第三十話 彼らは静かに待つ
ラーヤミド王国とダラド帝国。
両国の間には天をつくような険しい山々が連なり、その麓には人が踏み込むのを拒むような大森林があり、王国にとって地形的な防壁となっている。
その山脈を越え、まさにラーヤミド王国へ迫る一団があった。
その数は百名。。男女半々、年齢も下は十代前半の子どもと言っていい見かけの者から、老人と言っても差し支えない者まで様々で、一見すると難民のようにも見える集団───帝国の特殊部隊だ
彼らは濃淡様々な緑、茶の布切れを縫い付けた、まるでボロ雑巾のような外套を羽織り、森林に溶け込むような姿をしており、沈黙を保ったままひたすら大森林の中を歩む。
彼らの背中には第八耕作地、その倉庫にあったものと同じ楔型魔導器具が背負われている。
いくら国境といえども、大森林全てを網羅するのは不可能であり、警戒網の隙間をついて、続々とラーヤミド王国の領地へ入る。
ある程度進んだところで、先頭に立つ者のハンドシグナルをきっかけに、一人、或いは二人組から五人組に分かれ、それぞれバラバラな方向へ散っていく。
ある者は小規模な農村を目指し、またある者は中規模の街へと歩いていく。
途中で着替え、ただの市民にしか見えない服装になった者は民家へ近づく。戸口で何やら合言葉を交わし、中へと迎え入れられる。
別の三人組は小さな農村を襲う。
こうして国境付近にある幾つかの村や街が帝国の支配下となった。
楔型魔導器具により、意識を飛ばされ帝国内で待機している魔導士により傀儡と化した住民達。
一見すると何も変わらない農村や街の裏側で、彼らは来るべき作戦に備え、準備を着々と進めていく。
一方。
王国と帝国を繋ぐ街道が通るマヤオ平原。
その国境のラーヤミド王国側には難攻不落と称されるマヤオ砦がある。
巨大な岩石を積み上げた外壁の高さは三十メートルを越え、その内側には堅牢な作りの要塞が作られているのだ。
常に千五百名の兵士が即応体制で駐屯していて、帝国へ睨みをきかせているが、対照的に帝国側には簡易的な関所があるのみだ。
その関所から数キロメートル離れたところに、森に囲まれた小さな街がある。
その森へ数十名が毎日入っていく。翌日もまた同じように数十名が向かう。全員大きな荷物を背負い、時には大きな荷車を引いて森へと姿を消す。そして誰一人街へ戻る者はいない。
その街へも常に、人が流入している。帝国の中心、帝都から。
兵士ではない。
行商人だったり、農民だったり。
国境が近いため、警備が厳重で王国の間諜は入り込めないので、王国は知らない。ここ一年の間に数千名の人間がこの街を経由して森の中へ消えていることに。
彼らは静かにその日を待つ。




