#5 王が不在ってどういうことですか?
体力もすっかり回復し、サフィール王子が傍にいることにも慣れてきた頃——
ずっと胸の奥に引っかかっていた疑問を、思い切って口にすることにした。
「今、殿下が王太子……でいらっしゃるということは……王位はどなたが?」
サフィール王子は、ふっと笑みを浮かべた。
それは、なんとも言えない微妙な笑み だった。
「あ〜〜〜王位ね……。その、実は……不在、なんだよね。」
「ええっ!? まさか、五年も、ですかっ!?」
思わず身を乗り出してしまう。
「うん。」
「それはっ、危険なのでは!? 他国に攻め込まれたり……しないのでしょうか?」
「それはしょっちゅう。」
「しょっちゅう!?」
「国内でも王位を狙う貴族がいてさ。ひとつ、公爵家を潰すことになったし。」
「ええっ!?」
それは……粛清、というものでは?
予想外のことばかりで、頭がくらくらする。
「あの……詳しく、お聞きしても?」
「ああ……そうだよねぇ。でもまあ、それはまた今度……?」
「殿下?」
じっと彼を見つめる。
「『元の身体に戻ったら、すべて説明してやる』と仰いましたわよ?
これから光の玉座に座られるお方が、約束を違えてもよろしいのですか?」
食い下がるわたくしに、サフィール殿下は観念したように小さく息をつくと、しぶしぶと口を開いた。
――王位継承争いは、わたくしの知る通りディアマン第一王子の失踪から始まった。
それだけでも混乱を極めていた……ような記憶が、霧の中におぼろげに残っている。
その後、わたくしがいない間に、アクアマリン第二王子が他国へ亡命。
それが引き金となって、国内は最も荒れた時期を迎え——結果、公爵家がひとつ「消された」のだという。
誰が手を下したのかは語られなかったが、サフィール殿下自身も深く関わっているのは間違いないだろう。
その後、第三王子のエメラルド王子と第四王子のサフィール王子が王位候補となるも、最終的にエメラルド王子が辞退し、サフィール王子が王太子として即位した……らしい。
あれこれ省かれている気がするが、とりあえず今は平和が戻っているらしいので、少しだけ安堵する。
「それで、エメラルドと俺で執務を分担していたんだけど、………どっちも王として戴冠は、できなかったんだよね。」
「それは……なぜ……ですか?」
「それはさ……つまり………。」
サフィール王子はじっとわたくしを見つめ……ふっと微笑んだ。
それは、まるで「わかってるだろう?」とでも言いたげな、確信に満ちた笑み。
「君がいなかったから。」
「え?」
「王太子妃が不在。
リュミエールは、結婚が戴冠の条件だから。
なのに、王太子妃教育を受けたフェルモント侯爵家のエルセリア嬢……つまり君が眠っていたからね。」
「………。」
あの……一国の王を決めるのに、亡命中の侯爵令嬢がそんなに重要な役割を果たしていてよろしいのでしょうか?
リュミエール王国の制度、ちょっと……いや、かなりおかしくありませんか?
「他の妃候補の皆様は…?」
恐る恐る尋ねると、サフィール殿下は苦笑し、どこか遠くを見やった。
「ああ。妃候補ねぇ……。
そんな感じで国が荒れていたからさ。
王太子妃どころか王子妃にもならないようにって、令嬢を持つ親たちのガードがすごくてね。
いやあれはほんと、大変だった。うん。」
ああ、リュミエール王家、そのようなことになっていたとは!
なんだか、切ないですわね。
「……それで……王家に嫁ぐ者が、眠っている私しか残っていなかったと……。」
事情は……なんとなく分かりましたわ。
妃候補がわたくししかいないから、こんなにも殿下はわたくしに構ってくださるのですね。
ああ、もちろんそうですわよね。
納得できましたわ。
少し寂しいかも……いえ、まあ仕方ありませんわね。
「うん。でも、君がただ『眠ってる』わけじゃないって知ってるの俺だけだったし。
それに俺は、君じゃないと困るからさ。いや……探したんだよ。ずっと。」
「……えっ?」
はからずも「君じゃないと困る」という言葉に、心が小さく震える。
でも……なぜ殿下だけがご存じで?
「……………まあ、俺にも責任があったからね。」
「責任……?」
「うん。」
つぎのサフィール殿下の答えを聞いた瞬間、わたくしの背筋に冷たいものが走る。
「君の記憶を消して、送り届けたのは俺だから。」
「───っ!!?」
「ちょっと手違いがあって……違うところに行っちゃったみたいだけど。」
——な、な、なんですってぇぇぇっ!?
ありがとうございます☆