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#7 婚約、ではなく結婚ですか?

再開します。

 


「結婚の……約束……とは……。」


 わたくしは、おずおずと尋ねる。


「それは……その……サフィール殿下が王太子になられたから、

 王太子妃候補としてわたくしが、殿下の妃に迎えられる……ということなのですよね?」


「違うよ。むしろ、その逆。」


 サフィールは、ゆったりと微笑む。


「五年前に、ね。

 正確に言うと……俺たち——」


 サフィール王子が意味ありげに、間を置いた。


「………結婚、したんだよね。」


 ——ど、ど、ど、どういうことなのですっ!?!?!?!?!?!?!?


 何を言われたのか、ますます理解が追いつかない。


「証拠もある。ほら。」


 サフィールは、胸元から、大切そうに丸められた羊皮紙を取り出した。

 くるりと広げられたそれには、神官の印が押されている。


 サフィールの名前。

 エルセリアの名前。


 ——間違いなく、『婚姻証明書』だった。


「………………。」


 エルセリアは 自分の目を疑った。

 これは何かの冗談かしら?

 そう思いたかった。


 でも、目の前のサフィールは、いたって真面目な顔をしている。


「……家名が書いてありませんが?」


 最後の希望を込めて指摘すると、サフィールは軽く肩をすくめた。


「そんなの書いたら、すぐに居場所がわかっちゃうじゃないか。」

「……は?」

「俺たち、逃げてたんだよね。五年前。」

「………………。」


 あ、何か……思い出しそう。


  王宮の庭園、陽の当たる回廊の片隅。

  小さな月明かりが、太陽のように輝く金髪を照らしていた。

  『ここから逃げよう。必ず君を助けるから。』

  切羽詰まった声。

  強く握られた手のひら。

  鼓動がうるさいほどに高鳴っていた。


 あの金髪の青年の顔が……霞がかかって思い出せないけれど………それは、もしかして……。



「それで、君が『夫でもない殿方と同じ部屋には泊まれません』って泣くから——」

「えっ、待っ………」

「『じゃあ結婚すればいいだろう』ってことで、田舎の神官を丸め込んで、許可をもらったんだよ。」

「…………………。」


 ——嘘、でしょ?


 そう言いかけて、慌てて口をつぐんだ。

 王族に対してそんな無礼な言葉を投げつけるのは、文字通り、首が飛ぶ。


 でも——


『夫でもない殿方と同じ部屋には泊まれません』


 その言葉。

 確かに、わたくしが言いそうなことだった。

 いいえ、むしろ、絶対に言っていたと確信できる。

 だとすれば……本当に? わたくしは……?


「わかった?」


 サフィールは、まるで幼い子供に言い聞かせるように、柔らかく微笑んだ。


「もう君は、俺の妃なんだよ?」


 心臓が、一瞬で跳ね上がる。


「ということで、もう王太子妃となる君を妻にしたそのときに、俺が王太子になることは決まってたわけなんだよね。」


 さらりとした口調で続けられる言葉の意味を、脳が必死に処理しようとする。


「エメラルドはそれを知らなかったから、ずっと……まあ執務をしてくれてたよ。」


 さらり、と。


「結局、恋人ができて、君の目覚めを待たずに、妃教育を受けてない令嬢と結婚しちゃったから……」


 さらり、と。


「それで晴れて俺が正式な王太子になったんだよね。」


 さらり、と——サフィール殿下は、まるで大したことではないかのように言い放った。


「……何か、問題?」


 悪びれた様子もなく、すっきりとした表情で首を傾げる殿下を見て、思わず言葉を失う。


「………。」


 問題だらけだ。

 でも、それを言葉にしてしまうと、もっと大変なことになりそうで、ぐっと飲み込んだ。


 結婚……していた。

 それを覚えていないのも、きっと彼がしてくれたはずのプロポーズの言葉も、何も思い出せない。


 それが、少しだけ寂しくなった。

 でも、それを口にしても仕方がない。

 小さくため息をつく。


「覚えていないのは……仕方がないんだ。」


 サフィール殿下の声音が、いつになく優しく響く。


「だから、もう一度やり直せばいい。」


 そう言って、彼はすっとわたくしの前に片膝をついた。


「エルセリア・フェルモント侯爵令嬢。」


 真剣な瞳が、まっすぐにわたくしを見つめる。


「私の妃になってくれますか?」


 ……わたくしの胸が、じんわりと熱くなる。


 今までのふざけた態度をさらりと脱ぎ去り、サフィール殿下はただ真摯に、再び問いかけてくれているのだ。

 まるで、すべてを最初からやり直すように。


 五年前——その時も、彼はこうして、同じように尋ねてくれたのだろうか。

 どんな想いを抱えて、どんな言葉で、どんな瞳で……。

 思い出せない。


 わたくしは、ただ小さく息を吸い、迷いなく答えた。


「はい。」


 王太子妃候補として育てられた以上、誰が王太子になろうとも、その隣に立つのがわたくしの使命。

 今、サフィール殿下が王太子であるのなら——わたくしの進むべき道は決まっている。


 けれど。

 彼は、なぜか失望したように目を伏せた。


「……うん、まあ……仕方ないね。」


 思わず眉をひそめる。


「えっ? お断りしたほうがよかったのですか?」

「いや、そういう意味じゃない。」


 サフィール殿下はふっと視線を逸らし、苦笑ともため息ともつかない声で呟く。


「あの時の君は……。」


 そして、一瞬だけ——今にも泣き出しそうな顔をした。


「…………君はいつかまた……俺を、愛するのだろうか。」


 ——愛?


「わたくし……心より殿下をお慕いし、お仕え申し上げますわ。」


 そう返すと——


「………もういい!」


 サフィール殿下はぷいっとそっぽを向いてしまった。


  

ありがとうございます☆

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