#1 第四王子が迎えに来ました
「嬉しい……。本当に……ありがとう。
ダメかと思ってたから……。」
気づけば、身体が翔真の腕の中にいた。
思っていたよりも、ずっと自然で――心地いい。
彼の温もりが、優しく背を包み込む。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
そして、翔真の顔が、そっと近づいてきて……。
……ちょ、ちょっと待って!?
心臓が大きく跳ねた。
この世界、恋の展開が早すぎるのでは!?
けれど、抗う間もなく。
ふわりと触れる、唇。
「……っ。」
小さく息を呑む。
絵梨の心臓が、ドクン、と強く脈打つのが、自分でもわかる。
初めてのキス。
翔真の気配がそっと溶け込むように、意識がふわりと霞んでいく――。
その瞬間。
『エルセリア……!』
風に乗って、誰かの声が響いた――気がした。
……え?
ふと、わたくしの意識が、絵梨の身体から引きはがされるような感覚に襲われた。
そして——
絵梨の意思とは関係なく、わたくしの手が翔真の胸を、ぐっと押し返していた。
「っ——!」
翔真が、驚いたように少しよろめく。
――絵梨、ごめんなさい。続きは、また後で……?
心の中でそう呟きながら、わたくしはゆっくりと空を見上げた。
さっきまで青かった空。
けれど、今は紫に染まり、夜の星々が瞬き始めている。
不安そうな翔真の声が届く。
「絵梨……?」
黒い瞳には、ただ不思議そうな色だけが浮かんでいた。
彼には、見えていない……?
そう思った、その時だった。
風を裂くような疾走感。
羽ばたく、白銀の翼の音。
遥か遠くの空から、何かが近づいてくる。
光を反射しながら降り立つ、ペガサス二頭立ての馬車――。
銀色の装飾を施されたその姿に、息を呑む。
あれは――リュミエール王国の、王太子専用の馬車。
風が渦を巻き、校庭の砂をさらさらと舞い上げる。
わたくしは、無意識のうちに足を踏み出していた。
馬車の前に立つと、深く、淑女の礼を取る。
――それは、かつてのわたくしに染みついた所作。
何も考えずとも、王族を前にすれば、身体が自然と動く。
やがて、馬車の扉が静かに開いた。
わたくしは、深く頭を垂れたまま、待つ。
王族から声をかけられるまでは、話しかけてはならない――。
沈黙が落ちる。
空気が張り詰める。
わたくしの鼓動が、やけにうるさく響いた。
そして——
「エルセリア……君を、迎えに来た。」
時間がゆっくりと流れたあと、低く、透き通るような声が降りてくる。
その響きに、胸の奥がわずかに疼いた。
ゆっくりと、目を上げる。
金の髪。
サファイアのように澄んだ青い瞳。
月光を浴びて、幻想的に輝く姿。
ペガサスのたてがみが風に揺れるなか、彼はただ、わたくしをじっと見つめていた。
「サフィール殿下……。」
わたくしの唇が、自然にその名を紡ぐ。
そして――その瞬間、すべてを悟った。
今、彼――サフィール第四王子が、王太子なのだということを。
見つけてくださってありがとうございます。
最初はサクサク行きます。サフィール登場☆