第六話「路上ライブ演奏中」
食費をやや消費したが、数日は平和だ。
ただし俺の周辺ではだ、この区域だけ不自然な集団失踪が発生している。
通り魔のニュースも件数だけは増え続けていた。
不穏だが、なるべく遭遇しないようにしている。
『銀髪の天使』ナイに家を知られていない事が唯一の救いだ。
それでも向こうから来るのを避けたりは出来ない訳で。
駅前の路上ライブ、完璧に背景として溶け込んでいた少女は歌い続けていた。
チップスを見た瞬間、俺達に対して声をかけてくる。
3回目だ、この時点で察するものがあるというものだ。
「チップス、素通りなんて悲しい事言わねぇよなぁ?」
「綴、どうする? 逃げるの? 戦うの?」
「アタシは『自由』を知って欲しいだけなんだよ」
「戦う以外に道があるなら教えてくれよ」
「無理ね」
唐突に戦闘が始まってしまった。
こんな事ばかりだ。
「『フリーダム』! 早く縛ってくれ!
誰にも強制されない、アタシはアタシの意思で首輪をはめるんだ」
そう叫んだ瞬間少女のサイケデリックな。
模様が入った破れたTシャツの上に鎖が巻き付く。
ボロボロの短パンに網タイツ、腰の上だけじゃない。
手足、腕、すらも鎖で雁字搦めだ。
髪には青いメッシュ、束ねられた大きな緩い4つ編み。
構えたのは恐らくギター、楽器だった、これが武器だろう。
「ディモの特別コンサート、たっぷり『自由』と『不自由』を味わってくれよ」
叫ぶような唱法、怪音と共に浮いた楽器は。
ディモと名乗った少女の歌声に合わせて演奏を始める。
辺りにはわかりやすく目に見える音符が飛び交った。
動き当たる度に街路樹から落ち葉が溢れる。
この音符は何故か物理的な質量を持っている。
無造作に動き続ける正しく音の具現化だ。
まったく次の動きが読めない。
何が厄介って駅前の一番目立つ場所。
白昼堂々、並木道で超常現象を引き起こしている所だ。
映画撮影かドッキリかと相談する声が丸聞こえだ、悪目立ちは御免だってのに。
映像だけを見る立場ならそりゃ演出だと思いたい。
野次馬根性丸出しで撮影に勤しむ事無いだろ頼むから逃げてくれよ。
俺が目撃する立場なら関心も持たないで終わっただろうけども。
何で俺の方に注目が来るんだと思い横を見た。
忘れていたが特大で目立つ奴が居た。
今、チップスの回りで浮遊した杖だ、当然チップスは俺の隣に居る訳で。
その杖を掴むと叫んだ。
「メイ? メイ! すていたす☆あっぷ・インプルーブ!」
このタイミングで変身か、この間、俺は無防備なんだが。
ベロニカ、前回の奴といいこれは必須なのか?
常に着替えとけと言いたいが。
変身後の姿が悪目立ちするチップスは戦う度に変身させるしかない。
いつの間にかディモが演奏している音楽も魔法少女チックな。
単調でメルヘンな音楽に変貌しているその音はどこから出しているんだ。
本当に映画の撮影だと思われてスマホの撮影音まで聞こえている。
何がしたいんだコイツらは。
ピンク色に光るだけじゃなく黄金色の光も手足に増えた。
微妙に装飾過多になった、ベロニカの影響を受けたとしか思えない。
覚えたのはすぐ使いたがるとか子供か。
いや年齢は知らないが外見と性格は子供だったな。
「キトゥリルキトゥリュ……ルデミリタリス!
プリティ、メルティ、ギャランティ!」
今、呪文噛んだよな?
「世界で最もチャームで不可思議な。
魔法少女チップスちゃん戦闘よ!」
少し顔が赤いが変身が終ったようだ。
結果に問題がないなら良いが本当にこの時間要るのか?
「チップス、それ必要な事か?」
「当たり前でしょ、この姿を見なさい!」
「忘れて貰っちゃ困るなぁ」
チップスに問いただしているとディモが割り込んできた。
「金が欲しいだけならアタシだって払える。
チップス、アタシのほうにつけよ金だって『不自由』で『自由』なもんだ。
その時間、高く買ってやるさ」
「だめよ、綴ほどお金の重要性を理解していて。
みみっちい人はそういないのよ!」
「後半はただの罵倒だよな、それ」
勧誘、完璧な敵って訳でもないのか?
「何にもない私に声をかけてくれた。
そんな綴こそ魔法少女が守るのに相応しい高潔な人なのよ!」
「妙に褒めて良い話にしてるけど、みみっちいって言ったの忘れないからな?」
「つまんねぇの、前のアンタなら絶対こっちだったのに」
そう言うとディモは楽器を両手で抱え直した。
「アタシ達はなんて『不自由』何だろうか。
『自由』意志の名の下に『不自由』さを強いられて。
それも『自由』、なんだからよぉ」
ギターに狼の絵が浮かびあがると曲調が変わり。
荒々しい音色を後ろに設置されたキーボード、ドラムが無人で奏ではじめる。
その音に合わせて出現した蝶の群れが飛び交う。
光景は時期外れ、不自然にもほどがあった。
「せっかくだ皆さま一曲聞いていけ、路上ライブ特別公演ってな!
人間にはキッツイ周波数だ、サイコーにキマってるだろぉ?」
トランクに叩き落されると呆気なく動かなくなるが数が多い。
何匹は弾くが四方八方から集る蝶が避けきれそうになかった。
銃で応戦するが早すぎて当たらない。
「蝶々ってどうすればいいの、虫かご、虫取り網、飼育キット、標本キット?」
「選択肢が多すぎるなぁ、なんて『自由』、なんて『不自由』なんだ!」
「殺虫剤ないのか」
「効くのかよくわからない!」
俺もわからん。
迷っている間に蝶が手首に当たる。
瞬間それが解けない重い鎖へと変わった。
抱えれば歩けない程じゃないが邪魔だ。
俺だけじゃない居合わせた周辺の人、全てを拘束していた。
パンクファッションの無骨な男も気弱そうな若い女性も無差別だ。
「『自由』とは縛りだ、束縛がなくちゃ成り立たねぇ。
もっとキツクしてくれ、強く、激しく、なっ!」
「アタシはただ『自由』になって欲しいんだ。
そして今までが『自由』であったと知って欲しい。
だから『不自由』を体験してくれ、恵まれていたと実感して欲しいだけだ」
失う事を自由と言うコイツの感性はさっぱりわからないが。
締め付けた後に開放されれば確かに呼吸は楽になる。
自由をその一瞬は感じるだろう、そもそも不自由になりたくないが。
「もっと沢山、聞いてくれよぉ。
緩急無くフラットになんて冗談じゃない」
ギターの絵柄が蝶に変わる。
明るいアップテンポな曲と共に次は大量の猫が現れた。
捕まるのは不味いが、さっきの鎖が邪魔で動きにくい。
「そしてご機嫌な歌を聞かせてくれよ。
『自由』を体現してくれればそれでいいんだ」
猫にタックルされ転倒したまま、圧し掛かられ。
猫がそのまま大きな布の帯へと変化する。
地面にくっつき離れそうにない。
「綴、大丈夫?」
「チップス、この布は解けそうか」
「このままじゃ無理っぽいわ」
全体範囲に見えるが攻撃系はない。
束縛しては自由を叫ぶ、何がやりたいんだ。
何か違和感を感じる、チップスを狙ってるはずだ。
普通、武器を破壊する方向に動くべきじゃないか。
捕縛は成功している、まだ演奏し続ける意味はなんだ。
何かヒントは無いかとディモを見る。
ディモの持っているギターだと思っていた楽器の弦の数は4本だ、4本。
これはまさかベース、か?
勝手に演奏が始まった一人で使うには多すぎる楽器達。
ディモが一人じゃないのなら。
他の奴はどこに……。
不安に駆られ、探す仕草をしてしまう。
「なんだ、気づいちまったのか」
上から声が聞こえた、首に鎖が付いている。
蝶に襲われていたパンクファッションの男だった。
「何をする気、だ」
「安心しろよ、トランクを壊すだけだ、他は何もしねぇ」
トランク、それはまずい、入金した19万円が消える。
「ディモは俺にとって悪魔でも女神でもある。
身体的不自由と引き換えに表現と発想の自由を得た。
失うものは多かったがコイツはどんな願いも叶う」
「トランクを壊す理由はなんだ」
「武器は他人にしか壊せねぇ、ディモは俺が壊すように頼んだんだ。
俺はまだ自由に囚われて居たい、だから悪いがこれは壊させて貰うぜ」
理由はわかったが壊されて所持金が消えるのはごめんだ。
これだけはしたくなかったがしょうがない。
「チップス、トランクを手放すな。
この拘束を解いてディモから楽器を取り上げろ。
手段は問わない、金に糸目も付けなくていい」
「わかったわ、全部断ち切って! 鋏、580円!」
「残金ハ19万ト6百8十円デス」
「大金いれすぎだろ」
男に盛大に引かれたが今はそれどころじゃない。
柄が白い鋏が体に巻かれた布を切り落す。
「カットニッパー1480円!」
「残金ハ18万ト9千2百円デス」
水色のニッパーが鎖を切る、普通こんなあっさり切れない金属も一瞬だ。
「もういい、逃げろ、アンタじゃ無理だ」
ディモが男に避難を呼びかけると。
ベースに書かれた絵が猫へと変わる。
低い地を這うような音に切り替わった。
呼び出された動物は駆け回る一匹の大きな狼だ。
「トラバサミ、4200円!」
「残金ハ18万ト5千円デス」
桃色のトラバサミが狼の足を追い回し強制的に挟んだ。
結果はあってるが最早物理法則が無視されている。
淡々と消費する恐怖を感じたが。
ここまで使ったならやりきるしかない。
チップスがディモに向かってトランクで殴りかかった。
ベースを死守しているが攻撃する様子はない。
「綴、今よ!」
残った全ての弾を使い切るつもりで。
ディモに向かって俺は拳銃の引き金を引いた。
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「折ればいい、楽器なんてあとで好きな物を買えばいいからな」
俺は取り上げたベースを叩き壊す、破壊する時に周辺に傷がつくと思ったが。
不思議と武器の方だけか簡単に砕けた、ディモに巻き付いた鎖が全て消える。
「これが普通か、なんて『不自由』で『自由』なんだろうな。
アタシの特別が消え失せたんだ、不便で仕方ない」
「お『金』があれば自由よ!」
チップスは嬉々として話しかける、いや吹き込んでいると言うべきか。
「言ってる事はわかるけどさぁ、どこに居ても満たされないか、つまんねぇの」
「使えば経済が回るわ、『金』は天下の回りものよ!」
「お『金』……使うなら一点物も良いかも知れないなぁ」
武器が壊れてから反応が鈍くなる。
今まで大切だと言っていた言葉が柔らかい、この状態は。
「やっぱり洗脳だよな?」
「わかり合うだけよ、お話し合いだわ!」
このまま増やすのやばいんじゃないだろうか。
無力化は出来てる、確かに同じ価値観なら争いも無い。
武器を壊すだけなら平和的解決だろう。
本当に?