第四話「怪シイ者デハゴザイマセン」
朝になった、まだ眠いがチップスを起こす。
鍵の問題がある為だ。
放置したら合い鍵も勝手に作れそうだが。
それは止めて欲しいので起きて貰うしかない。
昨日ドライフルーツだけを貪り食ったチップスには悪いが。
朝食はシリアルと牛乳のみだ、苺は無いが素直に食べている。
ネットニュースのチェックも忘れずに行う。
街で暴れまわる『銀髪の天使』に。
いつ襲われるかわからないのは不安しかない。
こちらから襲撃するべきだろうか?
盾1回で3千円だ、防衛戦を繰り返されると俺の家計が終る。
こうなったら戦うべきだ。
「チップス、この銃、弾丸の補充を頼む」
「わかったわ」
「残金ハ19万ト3千7百十5円デス」
550円を消費した、これで残りの弾丸は22発だ。
「流石に大学は休みたくないが。
夕方になったら銀髪の、ナイを探そうと思うチップス、戦えるか?」
「勿論よ、通り魔と戦うのは平和の為だもの、魔法少女ならやるわ!」
言い回しが若干気になるがやる気なのは良い事だ。
幸い大学付近での目撃情報は無かった。
問題なく4限目が終わる。
いつの間にか大学まで来ていたチップスと合流して。
ネットで拾った最新情報を頼りに探す事にした。
目撃場所は廃墟だった、住所はすぐにわかったが。
探す途中だが雨風が強い、天気予報を見るべきだったか。
ずぶ濡れの中、不自然に扉が開いた廃墟を見つけ。
何か手掛かりが無いかと入ると奥には人影が見えた。
突然の雨にも関わらず。
しっかりと傘を用意した二人が廃墟の中で佇んでいた。
服装も変わっているが蛍光色のオレンジ色の傘が妙に主張してくる。
金色のラインが入った羽の髪飾り、緩く括られた長い髪。
フリルブラウスにプリーツコートを羽織り、黒いブーツの目立つ女と。
愛らしいポシェットを斜めにかけ、ぶかぶかのパーカーを羽織った少女だった。
「我が名はベロニカ、己が『名誉』をかけて戦おうじゃないか」
何故か女の方が名乗りを上げたが舞台のような言い回しだ。
「別に名乗る必要なくなくない?」
少女が俺から隠れるようにベロニカと名乗った女の後ろから喋る。
「願いを叶える為に名誉が必要とか言って
通り魔探すとか正気じゃないんだけど」
無視しようかと思ったが通り魔と口にしながら、ぶつくさと文句を言う。
少女も同じ目的でこの廃墟に来た可能性がある。
「厄介な通り魔を討伐に来たのだが、どちらでも同じ事。
他者から金銭を集る怪しき者よ、その武具を手放すと良い」
俺達を視認するとそう言いながらベロニカは2本の傘を構えた。
金銭を集る怪しき者ってチップスの事だよな、お前の評価どうなってるんだ?
「ベロニカ、痛い言動マジでやめて」
「主よ、何故痛ましいと胸を押さえて蹲るのだ?」
「お『金』は大事だけど私は怪しき者じゃないわ。
チップスっていう、お名前があるのよ!」
恐らく会話を成り立たせる気がないのだろう状況は混沌としている。
「今宵は血の雨、主に勝利を捧げよう」
「誰も血なんて、流してないけど?」
少女の言葉を無視してベロニカはチップスに向かって傘を振り下ろした。
トランクを盾にすると重い音が鳴る。
明らかに傘の強度じゃない。
「戦うなら変身するわ!」
「メイ? メイ! すていたす☆あっぷ・インプルーブ!」
変身が始まるとベロニカの動きが止まった、 間違いなく静観している。
確かに魔法少女ならこれが普通なのかもしれないが。
「キトゥリルキトゥリルデミリタリス。
プリティ、メルティ、ギャランティ!」
昨日の事を考えると待ってくれる奴は珍しいと思う。
まだか、長いな。
「世界で最もチャームで不可思議な。
魔法少女チップスちゃん登場よ!」
不可思議って確か怪しいって意味もあったよな。
否定してたが自分で怪しいと名乗ってないか?
変身が終ると同時に再度チップスとベロニカが相対した。
空中で左手の傘を手放した。
右手で軽々と突き刺すように動く、フェンシングの動きに似ている。
ベロニカは空いた左手で髪飾りを乱暴に外すと。
髪の毛が引きちぎれるのも気にせずチップスの目に突き立てる。
横にそれたが目の端が切れたかもしれない。
飾り羽ではなくナイフのように尖った暗器だったようだ。
「チップス、大丈夫か?」
チップスは反射で目を閉じた、だがそれも一瞬で傷は治った。
「ええ、問題ないわ!」
表情一つ変わらない所を見るに痛覚なんて存在しないのかもしれない。
その間、俺も銃で援護する、負傷している様子はないが当たる度。
確かに動きが鈍くなっている気がする。
「二対一とは……。
合わない靴を無理やり履かされた気分だ、品が無い、品位を疑うね」
「目つぶし使う奴のセリフじゃないだろ」
「それは失敬、敬うべき相手に見えなくてね」
ベロニカからチップスに足払いが入る、本当に容赦がない。
「本当は君と悪い事がしてみたいんだよ、なんて冗談さ」
ふらついた所を誘うように。
チップスの腕が引っ張られ手前に引き倒される形になるも。
蹴りを顔面に入れ返し立ち位置は即座に逆転する。
身体能力に差が見えない硬直状態の泥仕合が続く。
互角に見えたが、チップスには威力が無く決定打が欠けている。
このまま続くかに思えたが、ベロニカがチップスから距離を置くと。
手を前に突き出し、待てのポーズをした。
チップス、お前はそれで止まるなよ。
「神よ、王よ、誰でもいい、孤独な己を認めてくれ。
この気持ちを静めてくれ、我が主よ、一時で良い、今一時で」
両手を天に掲げ大層な発言を少女に向かって始める。
ベロニカが発声すると同時にうっすらと体が金色に光だした。
「なんかよくわかんないけど使えば良いよ、どうせ必要性も感じないし」
少女が何かを許した、なんだ、何が始まるんだ。
「ああ、使わせて貰おう、今一度忠誠を誓おう、我が主よ」
少女にベロニカは跪き手の甲に口づけを落とした。
「主を守る事こそ我が本分、我が力」
ベロニカの持つ傘は黄金色に輝く。
「生きててごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、いい子にしますから。
ごめんなさい、世界なんて滅べばいい、ごめんなさい、許されなくても良い。
皆、死んじゃえばいいんだ、私のせいじゃない、こんなことになった奴のせいだ」
その瞬間、少女は頭を抱えその場で座り込んだ。
発狂と等しい泣き声が続く、助けて、痛い、やめてを繰り返し。
顔は見えないが言動は常軌を逸していた。
「泣いてる主を守るのは最高の誉れだ、金銭でしか動けないお前とは違うのさ」
自分で泣かせておいて何を言ってるんだコイツは。
「ビジネスライクだって立派な取引よ」
力が増したのか傘がトランクに当たる度に。
さっきよりも重い音が響く、チップスが避ければ。
地面のコンクリートがひび割れた、嘘だろ?
出来れば使いたくなかったが追加するしかない。
「何か武器で火力が高いものはないのか?」
「わかんない! その条件だと候補が多すぎて思いつかないの!」
「なるべく安くて強いので頼む」
「わかったわ! ジャンボクラッカー1650円!」
「残金ハ19万ト2千6十5円デス」
安くはないが、範囲攻撃と考えれば無難か?
大型のクラッカーから放出された桃色のテープで、地面が抉れた。
相変わらず見た目に反して威力がおかしい、そしてまた使い切りか、割高だな。
だがテープの範囲は広く派手だ、座り込む少女にも先端が届いてしまった。
「主!」
庇う為に、武器すら手放し自ら撃たれるようにベロニカが移動する。
気が付けばベロニカに鷲のような翼が生えていた。
髪飾りと同じ色、材質に見える。
もしあれが予想通り刃になっているなら。
多い被さるだけで体が穴だらけになっても不思議じゃないだろう。
それを千切り、投げる。
明確な憎悪が俺へと向けられているのがわかった。
「それはだめ! 私は許さないわ」
「それは私も同じだ、主を、よくも主を」
チップスが守りに徹するがベロニカは狂乱状態だ。
一応確認すると少女は無傷だった、いや周辺の損壊具合を見ると。
無傷を疑い半狂乱になるのもよくわかるが。
「ツヅ、傘! 傘を折って!
今なら折れるはずよ」
傘は2本ある、両方とも同じに見えるが。
「どっちのだ?」
「どっちも!」
さっき見た時は強度が異常に高いように見えたが。
こうしてみると普通の傘に見える。
近くにあるコンクリートブロックに乗せて片側を。
脚で踏みつけて思いっきり折り曲げる。
脚に振動する感触と共にあっけなく簡単に折れた。
その瞬間ベロニカから翼が消失する。
服装がTシャツとジーンズのシンプルなものへと変わった。
近所に出歩くような恰好、悪く言うとゲームの初期アバターだ。
「主様、何の功績も残せませんでしたが。
最期に貴女を守れた事、光栄に思います」
「勝手に暴走してずっと自己満足じゃん、別に本当にやれるなんて思ってないし」
少女も正気に戻ったのか、思いのほか二人は冷静だった。
終わったのか?
「これではもう、主の願いを叶えることは出来ないな」
「願い?」
思わず聞き返す、名誉の為とか言ってたが。
通り魔を探していた事を考えると治安維持の為に活動していたのだろうか?
もしそうなら殺意が高すぎるが会話を試みなかった事が悔やまれる。
「主の為に世界をめちゃくちゃに滅ぼしたかったのに」
「世界の敵ね!」
論外な理由だった、妙に好戦的だと思ったが武器を破壊して正解だな。
危険思想の塊じゃないか、この部分だけはチップスに同意だ。
だがチップスは何でちょっと嬉しそうなんだ、終末思想でもあるのか。
「何がしたいのか知らないけどお『金』の力は偉大なのよ。
わかったら今度からお『金』だけに頼りなさい! 額によっては手伝うわよ!」
「そう、だな、それも良いかも知れないな、外注のほうが安上がりで済みそうだ」
何か会話の方向が怪しい。
「そうよ、お『金』があれば大抵は解決できるのよ。
『名誉』なんてわからないものよりずっと良いわ」
「それも良いかも知れないな、楽そうだ」
少し焦点があっていない、あれほど名誉に執着していた。
考えがこうも簡単に揺らぐものだろうか?
「待てチップス、お前洗脳してないか?」
「同じ考えに染まって貰っているだけよ。
武器が壊れた今がチャンスなのよ、邪魔しないで頂戴」
「チャンス?」
「同じ考えなら平和だわ、この世から争いも消えるじゃない」
なんだ、そのディストピアみたいな発想は。
「そんな守銭奴の王国を作ろうとするな。
おいっベロニカ、視野はもう少し広く持て」
「大丈夫だ、心配せずとも『金』は偉大だ」
「手遅れか……」
本気でそう思って言っている、まるで刷り込みだ。
「どうでもいいから帰ろう、早く帰らないとまたアイツ機嫌損ねるじゃん」
「ああ、そうだな主、早く帰ろう、ではさらばだ、えーと、ツヅ殿」
何も無かったかのように二人は去って行く。
武器を壊せば無力化できるのはわかったが。
結局金を浪費しただけだった。