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#6 覚えていないのは殿下のせいです

 

 ……言葉が出ない。


 なにそれ、どういうこと?

 いや、今さらさらっと言うことですか!?


「えっ、えっ、つまり、殿下が……わたくしの記憶を消して……?」

「うん。」

「それで……間違えて……違うところに?」

「うん。」

「………………。」


 信じられない。信じたくない。

 わたくしがあの異世界の……日本で過ごした五年間が……殿下の「間違い」から来たことだったなんて!

 いや……楽しかったのですけれど!

 学んだこと、出会った人々、触れた価値観――それらすべては、とても大切な、かけがえのない経験なのですけれど!


「……わたくし、最初は本当に、不安でたまりませんでしたのよ!?

 右も左もわからず、見慣れない景色に囲まれて……文化もまるで違うのですもの!

 最初の数日は、まともに眠れなかったのですから!」


 けれど、サフィール殿下の表情はあまりにも自然で、わたくしの混乱など気にも留めていない。


「たった数日で? ふふ、やっぱり君はすごいな。さすが、俺のエルシィだ。」


 軽く流される。

 わたくしが驚きに硬直している間に、サフィール殿下は当たり前のように手を取った。


「……それでさ。」


 まるで先ほどの話など取るに足らないことのように、穏やかに微笑む。


「君には、戴冠のための『王の指輪』のありかを思い出してほしいんだ。」


「また……指輪、ですか!?」


 思わず叫びそうになるのを、ぎりぎりで堪えた。

 指輪、指輪って…… リュミエール王家はどれだけ指輪好きなのですか!?

 けれど、それを口に出すのは、さすがに不敬ですわね……。


 サフィールはすぐ目の前に顔を近づけ、低く、真剣な声で囁く。


「君の記憶のどこかに、その鍵がある。頼むよ。

 君だって、美しい光の国リュミエールが滅びていくのは、嫌だろう?」


 ——確かに、リュミエールは、美しい国だった。

 王宮の輝く回廊、風に揺れるルミエラの花。

 澄んだ泉の水面に映る空の青、陽光に照らされた白い街並み……。

 わたくしも、あの国を愛していた。


 でも。

 だからこそ、問わなければならない。


「……殿下。」


 静かに呼びかけると、サフィール殿下の青い瞳が細められる。


「わたくしの記憶を取り上げる前に、なぜ指輪のことを殿下は聞いておかなかったのですか?」


 瞬間、サフィール殿下の眉がわずかに動いた。

 まるで、ほんの一瞬だけ、予想外の指摘を受けたかのように。


 けれど次の瞬間には、余裕のある微笑みが戻っていた。


「やだな。またそんな呼び方。サフィって呼んで。」


 ――イラッ。

 今、それを言うのですか!?


「……サフィ……?」


 躊躇いながらも呼ぶと、サフィール殿下は満足そうに目を細めた。


「うん、いいね。……すごく嬉しいよ。」

「なぜですか?」


 サフィール殿下は 一瞬、目を伏せ——それからふっと微笑む。


「……つまり、その時は、とてもそんな状況じゃなかったんだよ。」


 その時……とは?


「それに……」


 サフィールは、ふっと息をつき、指先でわたくしの髪をくるくるともてあそぶ。


「正直言うと、君の記憶を、すべて戻すことはできないかもしれないんだよ。

 もともとそういう魔法じゃないからね。」


 その言葉に、思わず息を呑んだ。


「だから、残っている記憶から推測していくしかないんだ。」


 なんて不便な魔法なの!!

 そもそも「記憶を消す」だなんて、なにやら禁呪のような響きがするのですが!?


「殿下。わたくしの記憶を消したなんて……お恨み申し上げますわ。」


 そんな怪しげな魔法を使って、わざわざわたくしの記憶を取り上げる必要、あったのですか?

 恨みがましく睨みつけると、サフィール殿下はほんの少し苦しそうに微笑んだ。


「だよね……俺だって……」


 風が、ラベンダー畑をさらさらと揺らした。


「君が……俺との結婚の約束を忘れてるっていうのは……さすがにキツい。」


「え………?」


 わたくしは思わず、サフィール殿下の顔を見返す。


「……結婚の、約束?」


 けれど、彼は冗談を言っているようには見えなかった。


「でも……それは今は、殿下が王太子になられたからで………。」


 視線を彷徨わせる。

 五年前はまだ、サフィール殿下は王太子ではなかった。

 そのとき王太子は、決まっていなかったのだから。


 それなのに……?


 指輪、記憶、王位継承——そして結婚の約束。

 何かが、まるで絡み合った糸のように、一つの答えへと導かれている気がする。

 けれど、その答えにはどうしてもたどり着けない。


 サフィール殿下は、ただ静かにわたくしを見つめていた。

 

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