第三十二話 陰の協力者
ある朝。
ルスタフ公爵邸を訪れる一人の男。
各地を巡業する暁サーカス団のヒ・カーショウ団長である。
「おはようございます。お招きに預かりましたヒ・カーショウです」
出迎えたレイテアに礼をとるヒ・カーショウ。
「ようこそおいでくださいました。“考えるスライム”の件ではお世話になりましたね。さ、こちらへ」
カシアの案内で中庭へ移動する一行。
「こちらこそレイテア様には大変お世話になったのですよ。公爵令嬢の所作を身に付けたからくり人形。貴族令嬢と平民の騎士、身分違いの恋物語は大好評でして」
「まぁ! お役に立てたようで何よりです」
中崎の中央には茶席が用意してあり、侍女達が準備をしている。
「あいにくと両親は耕作地へ滞在しております」
「なぁにかまいませんよ、レイテア様」
貴族ではない来客を初めて迎えるにあたり、邸内ではなく中庭に設えた茶席でもてなすのが慣例。
「これが国王の許可証、そして巡業申請書になります」
ヒ・カーショウはレイテアに書類を手渡し、紅茶に口をつける。
「これは素晴らしい。南国産の茶葉ですね」
「はい」
「……レイテア様、ラーヤミド王国で南国産の茶葉を?」
ヒ・カーショウが怪訝に思うのも無理はない。
大陸と海を挟んだ群島国家。一般には南国と呼称されるが、流通ルートが確保されてないこともあって、大変珍しいものだからだ。
レイテアは内心で自分の失敗を悔やみつつ、澄ました顔で答える。
「ええ。祖父の代からの付き合いなのです」
全くのデタラメだが。
真相はこうだ。
飛行訓練、水中訓練を兼ねて、また王国以外の地理を知りたい男の提案により、ドラゴンに抱えてもらって大陸の南に広がる海へ飛んだのが三週間前。
ドラゴンによるアテナの空輸。
機密中の機密だ。
たまたま群島国家の漁船団がタコに似た海棲大型生物に襲われていたので、それをアテナが撃退。
そこまでは良かったが、レイテアは泳げない。アテナもそのまま海中に沈みかけたところを漁船に救われ、群島国家へ曳航されたのである。
ちなみにドラゴンは海へ入れない。
彼女曰く『遠い祖先同士の約定があるから』とのこと。
群島国家では漁船を救ったアテナとレイテアは、国を挙げて歓待され、褒賞の数々を受け取ることになる。茶葉はそのうちの一つというわけだ。
「私は群島国家を巡業した際に、すっかりこの茶葉に魅せられまして。王国沿岸地方に行った時には必ず買い求めているのですよ」
「団長さんは異国や各地の珍しいものを色々とご存じなのですね」
何とか話題を逸らしたいレイテア。
「そうですな。西方の珍しい香辛料を使った料理、東方の小国家には独自技法による絵画、世界には素晴らしいものが溢れています」
「羨ましい限りですわ」
「国を跨いで移動出来るサーカス団、元は傭兵団ですな、その特権です。我が団員もそうやって各地を巡るうちに見出した者がおります」
「珍しい容姿の方々ですね。大変素晴らしい公演でしたわ」
レイテアは、あの時見た夢のような興行を思い出す。
「レイテア様、あなたは稀有な方です」
「私がですか?」
「そうですとも。まず貴族の方はサーカス団と関わろうとはしません。まして異形の姿の団員による興行には目を背けるのが一般的です。しかしあなたが彼らに向ける眼差しには差別意識が全く見られません」
「……それが?」
「そこですよ。あなたは貴族の方にありがちな“見下す”態度が一切ありません。ルスタフ公爵家の家風でしょうね」
ルスタフ公爵家に伝わる家訓、『この世に生きるものは全て何らかの役割を天より与えらており、姿形によって価値が決まることはない』がもたらしたものだ。
「うちの団員達はそういう視線や態度に敏感です。彼らがレイテア様を大層気に入ったのですよ」
「まぁ。そうなのですね」
「私も嬉しく思いますので、それは何らかの形で感謝を示したいと思います」
「それは巡業に伴う手数料という形で……」
「それは当然のもの。レイテア様、楽しみになさってください」
「は、はい」
『レイテアちゃんの美徳をちゃんとわかってるじゃないか、団長さんは』
(おじさま……私は特別に何かをしたわけでは)
『いいんだよ。世間からは何かとそういう目を向けられやすい彼らにとっちゃ、レイテアちゃんの曇りなき態度はありがたいと思うよ』
公爵邸を出たヒ・カーショウは、森の方へ向かい、ある場所で立ち止まる。
「他国に比べて随分と寛容な処遇をしてくれるラーヤミド王国には感謝しかないんでね。伝えたいことがあるんでさぁ」
実際のところ、サーカス団は間諜として見られている。なので国の生産拠点である農地や軍事基地の近くの通行は認められない。
しかしラーヤミド王国は、そういう場所にこそ娯楽が必須という考えから、他国とは違い巡業まで許可されている。
「情報があるのか」
ヒ・カーショウの背後に突然現れた人影。
レイテアを護衛する王家直属の諜報員。
「これを」
振り向かないまま、ヒ・カーショウは一枚の地図を差し出す。
「印が付いている村落や街が幾つかあるな」
「そこの住民達、様子がおかしいものでね」
「ほう」
「私らもあちこち回ってる身。興行に対する反応や普段の生活を見れば違和感を感じることもあります」
「……続けろ」
「その印をつけた場所、そこの住民はそうですな、帝国支配下の国々にひどく似通ってるんですよ、住民の雰囲気が。街の賑わい、子供たちの遊び方、人が集まる場所の空気。何もかもが他と違う。出入りの商人には気付かれない程度の違和感。私らだからこそ感じるんです」
「……わかった。情報感謝する」
「礼には及びませんよ。私らにとってもこの国は大切な巡業地。それにレイテア様はこの国だけじゃなく、大陸、いや世界中に良い影響を振り撒いてくださるでしょう。私はそれを見ていたい」
既に男の姿はなかった。
ヒ・カーショウは歩き始める。
「我々も微力ながら全力でお手伝いしますよ」




