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帝都の復讐姫は作家先生に殺されたい 浅草十三怪談  作者: 遊森謡子
第六幕 紡がれ織られてきた秘密
18/19

(4)人を呪わば

第六幕(4)と終幕、同時投稿です。

 悧月は通路を歩いてくる。

「それはそうだよね、陰陽寮がなくなってから代を重ねてるんだし。僕の家も、力を持ってる人間の方が少ないし、昔より弱いらしい」

「先生!」

 思わず、花墨は格子にすがりついた。

 悧月はホッとした笑みを浮かべる。

「花墨ちゃん、無事でよかった」

 ずい、と高鳥秀一は一歩踏み出した。

「申し訳ないが作家先生、あなたはお招きしていないな」

「夜分にすみません。まあ、先祖が同じ土御門家の元にいた者同士、いいじゃないですか」

「冗談では済まないんですよ、お客様」

 高鳥は、手に何か札のようなものを持っていた。もう片方の手の指を二本そろえ、何事か念じる。

 いきなり、悧月のまわりに光の輪ができ、それがギュンと締まった。

「先生っ」

 花墨は思わず声を上げる。

 ところが、光の輪はあっという間に、パキンと硬質な音を立てて割れた。悧月は頭をかく。

「いや、さすがに力の弱い僕だって、守護の札くらい持ってますよ」


「なら、強い札を切るしかないですね」

 高鳥は上着の懐からまた何か取り出そうとしたが、はっ、として周囲を見回した。

「何だ……?」

 花墨もようやく、その気配に気づいた。

 妖しい気配が、あたりを包み込んでいる。それはどこか遠くの方、東京市の四方八方から、集まってくるように感じられた。どんどん、どんどん濃くなっていく。

「この家に来てみたら、何人もの女たちの怨念が、あたりを浮遊していてね。結界のせいで入れないみたいだった」

 悧月は両手を広げた。その額には、汗が浮かんでいる。

「僕は力が弱いけど……僕自身を媒介すれば、怨念を招き入れることができる」

「女たちの怨念、だと?」

「あー、高鳥社長って、過去の女は忘れる人?」

 呆れた声で、悧月は目つきを鋭く研ぎ澄ます。

「恨まれてるに決まってるだろ、あんた。何人殺した。何人、殺させたと思ってる」

 ショールに仕込まれた術によって千代見姫に取り憑かれ、自らの手で家族を殺した女たちの恨みが、急速に流れ込んできていた。


 急に、ガシャン、と鎖が鳴った。

『ああああ!』

 千代見姫だ。姫が叫ぶと、怨念が姫の元へと集まり出した。姫の力が徐々に膨れ上がっていく。

 花墨は高鳥をにらみつけた。

「発散させないと、抑えておけないんでしたっけ」

「貴様! やめろ!」

 高鳥は悧月に向き直りながら、素早く札を取り出した。再び指を揃えて「オン!」と念じる。

 たちまち、札からぞろぞろと黒い文字が飛び出し、悧月に絡まりついて行く。


 その時、悧月の背後からもう一人の男が現れた。剣柊士郎だ。

 サーベルが一閃する。文字が一瞬、乱れた。

 するとなぜか、文字は悧月を離れ、高鳥の方へと戻り始めた。

「これでいいのか先生」

 柊士郎はサーベルを構えたまま聞き、

「な、なんだお前……どうして呪詛がこっちに!?」

 高鳥は狼狽える。

「やっぱり辰巳家の作った憑捜は、装備も一味違うな。効果は弱いけど十分だ」

 悧月は表情を変えないまま告げた。

「社長も陰陽師の末裔なら、『人を呪わば穴二つ』って聞いたことあるだろ? 呪詛は失敗すると、本人に返る。……呪詛返しだよ」

 悧月の声が聞こえているのかいないのか、高鳥は悲鳴を上げて両手を振り回した。少しずつ、彼の肌が黒ずみ、腐っていく。


「花墨ちゃん!」

 その間に、悧月が座敷牢に駆け寄ってきた。無造作に格子に貼ってあった札を剥がし、扉を開ける。

「先生!」

「ここは危ない、出よう」

「おい、早くしろ!」

 入口の方で柊士郎が呼んでいる。

 今や、千代見姫の周りをドロドロとしたものが渦巻いていた。鎖は割れ、牢の格子は粉々に砕け散る。

「畜生!」

 いきなり、高鳥が最後の力を振り絞って走り出した。柊士郎がとっさにサーベルを構えるのも構わず体当たりし、肩のあたりを切り裂かれながら、外へ逃げようとする。

『まつのじゃ!』

 花墨の口から、幼い声が飛び出した。

『タカトリのにおいがする。でもみえぬ、みえぬのじゃ! かすみ、つかまえてたも! ほしみとははうえさまは、そやつをゆるさぬ!』

 悧月が思わず声を上げる。

「見えない!? 高鳥に術がかかってるのか!」


(でも、逃がさない!)

 反射的に、花墨の身体が動いた。

 高鳥に走り寄ると、背後から彼の首にしがみつく。

「星見、高鳥はここだよ!」

(今までずっと、星見は私を守ってくれた。私に、利用されてくれた。今度は、私が)

 花墨は自分の中の星見に、身体を委ねた。


 千代見姫の、星見の、女たちの怨念が、花墨の中にも流れ込んでくる。彼女の両手は高鳥に絡みついたまま、怨念に取り巻かれ、座敷牢の方へずるずると引き寄せられた。

「はなせえええ! がああああ!」

 高鳥は恐ろしい勢いで暴れている。逃すまいと、怨念はますます高鳥に、花墨に絡みつく。

「先生!」

 辛うじて叫ぶ。

「もし、私も、怨霊に……なったら。先生が、殺してね。約束」

「花墨ちゃん!」

 悧月が叫び返した。

 そして、柊士郎からサーベルを奪い取ると駆け寄ってきて――

 ――袈裟懸けに、切りつけた。

 刃は花墨の手をかすめ、高鳥の胸から腹にかけて切り裂く。

 すると、一瞬、赤い文字のようなものが浮かび上がった。文字はすぐに崩れ、宙に消えていく。

『みえた!』

 星見の声がした。彼の姿を怨霊から隠していた術が、壊れたのだ。

『ははうえさま!』

『高鳥……! ついに、ついに、本物のお前を見つけた……!』

 天井まで大きな姿に膨れ上がった千代見姫が、袿を広げて覆いかぶさって来る。それはまるで、怨念の大波のようだ。

『私と星見の恨み、思い知るがいい!』

「やめ、やめろ……ああ……ああああ!」

 高鳥が飲み込まれる寸前。

 星見が、すっ、と、花墨から抜け出した。

「!」

 気づいた悧月がとっさに、花墨の手首をつかんで強く引っ張る。

 花墨は悧月の腕の中に飛び込んだ。はっと顔を上げて振り返る。

「……星見!」

『かすみ』

 白い、肩下までの髪を揺らして、着物姿の少女が振り向く。

『あそんでくれて、ありがと、なのじゃ』

 可愛らしい笑顔を残して、星見はすうっと下がっていく。その姿は、高鳥を飲み込んでいく怨念の中に消えた。

 地面にぱっくりと、亀裂が走る。赤い、溶岩のようなドロドロした物が、奥には広がっている。

 そこから、竜の化身のような炎が噴き出した。

 千代見姫と星見は高鳥秀一ともに、炎に包まれ、亀裂の中に消えていった。


 気がつくと、花墨は高鳥家の前の道、向かい側の家の塀ぎわまで連れ出されていた。

 いやに明るいので、もう夜が明けたのかと思ったら、屋敷が赤々と燃えている。

 外国から輸入された消防ポンプ車がやってきていて、消火に当たっていた。そんな珍しい光景に近所の人々が集まり、騒然としているのを、憑捜の青服が整理している。その中には、柊士郎の姿もあった。

 しばし呆然としていた花墨は、手に何やら巻かれている最中なのに気づく。

「……先生?」

 瞬きをして、目の前の彼を見つめた。

 悧月は必死で、花墨の手に、布を裂いて作った包帯を巻いているところだった。

「ごめん、ごめんね花墨ちゃん……君の手ごと切っちゃって……あの、すみません! この中に医者はいませんか!?」

「大丈夫です、かすり傷ですよ」

 花墨は思わず、口元を緩める。

「殺す約束すらしてたのに、このくらい」

「その時は一緒に死のうと思ってたけど、生きてるんだから。女の子に傷をつけるなんて、ああ本当に僕は全く」

 ようやく不格好ながら包帯を巻き終わり、悧月は手を握ったまま微笑んだ。

「……仇が取れて、よかったね」

「はい。本当に……ありがとうございました」

 花墨が頭を下げると、悧月はため息をつく。

「無茶をするね。高鳥が千代見姫を捕えている場所に、一人で乗り込むなんて」

「姫がここにいるとは知らずに来たんです。ただ、刺繍をここでしてるって聞いて。星見もいたし」

「うん……でも」

 悧月は片手を離すと、そっと花墨の髪をつまんだ。

「これからは気をつけるんだよ。星見はもう、行ってしまったから」

 辛うじて花墨の視界に入った、彼女の髪は、黒髪に戻っていた。

 そんな悧月を、花墨はじっと見つめかえす。

「さっき……先生が来てくれて」

「うん?」

「これで最後かなと思って、覚悟もしたけど」

「うん」

「でも今、こうして……」

 花墨は両手で、悧月の手を包み込み、ぎゅっと握った。

 ぽろ、ぽろっと、涙が零れ落ちる。

「……私、生きててよかった」

 悧月は一瞬、身体を硬直させた。

 それから、おそるおそる花墨の手を外すと――がばっ、と彼女を抱きしめた。

 花墨の肩のあたりで、くぐもった涙声がする。

「こちらこそ……救わせてくれて、ありがとう」

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