじりと照り付ける太陽を感じながら、入口へと歩みを進める。
自動ドアがスーッと開くと、涼しい風を顔に感じる。火曜日の16時過ぎということで、店内は割とまだ空いている。まっすぐとフードコートへ向かう。昼時でもないので、空席ばかりだ。それでも、会話に花を咲かせているご婦人方や同年代の女子たちが数グループ座っていた。
世界一有名なファーストフード店で、アイスコーヒーをテイクアウトし、適当な席に座る。冷たい液体がのどを通って潤す。
「はぁ~。」
思わず声がでる。せっかくなので読みかけの文庫本を鞄から取り出し、読むことにする。古本屋で手に入れた、絶版だ。
行きかう人たちの声や、館内放送とBGM。そんな音たちが頭の上を通過していく。でも、全くと言っていいほど気にならない。なにより、心地よい空調のおかげで、できるだけ長くいたくなる。
ちびちびとアイスコーヒーを飲みながら、読み進める。20分くらい読んだ頃だろうか、次のページをめくろうとした時だった。
ガタン、ドン、
背中から軽い衝撃をうけ、文庫本は軽く宙を舞い床へと落ち、俺もいすからずり落ち尻もちをつく。
「って・・・」
痛みをこらえて、ゆっくり振り返る。
見知らぬ女子が立っていた。
きれいな黒い髪が肩までなびいている。涼しげな目元。きれいな顔の輪郭は顎までしゅっとしている。かわいいというよりは、美人といった感じだ。
右手を俺のほうに差し出してすまなそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。うっかりぶつかってしまったの・・・。ごめんなさい。」
鈴が凛とひびくような声。
「あ、いえ、大丈夫です。」
差し出された手を制して、おれは立ち上がった。
すると、彼女は、はっとして、床に落ちてしまった文庫本を拾い上げてくれた。古本屋がつけてくれた紙のブックカバーも、文庫本のカバーもばらばらになっていた。
「ほんと、ごめんなさい・・・。」
そういって、カバーをつけなおそうとしてくれた。
「あ、いいですよ。じぶんでやるので。ひろってくれてありがとう。」
本を受け取ろうと手をのばした。
でも、彼女は、俺の手を見ずに、文庫本のカバーをじっと見てていた。
「あ・・・この本、・・・・あなたの本ですか?」
読んでいた本は、ふつう、その人の本じゃないか?
おれが、ちょっと不思議そうな顔をしていると。
「あ、いえ、この本、探していたので・・・。もう、ずいぶん前に絶版になった本だから・・・。ひょっとして、誰かから借りてる本なのかなって・・・」
「え、よく知ってますね。この本は古本屋で偶然手に入れられたんですよ。」
「あ、そうなんですか・・・。わたしも古書店なんかで探していたんです・・・」
「案外出てこないんでよすね、この人の本。」
「そうなんですよね、ネットで探したりもするんですけど・・・。コンディションがいいのがなかなかなくて・・・、あっても結構な値段で。」
彼女は遠慮がちに微笑んだ。
「電子書籍で手に入るらしいですよ。」
「詳しいんですね・・・でも、紙でほしいんですよね。」
「わかります。」
今はスマホやタブレットでたいていの本は読めるけど、本はやっぱり紙がいい。読んだ手ごたえがちがう。
「あ、すいません。立ち話をしてしまって・・・・。」
「あ、ええ。お気になさらず。」
そう聞くと彼女は、遠慮がちな笑顔から、より自然な笑顔へと変えた。
「えっと、もう一杯いかがです?お詫びにおごります。わたしも飲み物、買おうと思っていたから・・・、」
「え、でも・・・」
「いいです。いいです。ここで待ってください。」
そう言うと彼女は踵を返して立ち去っていった。
あらためて座り、文庫本を開く。80年代ごろの青春がえがかれているこの物語は、かなり好き嫌いがわかれるだろう。令和の高校生には共感できない描写が多いと思う。でも、この主人公の鬱屈したような思いや、自分の未来に対するいいようのない不安感、そして、孤独感。それらが何となく共感できた。だから何度もこの本を読み返す。
「お待たせ。ブラックでよかったかしら?」
「えっと、ありがとう。かえってすいません・・・。」
机上にコーヒーショップから購入されてきたアイスコーヒーが置かれた。たぶん、俺が買ったものより、倍以上値が張るものだと思う。
そして、なぜか同じ柄のドリンクを持って、当然ように俺の対面に彼女は座った。
「あ、え・・・・」
「ご一緒しちゃ・・・・ダメでしたか・・・?」
悪戯っぽく笑って、彼女は聞いてきた。
「あ、いえ、ぜんぜんかまいませんが・・・いいんですか?」
何がいいのかよくわからんが、俺はそう答えた。
「ええ、ぜんぜんかまいません。わたしも1人で来ているので、ちょっと、居心地悪かったんです。」
くったくなく笑う彼女。最初はクールな美女、って感じだったが、今は、同年代らしいかわいらしさが伝わってくる。
「そうですか・・・それなら・・・あの、どうぞ・・・」
彼女の笑顔に、ちょっとどぎまぎしてしまう。
「その制服、SK高校ですね?」
「あ、はい、そうです。2年生です。」
すると、彼女の顔がぱあっと明るくなった。
「じゃあ、同じですね!わたしはTN高校なんです。」
ああ、そうだ。見覚えがある制服だと思った。
「ああ、進学校の・・。」
「大したかわらないランクですよ」
「まあ、入学時はね・・・」
そう、SK高校もTN高校も入試時のランクはそう変わらない。
だが、卒業時は差ができる。それだけ、進学意識が高い高校だ。
「あ、自己紹介まだでしたね。わたしは、岡部玲奈。みんなからは「れいな」じゃなく、「レナ」てよばれてるの。」
「加古川浩一。16歳です。そのまんま「こういち」ってよばれてます。」
そう答え、ストローからコーヒーをのむ。
「じゃあ、こういちくんは、いつもここによってるの?」
コーヒー嚥下し、俺は答える。
「いや、今日はたまたま。暑くてさ、帰る前に涼んでおきたかった。」
「ふーん。1人で?」
「見ての通りさ。ぼっちなんだよ、おれ・・。」
ちょっとわざとらしい感じで告げる。
「自分から、ぼっちって言う人は・・だいたいぼっちじゃないわ。」
首をちょっとかしげ、ほおづえをついてレナは言う。
「まあ、そうだね。一応、学校に友だちはいるさ。でも、こっちに帰るやつ、いなくてね。」
とため息交じりにおれ。
「じゃあ、また明日ここで会わない?」
思いがけない提案に、心がざわっとした。でも、いたって普通のふりをする。
「え、いや、いいけど・・・」
なんで?俺なんか?という質問を飲み込むと、
「わたしも帰宅はいつも一人なの。寂しいじゃない?毎日一人は。」
彼女の微笑みは、俺の思考を無力化するには十二分に魅力的だ。
「じゃあ、明日、このフードコートで。あ、でも、おれ、明日は少し遅いと思う。」
「あら、どうして?」
「一応、部活あるから・・・・」
「あら、帰宅部じゃなかったのね!」
すごく意外そうに俺の顔を見てくるレナ。
「うん。でも、多分17時30ごろには来ると思う。」
今の時刻は17時5分。
「わかったわ。」
彼女はフードコートの柱にかけてある時計を見ながら答えてくれた。
「あの映画見てないんだ?」
「うん。あまり趣味じゃなくて・・・」
「俺はけっこうアニメ見るからなぁ・・・」
「うん、なんかそんな感じする。」
「まあ、ぼっちだから、かな?」
「自称ぼっちは、ぼっちじゃないのよ・・・、部活何?」
「え、弓道部だけど。」
「あ、漫研とかじゃないんだ・・・・」
「アニメ見るやつは、オタクで漫研って、偏見がすぎるよ。」
「あら、ごめんなさい。」
「レナは?」
「見ての通りの・・・・」
「まあ、帰宅部だよね。」
なんだかんだレナとおしゃべりを楽しんだ。初対面でこんなに楽しく話せることはめったにない。気がつくと18時30を過ぎていた。
「あ、もうこんな時間。わたしバスの時刻だから、じゃあ、また明日。」
「ああ、じゃあ、また明日。」
レナは行儀よく立ち上がると、いすを丁寧にしまい。一度微笑んでから振り返り、立ち去っていった。後ろ姿を見送っていると、2,3m進んだところで彼女は不意に立ち止まった。そして、こちらに向き直る。
「浩一くん!待ってるからね!明日、必ず来てね!!」
そう言って右手をバイバイと手をふってから、足早に去っていった。
念を押されたせいか、レナの後ろ姿をしばらく見送った。
The friend of evening (夕方のお友達)という題名は、一緒に残業していた同僚がつぶやいた言葉です。ああ、いいなその題名と思って、いただいちゃいました。