#11 王宮の中庭がファンタジーを超えていた件について
ぐっすり眠ったみたい。
目を覚ますと、薄いカーテン越しに朝の光が差し込んでいる。
ぼんやりそれを眺めていたら、扉が静かに開いた。
入ってきたのは、そろいの制服に身を包んだ二人の侍女。
「「おはようございます、王太子妃殿下」」
ふたりの声が綺麗に調和している。
「今後、妃殿下のお世話を致します、メアリでございます」
「同じく、アメリでございます」
ぴたりと揃った所作に、思わず瞬きをする。
双子のように響きの似た名。しかも顔立ちまでよく似ている。
……これは、寝ぼけているわたくしへの挑戦でしょうか。
「そうなの。ではこれからよろしくね。」
「メアリとアメリ……」 小さく復唱して、心に刻み込む。
間違えたら絶対に恥ずかしい。
ほどなくして、朝食が運ばれてきた。
銀の盆に載せられたのは、ふかふかのパンとフルーツ、湯気の立つ野菜のスープ。
「まあ……」 思わず声が漏れる。
王宮の朝食にしては、質素で家庭的な献立。
けれど、パンはほんのり温かく、スープは澄んだ香りで、疲れた胃を優しく包み込むよう。
……きっと、わたくしの体調を気遣って、あえて軽めにしてくださったのね。
パンをちぎり、スープに浸して口に運ぶ。
胃の奥がじんわりと温まり、昨夜の恥ずかしさも少しだけ和らいでいくようだった。
食後、着替えを整えてもらい、軽やかなドレスに袖を通す。
確認しておきたい場所があった。
「少し散歩に出てまいりますわ」
そう告げて部屋を出ると、石畳の廊下を抜け、中庭へと足を運んだ。
*****
改めて中庭を見て、思わず息を呑む。
そこは、ただの庭園ではなかった。
蔦が絡まる古い石壁、朝露に濡れた草花が陽光を受けてきらめき、風に揺れる葉のざわめきがまるで音楽のように響いている。
……と、ここまでは美しい。
けれどよく見れば、整えられた花壇などどこにもなく、雑草と薬草と魔法植物が入り乱れて、まるで小さなジャングル。
スタビレム草の群生に混じって、夜になると淡く光を放つルミエラが朝露をまとってきらめく。
隣ではフェアリーミントが風に揺れている。香りを吸えば気分が晴れるけれど、摂りすぎれば幻覚を見るという厄介な草だ。
さらに、強壮剤にも毒にもなるドラゴンセージが濃い緑の葉を広げ、クリスタリーフは葉脈が宝石のように透き通り、陽光を受けて虹色の光を散らしていた。
足元にはスリープポピーが紫の花を揺らし、枝先には血を沸かせる危険な果実のブラッドベリーが真紅の実をつけている。
そして、風に揺れるたびに人の声のような囁きを響かせるウィスパーグラスまで混じっていて……。
「……庭が、しゃべってますわね?」
その合間には、名も知らぬ怪しげな蔦が石壁を這い、毒々しい茸が湿った土から顔を出している。
――ここは庭園というより……同時に禁断の森?
薬師なら喉から手が出るほど欲しがる宝の山。
けれど同時に、放置すれば危険な温床にもなりかねない。
そのとき――。
茂みの奥から、ひとりの騎士がふらりと現れた。
頬は赤く、目はとろんとし、妙にご機嫌な足取り。
「おはようございます、お美しい御令嬢~」
陽気に挨拶すると、乱れた騎士服を直しながら、鼻歌まじりに去っていく。
……今の様子、どう見ても薬草で『気を良くしていた』としか思えない。
「王宮の管理が、なっていませんわね」
思わず眉をひそめて呟いた瞬間、はっと気づいた。
王宮の管理がなっていない――?
――王位不在の今、王宮を取り仕切るのはサフィール殿下。 そして、その妃であるわたくし。
「あら……もしかして、これは、わたくしのお仕事……?」
思わず口元に手を当てる。
「……ここは、少し手入れが必要ですわね」
なんとかしなくてはいけませんわね。
どこから手をつければよいのかしら……
妃としてここに来たばかりの身に、いきなり庭の管理までお任せいただけるかしら?
しかもこの魔法植物の密林を……?
そのとき――。
「妃殿下」
背後から控えめな声がして、振り返るとメアリが裾をつまんで立っていた。
「王太子殿下がお越しになりました」