第三十九話 決断迫られる王
「確かにそれは可能だろうが……しかし」
「ではこのまま座して帝国が巻き返してくるのを待ちますか?」
戸惑うラーヤミド国王と厳しい表情で詰め寄るダロシウ王太子。
王城の最上部に近い国王執務室。
もう深夜に近い。
そこで国王とダロシウが膝詰めで話しているのは、レイテアから上申された帝都への電撃作戦だ。
アテナ単騎で、ダラド帝国を横断し帝都へ突入、皇帝の身柄を確保するというもの。
いくら高速移動が可能なアテナでも無謀としか思えない、国王はそう思案する。
「帝国の戦術は三十年前とは比べものにならないぐらい巧妙になっています。第八耕作地でのレイテア嬢拉致未遂、覚えておいででしょう?」
レイテアの部屋へ侵入した正体不明の者たち、そして魔導器による兵士の傀儡化。
警備の行き届いた第八王女アーシアの直轄地へ仕掛けられた襲撃事件は、ラーヤミド王国へ衝撃を与えた。
「それはもちろん」
「あのような搦手に帝国は長けています。私との婚約を解消したにせよ、レイテアは依然として帝国にとって脅威でしかありませんよ」
「しかし……皇帝を捕縛するなど……前例がない」
「アテナなら可能かと」
国王の表情は渋い。
「帝国は多くの国を併合、または支配下に置き勢力の拡大は止まることを知りません。今回マミヤ砦に侵攻したのも、近年に併合した国の兵で構成された軍でした。数年後にはどれほどの脅威となるか想像もつきません」
「それは……」
「父上、ご決断を」
一方、王城横の格納庫。
レイテアはガードや職人達、そしてポーシェとともに作業に没頭している。
『今夜も泊まりになりそうだね、レイテアちゃん』
(ええ)
『ルスタフ公爵はかなり寛容だよね。嫁入り前の娘が外泊するのをあっさり認めてくれるなんて』
(母には逆らえないんです、父は)
『なるほど。まっ奥さんが強い方が上手くいくことが多いからなぁ』
(そうなのですか?)
『俺もそうだったもん。夫婦円満の秘訣はそれよ』
(……私に出来るでしょうか)
『お? ダロシウ王子との婚姻はするつもりだね?』
(はい。婚約は解消となりましたが、ダロシウ様が『君を王妃に迎えることを諦めたわけではない』とおっしゃいました)
『そうか! 俺が寝ていた時にそんなことが』
(私は、ただ王国民に帝国の影に怯える暮らしをしてほしくないのです)
レイテアが白い巨人に強く惹かれたのは、子どもながらに両親を始め周囲の大人達から感じていた暗い影の影響もある。幼い彼女は本能的に『何かの脅威に晒されている』ことを感じ取っていた。
『電撃作戦、王様が認めてくれるのを願おうか』
(待ち遠しいですね)
「レイテアちゃん、こんな感じでいい?」
「はい、ポーシェ様!」
「レイテアお嬢さま、内側はハルミヤ鋼で補強していますから、丈夫さは保証しますぜ」
「ガードさん、色々とありがとう」
「がはは。わしの仕事です。礼にはおよびませんや」
作り上げたのは棺桶のように見える木箱。
捕縛した皇帝をここに閉じ込め、アテナの腰へ取り付ける予定なのだ。
ポーシェが魔導を施し、箱の内側にいる者は完全に固定され、アテナのコックピットと同様に振動が伝わらない仕様である。
レイテアは格納庫内にある宿泊部屋へ入ると湯浴みを済ませ、机の上にあるジオラマの前に立つ。
それは王国情報部が他国の協力、捕虜への尋問からの情報を集めて作成した皇帝居城の大まかな見取り図を、レイテアが精密に立体化したものだった。男のアドバイスによるところが大きい。
男とレイテアはカシアに怒られベッドに入る直前まで、綿密に打ち合わせをしていた。




