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帝都の復讐姫は作家先生に殺されたい 浅草十三怪談  作者: 遊森謡子
第二幕 カフエーの女給は英語を話す
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(3)千代見と星見

 座り直し、改めて飲み物を頼んでから、花墨は悧月に過去を語り始めた。

「私、ちゃんと名乗っていなかったですね。時庭ときにわ花墨といいます。家は代々、庭師とか植木屋とか、そんなふうに呼ばれてきたわ」


 時庭家は何代か前、大名屋敷の庭を造って身分を賜った。それ以来、華族屋敷の庭を手入れしたり、神社のご神木の世話をしたりといった仕事を生業としてきたのだ。

 冬には木に藁を巻き、幹が苔に埋もれれば落とし、何人もの弟子と共に働いて家を大きくした父。そして、やはり名のある家の出身であり、父を支える母。

 一人娘の花墨は、何不自由なく育った。

「いずれは花墨に婿をとって、家を継がせよう。だから花墨にも、時庭家の仕事を知っておいてもらわないとな」

 父はそう言って、よく仕事に花墨を連れて行った。父は庭造りの技を持っているのと同時に、菊の花を育てるのが得意で、花墨はそちらも手伝ったものだ。

「いつかは花墨が女主人になるのだから、使用人たちに家事や教養を身に着けさせなくてはいけませんよ」

 母もそう言って色々と教え込むものだから、花墨の毎日はなかなか大変で、小学校にいる時間の方が少しホッとするほどだ。

 けれど花墨は両親を尊敬していたし、学ぶことも大好きで、愛され恵まれた環境だったといえよう。


 そんな時庭家が、袿をまとった女の怨霊に襲われたのは、花墨が九歳になったばかりの頃だ。

(こんなの許せない。絶対にあの『千代見』を見つけ出して、地獄に縛り付けてやる。やり方なんか知らない、でも絶対に!)

 花墨が復讐したいのは、人ではなく怨霊なのだ。

 怨霊と幼い女の子の霊が、色々とおかしなことを口にしていた気がする。しかし、目の前で両親を惨殺された花墨は記憶が混乱し、細かいことを思い出すことは到底できなかった。

 手がかりは『千代見』『星見』という、おそらく母子の名と、星見に見覚えがあった、ということだけ。

 親戚に髪を黒く染められて売り飛ばされ、人の手を介して吉原にたどり着いたと思ったら、そこからも追い出される。

 十二階下で私娼たちの小間使いや子守をしながら、何とか生き延びなくてはならない状況の中、花墨は少しずつ正気を取り戻していった。


 そして、時庭家に何が起こったのか、調べ始めたのだ。悧月に出会う前のことである。


 千代見、星見という名に聞き覚えがないか、花墨は娼婦たちと話している時に尋ねてみた。

 すると、娼婦の一人が言ったのだ。

『菊のことを『千代見草』とも言うわよねえ』


 菊。

 その言葉から、記憶の欠片が蘇った。

 父を見た千代見が、「私の菊を世話してくれた男」と言っていた記憶だ。

 そして花墨は、子どもの頃に仕事で父と行った神社のことを思い出した。その神社では旧暦の九月に菊まつりが開かれるため、父も神社からの依頼で菊の世話をしていた。


「特に珍しい花じゃないけど、父が菊を扱う仕事をした場所……神社と、千代見は関係があるかもしれない」

 そう花墨は考えた。さらに、それと繋がった記憶も、彼女は手繰り寄せていた。

「私、星見に見覚えがあるって言ったでしょう。それも思い出した。神社に行った時に、私、あの子に会ってるのよ」


 その時の記憶は、ずらりと並んだ菊の鉢植えの前で、神職の誰かと父が話をしているところから始まっている。

 七歳だった花墨は、話が長くて退屈してしまい、神社の境内をウロウロしていた。

 ふと気配を感じて振り向くと、灯籠の陰に小さな女の子が立っていて、花墨を見ている。

 不思議な女の子だった。どういうわけか、髪が真っ白なのだ。花墨よりは少し年下だろうか、着物も白く古風で、目が合っても何も言わず、微動だにしない。しかし、花墨が持っていた鞠をじっと見つめているようだ。

「これで、いっしょに遊ぶ?」

 花墨が誘うと、ようやくこくりとうなずいて、灯籠の陰から出てきた。

「私は花墨。あなた、名前は?」

 そう聞くと、女の子は不意にはっきりとした声で言った。

『ほしみ!』

 二人で鞠つきをし、かくれんぼをし、オオバコ相撲をする。一人っ子の花墨は、年下の女の子を相手にお姉さんぶれるのが嬉しく、『ほしみ』に次々と遊びを提案した。

 夕方までたっぷり遊び、『だるまさんが転んだ』をしている最中――

 ふいっ、と、その子の姿が見えなくなった。

 花墨がキョロキョロしていると、参拝に来た老婆が話しかけてくる。

「あちらの植木屋さんの娘さんだってねぇ。ずっと一人で遊んで、お父さんをおとなしく待てて偉いのねぇ」

「ううん、女の子とあそんでたの。でも、いなくなっちゃった」

 首を傾げながら、花墨は尋ねる。

「おばあさん、知りませんか? ほしみちゃん、っていう子」

 すると老婆は、おや、と微笑んだ。

「ここに祀られていた小姫(ちいひめ)様と、同じ名前だねえ」

「えっ? おひめさま?」

 詳しい話を聞こうとした花墨だったが、父が呼びに来て、そのままになってしまった。


「私、何とかその神社を探しだして、行ってみたの。井の頭池の近くだった」

 神主に会えたので、話を聞いてみた。

 すると神主は、『千代見』『星見』というのは平安時代の姫の名前だと教えてくれた。しかし、この神社ではなく、近所の別の神社『雛菊神社』に祀られていたという。

 父が『千代見』という名を聞いても知らない様子だったのは、仕事をしていたのとは別の神社だったからで、逆にあの老婆は、菊つながりで混同してしまったのだろう。

 しかし、その『雛菊神社』は、花墨が星見と出会うより数年前に「なくなった」という。

「ええと、どこか別の神社に移されたんじゃないか、みたいなことを神主さんが言ってたわ」

「移された?」

「そう。どこにかは、わからないって。私も見つけられないまま時間が経って、そのうち先生と出会って……。ねえ先生、神社って、移されることがあるの?」

 花墨の言葉に悧月は少し考えていたが、すぐに「あ」と口を開いた。

合祀(ごうし)政策か」

「ゴウシ……?」

「神社整理、って言った方がわかりやすいかな」


 明治の終わり、由緒ある神社を保護する一方で、複数の神社が合併されたり、大きな神社の境内に祭神がまとめて移されたりした。

 同時に、由緒の怪しい小社は廃されたのだ。


「じゃあ、それで雛菊神社がなくなってしまったんだ」

 花墨は納得がいき、うなずく。

「神主さんが子どもの頃は、雛菊神社には毎年、菊の花が咲く頃に人が来てたんだって。たぶん神職の方だろうって言ってたけど、なにやら儀式をしていたとか。でも、暦が大きく変わってから誰も来なくなって、菊の鉢は神主さんのところで引き取ったんだって」

 花墨が説明すると、悧月はつぶやいた。

「暦……じゃあ、明治の改暦がきっかけだったのか」

「改暦?」

「ああ、うん。ええと」

 少し口ごもってから、悧月はどこか歪んだ笑みを浮かべる。

「前に、陰陽師の話をしたの、覚えてる?」

「もちろん、覚えてるわ。そういうお仕事があったんですよね。偉い人のために占いをしたり、そうだ、暦を作ってたって」

「そう。でも日本は西洋の暦に合わせることになって、今は公の仕事としては、陰陽師は存在しない。その、西洋の暦に合わせることになった時のことなんだけど、明治五年の十二月六日を明治六年の一月一日として切り替えたんだ。おかげで明治五年の十二月が吹っ飛んで、社会が大混乱した……ってことがあった」

「その頃に、雛菊神社に人が来なくなったってことは……」

 花墨はハッとする。

「儀式をしていたのは、陰陽師だった? でも、その人は失業して、来なくなったってこと?」

「大事な儀式なら普通は引き継がれると思うんだけど、何か行き違いがあったのかもしれないね。雛菊神社は放置され、寂れてボロボロになって、四十年後、とうとう合祀政策で整理されてしまった。菊だけは受け継がれたみたいだけど」

「その間に千代見姫は怨霊になり、星見も私に取り憑いている。儀式をしなくなったせいで」

 花墨が父の仕事でその近くに行った時、星見はそこにいた。菊まつりの菊は、雛菊神社にあった菊から神主が挿し芽で増やしたものも含まれており、花墨の父がそれに手を貸している。

(だから星見は、神社がなくなってもあそこにいたのかしら)

 そう思った花墨に、悧月が教えた。

「そういえば……『星見草』というのも、菊の別名だよ」

 花墨の脳裏に一瞬、美しい姫が我が子を愛おし気に抱く姿がよぎった。自分にちなんだ名を娘に与える、母親の姿が。

(なぜこんな光景が浮かぶの。千代見姫は、あの怨霊は、父様と母様をあんなひどい殺し方で殺したのに……!)

 唇を噛み締める花墨に、悧月が心配そうに声をかける。

「大丈夫かい? 何か思い出して、辛いなら」

「いえ、大丈夫です」

 花墨は首を振る。

「とにかく、それ以上千代見姫の怨霊を追えなくなって、いったんそこで手がかりが途切れてしまった上に、私はイギリスに行っちゃって。日本に戻ったらまた一から調べ直しだ、って思ってました。でもね……先生、イギリス大使が監獄に入れられた、という話は知ってます?」

 不意に聞かれ、悧月は少し考えて、森との会話を思い出す。

「あっ、新聞で見たよ。大使の家族が皆殺しにされて、一人だけ生き残った大使が事情を聞かれている、憑捜も捜査しているらしい、という記事だ。監獄に入れられたの?」

 明治三十二(1899)年に、不平等条約は改正されている。外国人犯罪者は日本の法律で裁かれ、日本の監獄に収監された。

「そうらしいんです」

 花墨は続ける。

「私はこの事件、帰国する船の中で、イギリス人の乗客から聞いたの。『大使とその家族に憑き病の症状は一切なかったから、本国は憑捜の関与に抗議している』って」

「要するに憑捜事案の患者ではなく、殺人事件の容疑者として扱え、ということか。『処分』ではなく『裁判』をすべき、ってことだろうな」

「私、この事件について聞いた時、私の時と似てるなと思いました」

 大使の妻子が殺されたのは、華族会館の駐車場だ。周囲には運転手など、他にも人がいた。もし大使が憑き病なのであれば、それらの人々も無差別に攻撃したはずだが、攻撃はなかった。

 花墨の両親が死んだときも、時庭家には使用人や父の弟子がいたのだが、彼らは無傷だった。花墨の母はそれまで、夢を見たとも言っていなかったし、精神が乱れた様子もなかった。つまり、母は憑き病ではない。

 あの日、突然、千代見姫が母に取り憑き父を殺したのだ。星見に止められなかったら、花墨も殺されていただろう。


「じゃあ、大使も怨霊に憑かれた? それが千代見姫かもしれないってこと?」

「他にそういう怨霊話を聞いたことがないから、そう思っただけだけど……とにかく確かめるだけでも確かめたくて、私、関係者に近づけるような仕事を探したの」


 花墨は団長にも口添えしてもらいつつ、自分を通訳として使ってくれる乗客はいないかと声をかけた。

 サーカス団員の彼女は下町英語中心にしか話せないため、さすがに身分の高い人の専属通訳というわけにはいかない。しかし何とか、労働者が日本で仕事を探す手伝いをする短期の仕事を手に入れることができた。

 そうして労働者の通訳をするうちに、彼女は「ねえさん」たちのうち数人が別の仕事に就いているのを知った。そこから、『カメリア』の店主である鞠子との繋がりを掴んだのだ。


「おかげで、外国人客がよく来るこのお店で雇ってもらえたんです」

 花墨の話を聞いた悧月は感心している。

「君の行動力にはシャッポを脱ぐよ」

「でも、今のところ、そこまでです。お客さんに聞いてみてはいるんだけど、誰も事件について詳しいことを知らないし、関係者への繋がりもできないし」

 小さくため息をつく花墨を見つめ、悧月はしばらく考え込んだ。

 そして、口を開く。

「……大使に直接、話を聞けたら一番いいね」

「それはそうです。まだ千代見姫が大使に憑いているかもしれないし、すでに離れているとしても、何か気づいたことがあるかもしれない。でも」

 言いかけたのを遮り、悧月は指を一本立てた。

「じゃあ、面会に行こう」

「えっ?」

 花墨は大きな目をぱちくりさせたが、悧月は当たり前のように言う。

「大使に会いに行こう。巣鴨監獄に」

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