第四十二話 帝国横断
ダラド帝国領。
地形や植生はラーヤミド王国と変わりないが、アテナが一時間も走ると、針葉樹林が覆うなだらかな丘陵地帯が目の前に迫ってくる。
『レイテアちゃん、まっすぐに突っ切ろう』
(はい)
アテナは走りをやや緩め、自身の背丈とそう変わらない高さの針葉樹林へ入る。
針葉樹は広葉樹と違ってあまり密集せず、まばらに生えている。アテナは慎重に木の幹を避けつつ、枝を折りながら走り抜ける。
不意に開けた場所へ出た。そこには伐採され丸太となった木材の山、そして大型ゴーレムが二体。その足元には帝国兵の集団。
『基地の建設現場か』
(どうします?)
『あそこの小屋を踏み潰そう。通信手段はおそらくあの中だよ』
鈍重な動きのゴーレムや右往左往する帝国兵をかわし、アテナは目の前の小屋を踏み抜く。
『よしっ! ズラかろう!』
素早くその場を離脱するアテナ、帝国の大型ゴーレムが追いつくのはまず不可能だ。
『打ち合わせ通り、極力戦闘は避けて』
(わかりました)
斜面を駆け下り、谷は飛び越え、そして崖を跳び上がりを繰り返し、アテナは険しい山が連なる地域へ差し掛かった。
打ち合わせ通り、山の麓を走り抜ける。
こちらは広葉樹の森であり、目一杯広がった枝は走り抜ける際に大きな抵抗となるので
跳躍を繰り返していく。
アテナが着地するたびに木々の中から鳥が一斉に飛び立ち、野生動物の群れがでたらめに走り回る。
『もう一刻(一時間)経つけど、レイテアちゃん、疲れてない?』
(大丈夫です。“考えるスライム”さんからもその気配は伝わってきません)
『ほんとタフな生き物だよ。どんな構造してんだろ』
(私も不思議な生き物だと思います)
やがて都市が見えてきた。
帝都を囲むように配置された衛星都市のひとつ。
石造りの建物が所狭しと並び、その奥には七階建ての塔がそびえ立つ。
『迂回するには広すぎる都市だ。大通りを突っ切ろう』
(はい!)
衛星都市の住民は、突然現れた奇妙で巨大な来訪者によって大混乱となる。
地響きが近づいてきたかと思えば、巨大な影がさし、大きな人間が頭上を駆け抜けていく。
老若男女を問わず、悲鳴をあげながら逃げ惑い、腰を抜かした者はへたり込む。
人々の叫び声はやがて大きなうねりとなり、都市全体が悲鳴をあげているように見えた。
大通りを通行していた馬車や荷車は蹴り飛ばされ、通りに面した建物へ突き刺さ流り、石畳にはアテナの足跡が残される。
街の守備隊が出動するも、呆然とアテナが走り去っていく姿を眺めるしか出来ない。
衛星都市と帝都の間には幅二十メートル、深さ十メートルに及ぶ水路があるものの、アテナは軽々と飛び越える。
「ゴーレムの起動を急げぇ!」
軍は数体の大型ゴーレムを立ち上げるも、アテナが走っているのを見て、全く対応できない事実を突きつけられることとなった。
そしてレイテアが目にしたもの。
ダラド帝国、そして皇帝の権勢を象徴する巨大な皇帝居城。
巨石をあえてそのまま使って高く積み上げた石垣、その上に正四角錐の居城。
『情報通りだけど、まさにピラミッドみたいだ』
小さな窓が無数にあり、表面は滑らかな質感。
『もしかしてローマ帝国も使ってた火山灰コンクリートか?』
(おじさま、それは?)
『俺も詳しくないし、あれがそうなのかは確信持てないけど。火山灰と石灰と……海水だったかな? それを混ぜ合わせたのが火山灰コンクリートになるんだ。二千年経ってもそのまんま強度を保ってる代物さ』
(そんなに! 素晴らしい技術ですね)
『とりあえず作戦通りやろう!』
アテナは足元の建物を破壊しながら皇帝居城へ向かって走り出す。
そして助走をつけ、石垣に飛びつきそのまま登る。
幾つかの石造りの建物を蹴り壊し、手頃な大きさになった瓦礫を皇帝居城へ全力投球を始めた。
『よしっ!』
命中した瓦礫は外壁に孔を開け、そこへアテナが蹴りを入れると大きく崩れ去った。
突如崩れた壁から逃げるように、居城内の人間が逃げ出しているのが全天球の視界越しに見える。
『皇帝がいるのはおそらく一番上。煙と何とかは高いとこが好きってやつだ』
アテナは居城内部を破壊しつつ、最上部へ向けて進む。階層を上るにつれ、木造になってきた。
ハルミヤ鋼で出来たアテナの拳は、そんな壁や柱を難なく打ち砕く。
『さすがにゴーレムで突入してくるなんて思いもつかなかったろうよ』
逃げ回る文官と思しき人々を尻目にアテナは上へ上へと進んでいき、ついに辿り着く大広間。
鎧姿の帝国兵達は、勇敢にも槍を持ってアテナを迎撃しようとするが、それはもはや蛮勇と言える。
最奥に豪華な作りの椅子があり、そこに座る人物。彼こそがダラド帝国の皇帝だ。




