第三話「マジカルクッキング」
あの後職質も無く無事帰宅出来たが、損失は痛い。
家賃は引き落としだから問題ないが。
ノートパソコンを買い替える余裕がなくなった。
家に買い置きしてあった食料で当面は過ごすしかないが。
今、チップスによって俺の朝食用のシリアルに入った。
苺のドライフルーツだけが無残にも抜き取られている。
偏食が過ぎる、ただの常識知らずかもしれないが。
家に連れ込んだのは早計だったかもしれない。
冷蔵庫の材料も多くは無い訳で。
あまり期待は出来ないがチップスに食事を頼むか。
「任せなさい、こうみえても料理は得意なのよ!」
キッチンから「残金ハ19万ト4千2百6十5円デス」
トランクの音声が響く。
足りない材料を購入しているのか。
宣言通り食べ物も出せるようだ。
「出来たわ、食べて頂戴」
艶々とした桃色の米が茶碗に盛られていた。
主食らしき食べ物は何故か黒い。
牛肉とレンコンの炒め物だろうか……?
主菜は毒々しい水色に輝いていた、色合いは信じられないが。
形はジャガイモの煮っころがしに見える。
最後に、自信は無いが恐らく汁物だと思われるコレは。
緑色の液体だ、子供用のスライムでも水で伸ばして入れたのか。
化学薬品と言われても信じられそうな色をしている。
薄く切られたシイタケとカマボコに細いささがきゴボウ。
小さく賽の目に切られたコンニャクが浮き緑色を際立たせている。
食卓で異彩を放つ、これらが食べ物だとは思いたくない。
「デザートにパンケーキもあるわ」
チップスの手には青緑と赤紫のパンケーキらしきものが。
確かにあった、色彩センスはどうなって、いや、何をやったらこうなるんだ?
「赤大根の炊き込みご飯、メインはレンコンと牛肉の炒め物。
レンコンを綺麗な黒にするのがちょっと大変だったわ。
ジャガイモはシャドークイーンよ、煮るだけで青くなるの素敵でしょ?
そっちはお吸い物、味噌汁だと色が悪くなっちゃうから」
「これ本当に食べ物か?」
合成着色料を添加したと言われても。
信じられる程に全ての食材が見事に悲惨な色に変化している。
「失礼ね! 全部食べ物よ、味は不味くないわ!」
箸を持ったまま動けない俺にチップスは説明を始めた。
「いい? レンコンはタンニンの酸化、鉄に反応してるだけよ。
コンニャクとゴボウはアルカリ成分とクロロゲン酸の化学反応。
赤大根と芋は元々そういう品種でしょ?
何も可笑しくないわ、パンケーキだってブルーベリーとレモン汁だけよ。
ブルーベリーのアントシアニンが。
ベーキングパウダーと混ざって加熱した時にアルカリ性になるのよ。
だから青緑に変わるの、レモン汁は酸性だから赤紫に変化するわ、わかった?」
「全然わからん」
理解を脳が拒絶したが俺は悪くない、多分。
匂いは普通だった、口に入れてみても問題はない。
むしろ美味しいほうだった、酷い色に目を瞑ればだが。
「ご馳走様でした。
美味しかった、色以外は」
この色彩センスだけは分かり合えそうもないが。
美味しかった事に対してだけは素直に礼を述べて置くか。
「色も含めて料理なのよ!」
「そこは考え直せ、ところで」
「チップス、さっきの銀髪の黒羽が生えた天使みたいな奴。
なんで俺を襲ってきたんだ? 何か知ってるのか?」
「あの子の事は良く知らない。
通り魔の思考なんてわからないわ。
名前が無いから『ナイ』って呼んでるけど。
仮名に過ぎないのよ」
忘れないうちに聞いてみたが。
結局よくわからないのか。
「勿論私のも仮名よ、世を忍ぶ仮の名前!
長谷川さんに付けて頂いたわ」
「誰だよ長谷川さん」
「この地域に住む主夫よ!」
無意識かも知れないが内容が無い。
雲を掴む事のような煙に巻かれている気分だ。
チップスと話していると頭が痛くなってくる。
まともな返答は期待できそうにないな。
「じゃあ、お前の本当の名前はなんだ?」
「無いわ、私には名前なんてなかったから……」
「悪かった、無粋だったな」
黙秘か、親の事で空を指さした状況を考えると。
存在しない可能性も否定できなかった。
気まずさを誤魔化すように。
変身を解除したチップスには先に風呂と大きめのTシャツを貸し。
とりあえず布団を敷いた場所を明け渡す。
俺は適当にシャワーを済ませ、スマホで日課のまとめサイトのチェックと。
ソシャゲのスタミナを使い切り、寝ようとソファーに横になった時。
気になりついチップスを凝視してしまう、眠っているはずだが。
横たわり呼吸ひとつしていない、まるで死体だ。
死体遺棄に問われても困るし、自然死も違う原因で警察が来る。
頼む起きてくれと思いながら揺さぶり起こした。
「チップス、おい、生きてるか?」
「スリープモードを解除します」
「起きたわよ?」
スリープモード、幻聴か?
「お前、今、無呼吸状態だったぞ」
「無呼吸? やだ、病院行くべきかしら……」
「最近野宿が多かったから、多分それね。
んーもう大丈夫だと思うわ」
「アップデートしました」
チップスから無機質なアラート音が響いた。
「寝直すわ、おやすみなさいツヅ」
しばらくすると安定した寝息が聞こえ始める。
本当にコイツ……人間か?