第三十五話 貴族学院での襲撃
アテナの国境への出動は、多くのラーヤミド王国民が目撃した。
「白い巨人がすごい速さで駆け抜けていった」
「流れるブロンドヘア、まるで女神のようだった」
「御伽噺に出てくる白い巨人そのものだった」
「帝国軍を蹴散らしたらしい」
「山火事も消したそうだ」
「王国の守り神だ」
噂は人々の口を通して広がっていく。
そして当然のことながら、王国内の貴族、その子弟、民衆の中に紛れる帝国やその他の国の間諜の耳にもそれは入る。
貴族学院の中の雰囲気も変わる。
「レイテアさん、皆があなたを見る目が随分と様変わりしましたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。それはもう」
以前アテナによって救われたディーザ侯爵領、その侯爵令嬢であるオリドアとレイテアは食堂にて昼食をとっている最中。
「この度のサーナス侯爵領での活躍は、諸侯、とりわけ国境に近い領地を持つ貴族にとって他人事では済ませられません。帝国はいつまた侵攻するかもしれませんので」
「そうですね……王国の歴史は帝国とのせめぎ合い、といっても一方的に帝国が攻めてくるだけですが」
そこへ現れる一人の令嬢。
「レイテア様、この度は、サーナス侯爵領に多大なご尽力いただき感謝申し上げます」
「え、えっと、ど、どういたしまして?」
レイテアは見覚えがないようだ。
「失礼。同じ受講クラスですので、私のことをご存知かと名乗りが遅れました。シオーヌ・マーホ・サーナスです」
「し、失礼しました。あ、で、でもサーナス侯爵様より既に謝意を……」
「それでも、ですわ」
その表情は複雑だ。
「今後ともよしなに」
簡易な礼を取り、踵を返し立ち去るシオーヌ侯爵令嬢。オリドアは知っている。彼女が一番敵意を込めた視線をレイテアに向けていたことを。
「彼女もサーナス侯爵にかなり言い含められたようね。おかげで煩わしい小鳥達の囀りも随分と静かになりましたのよ」
「は、はぁ」
その実、レイテアに向けられた皮肉や陰口は聞こえていても、彼女の頭の中はアテナのことばかり。彼女はさして気に留めていなかったのである。
「こちらの領地でも戦への備えが大詰めです。あなたをいきなり前線へ向かわせることを、王家はしないとは思いますが……」
大型ゴーレムアテナ。
本来ならルスタフ公爵領軍の所属であるが、強硬に国軍への移籍を主張する国防省へ対抗して、国王とダロシウ王太子の計らいにより王家直属となった経緯がある。
「これ以上のお話は本日の茶会で、ね?」
「はい。茶会が楽しみです」
レイテアはオリドアの茶会が『お菓子が美味しい』という理由で常に参加している。
昼食を済ませ、オリドアとレイテアが立ちあがろうとした時。
「きゃあぁぁ!!」
陶器が割れる音と悲鳴が同時に上がった。
女子生徒が二人、床に蹲っている。
「どうした?」
近くにいた男子生徒が急いで駆け寄ったが、跳ね飛ばされてしまう。男子生徒はテーブルや椅子を巻き込みながら壁へ激突し昏倒する。
蹲っている女子生徒の腕がどす黒く変色、背中から大きな羽根のようなものが制服を突き破って生えて来た。
顔を上げる。眼球を突き破り黒い棘が飛び出し、金属を引っ掻いたような声をあげながら立ち上がった。
その姿は伝承として伝わる悪魔そのもの。
「きゃああ!」
「うわっ! ば、化け物!」
ここにきて周囲にいた生徒達は我に返ったように悲鳴をあげながら逃げていく。
レイテア達を庇うように現れた男子生徒。
「レイテアさん、お早く!」
彼女の手を引いてその場を去ろうとするも、悪魔が立ち塞がるが、男子生徒は短い棒状のものを取り出すと、悪魔へ向ける。
瞬間。
何か光るものが射出され、悪魔の胸に命中、苦しそうな声をあげながら悪魔は倒れ伏す。
振り向いたレイテア。
オリドアの背後からもう一体の悪魔が近寄るのを認めると、オリドアを横へ退かせ、体術訓練で身につけた回し蹴り。狙いは顎。
オリドアもスカートと中から短剣を取り出し、悪魔に斬りつけるが、悪魔に効いた様子はない。
レイテアに掴みかかる悪魔。その時、白い影が悪魔を殴りつけた。銀色の体毛に覆われ、狼のような姿のエミサだ。
「お嬢様! すぐに避難を」
「エミサ! 頼みます!」




