第四十三話 皇帝
ダラド帝国。
元々は小国であったが、現皇帝が即位する前より国の拡大が始まる。それを加速させたのは、古代遺跡にて発見された遺物。
それは対話型の鏡と命名された遺物だった。農耕、工業、軍事などありとあらゆる分野に渡っての革新的な知恵を質問した者へと授けてくれた。
皇太子は昼夜問わず鏡と対話を続け、父である皇帝に上申、それを元に国力を上げることに集中。
また鏡は遺跡から発掘される他の遺物の詳細情報も皇帝に与え、それらも大いに活用されることになる。
農作物の生産量は上がり、様々な化学薬品が作られ、酪農が始まり、政治体制も刷新された。交通網は整備され、インフラも進化したことは、工業に爆発的な革命を起こす。発達した医療技術の支えもあって人口は膨れ上がった。
小競り合いを続ける周辺国からの難民が殺到した。帝国も難民をすぐに受け入れ、やがて増えすぎた人口により領土が手狭になった。
軍事の特筆すべき改革は大型ゴーレムの製造が簡素化されたこと。それを背景に皇太子自ら軍を率いて周辺の小国家を次々に併合していく。多数の大型ゴーレムの進撃を止めることなど、周辺各国には不可能であった。
そうして皇太子が皇帝に即位する頃には、帝国の領土は数倍に膨れ上がっていて、ここに大陸一の権勢を誇ることになる。
後は山脈の南に位置する王国。
あれが欲しい。
温暖な気候。
冬でも凍らない港。
肥沃な土地、広大な王家直轄の耕作地から出荷される王国産の野菜や果物は味の良さも相まって帝国でも人気が高い。
ゴーレム製作技術を含む様々な技術貸与と引き換えに農作物の輸入条約を結んだ。
あれが欲しい。
先代皇帝の際に度々侵略戦争を仕掛けたが、国境を隔てる山脈の大森林に大軍を送れない、唯一の平原はといえば強固な砦が帝国軍を阻む。
全て失敗に終わり、戦後の賠償で関税は上がる一方。
三十年近く時が経った、
帝国は大陸において覇権国家となり、併合してない国は南に位置する王国、東に位置する小国家群のみ。
新たに遺跡で発見された楔のような形をした遺物。
鏡は教えてくれた。
『魂を剥がし、意のままに操る傀儡を作る道具』だと。
王国で産出する希少な金属、ハルミヤ鋼が欲しい。しかし通常の範疇を超える生物ドラゴンがそれを守護している。
皇帝は命じた。
楔をもってドラゴンを傀儡にせよ。
王国も止められまい。
そのまま王都を蹂躙し、王族諸共に殲滅することを命じた。
失敗の報告に皇帝は大いに驚いた。
王国の新型ゴーレムが邪魔をしたとのこと。
以前より報告は上がっていた。まるで人のような姿、見かけだけでなく人のように動く大型ゴーレム。
鏡も答えを出せなかった。
最初の仮説は巨人種族。だがそのような種族は記録にも伝承にも存在しない。
なら魔導で巨大化させた人間なのか?
答えは否。
仮にそういった魔導があったとしても、巨大化した人間はまともに動けない。生物の理には逆らえないのだ。
技術は不明だが、ならば操る者を消せば良い。製作者にしか操縦出来ない情報が後押しした。
第八王女の直轄耕作地に新型ゴーレムが向かう。
特務魔導士にゴーレム操縦者である公爵令嬢の拉致を命じる。
これもまた失敗した。
鏡は警告する。
あの新型ゴーレムはその機動力で帝国の大いなる脅威となることを。
二体目、三体目と増える前に侵攻作戦を発動させる。
民間人を装った兵士や技術者、工作員を国境付近へ派遣する。
マヤオ砦への侵攻前に国境近くの貴族領軍や厄介な存在、王家直属軍の疲弊を狙う。
これもまた新型ゴーレムに妨害されたが、マヤオ砦攻略の際に援軍として想定される貴族領と王家直属軍への打撃はある程度達成された。
また新型ゴーレムの移動速度を算出。
恐るべき速度で移動することが判明した。
マヤオ砦への侵攻には新たに併合した国の兵を運用する。
皇帝の意図はある意味賭けに近いもの。
マヤオ砦にあの新型ゴーレムは必ず来る。そして圧倒的勝利をおさめるであろう。
その結果、王国に『新型ゴーレムを持ってすれば、帝国への侵攻が可能』と思わせること。
それを促すために、皇帝居城や帝都の情報を王国の間諜に漏れるよう手配した。
あのようなゴーレムがあったら自分も同じように考える。よほどの腰抜けでない限り、専制政治を行う我が身を狙うはず。
皇帝は静かに待った。
そして国境警備軍より、王国のゴーレム侵入の通信が入る。
国内の軍には消極的な対応を通達してある。もとより止められるものでもないだろうが。
山岳基地建設の部隊が接触したようだ。あれは場所を選ばず、従来の軍を遥かに凌ぐ速度で移動する。
皇帝居城へ難なく辿り着くだろう。
皇帝はひたすら待った、アテナが現れるのを。




