第一話「自称魔法少女チップス・前半」
水曜日、朝から雨の日だ。
冷たい風が肺を満たすような肌寒い季節。
俺は気怠い気持ちで燃えるゴミを纏めていた。
出掛ける前に忘れずに黒いシンプルなリュックを背負う。
中身はスマホと財布、充電器と軽い筆記用具だ。
正直ダサいがノートPCまで入るサイズを探す手間が面倒で。
結局、買い替える事もなくそのままにしている。
そろそろ家を出ようと思ったが玄関のドアポストに。
来る流星群、夢叶う! 『アストロ星見の会』とかいう。
怪しい宗教のチラシが入っていた。
流星群が見れる8月は過ぎたと言うのに。
こない世界の終末でも待っているのだろうか。
いつの世も変な宗教は存続らしい。
気が付いたのが燃えるゴミの日で良かった。
ゴミ袋の上部に適当に差し込んで玄関を開ける。
足元に当たる柔らかな物体。
アパートの廊下に重みのある何かが居る。
変な恰好をした見知らぬ少女が行き倒れていた。
顔を確認するが知り合いではない。
玄関にボロボロの服の金髪少女。
どこの2次元設定だと言いたいが現実だ。
普通に考えて家出少女か?
まさか神待ち少女の成れの果てとかじゃないよな?
はっきりとしないが年は10台前半に見える。
フリル服に化粧っ気のない姿が余計に子供にしか見えない。
根元まで綺麗な金髪は自毛にも見えるが脱色か。
無理。
どうもできねぇ。
未成年の少女なんて家に連れて行けば俺が誘拐犯だ。
意識が戻るまで側に居たらゴミを出し損ねる。
このまま放置も違う気がするが正解がわからん。
警察に通報? こちとら一人暮らしの成人男性だ。
冤罪で俺が逮捕されかねない。
違うと言っても疑われるに違いないだろう。
この年齢の少女なら何を言っても俺が罪に問われる。
明日の見出しが。
自称大学生、竹林 綴(20)を、未成年淫行の容疑で事情聴取になりかねん。
手荷物は見当たらない、厄介ごとの予感しかしないが。
平日に家の前で転がって居られるのも困る。
ソーシャルゲームのログインボーナスもまだ受け取ってないのに。
なんで朝からこんな事を考えなくてはならないのか。
思考の海に軽く現実逃避しつつも俺は少女に声をかけた。
「あー、大丈夫か?」
身じろぎをする少女の澄んだ青い目が俺を見つめる。
しまった、日本人じゃない可能性を考えていなかった。
まさか英語を要求されるのか? 無理ゲーだ。
「ん……誰?」
いや、お前が誰だよ。
俺を視認したが気にも留めず。
少女は何故か幼児用の玩具のような変身ステッキを取り出し。
「大変! 皆の助けを呼ぶ声がする! 急がなくっちゃ!」
わざとらしく大変電波な発言と共に。
名乗りもせずに走り去って行った。
一体何だったんだと疑問に思ったが。
大学に遅れてしまうので、俺は見なかった事にして。
いつも通りゴミを捨て電車に乗る為、駅に向かった。
思えばこの時からきっと俺の日常は崩壊していたんだ。
5分前には間に合わなかったが問題ないだろう。
いつも通り1限目の聴講を受け終えると隣から声が掛かった。
一瞬今朝の金髪少女が頭を過ぎったが。
話す程の事でもないだろうと思い当たり障りのない言葉を返す。
最村という男だ、正直下の名前は曖昧だが。
選択科目も同じで最近は席も隣だ。
一応高校からの同級生。
高校の時は特に仲良くも無かった。
知ってる顔に仲間意識があるのか。
ボッチ回避だったのかは断言できないが。
大学ではコイツしか知人が居ない。
社交的な性格ではないとは言え。
この感じだと俺は社会人になる頃には。
交友関係が0になってそうだ。
聞き流そうかと思ったが気になる言葉が聞こえた。
「近所に通り魔が出没するらしい」
普通に洒落にならない。
最近はゲームの攻略サイトと面白ニュースの。
まとめ記事以外を検索した記憶が無かった。
スマホをリュックから取り出す。
通り魔事件について調べると頻発しているようだ。
適当に検索を入れ引っかかった記事を探す。
連続通り魔事件、現場に映り込む、謎の少女達。
映像連続アップロード事件、行方不明報告多数。
願いが叶うカルト宗教に迫る『アストロ星見の会』の予言。
綺麗な流星群が見れる! デートスポット特集。
相次ぐ少女誘拐SNSの闇、消えた未成年。
連続通り魔に関する記事を選んで開けば。
該当の記事はすぐに見つかった。
犯行現場や目撃情報はまばらで、未だ犯人確保ならず。
カメラに映り込んだ子供の犯行とみて調査中。
という薄い内容の記事だった、他も調べてみるとどうやら。
連続通り魔、銀髪の天使というタイトルの動画もあるらしい。
時間は夕方くらいだろうかブレた映像には。
中学生くらいの黒い服を着た銀髪の少女が映っていた。
背中には黒い羽のようなものが生えている。
逃げる人々に向かって両手に持った円盤を人に投げつけているようだ。
映像は15秒程で終わった。
投稿サイトはコメントが出来ない設定だ。
『銀髪の天使』で検索すると他のサイトでは。
合成か本物かで騒ぎになっている。
映像は作り物にしか見えないが。
もしこれが通り魔というなら随分とダイナミックだ。
きっと合成に違いない、犯人の顔がわかっていて。
捕まらないなんてバカな話も無いだろう。
そんな事を思っていたが本当に遭遇するとは聞いてない。
俺が何をしたというんだ。
現在時刻は18時頃、4限目も終わり。
帰りの夕暮れ時、動画の少女『銀髪の天使』に襲われている。
円盤の正体が判明した、蛇の絵が描かれた戦輪だ。
尻尾を飲んだ蛇が一周ぐるっと書いてあるからウロボロスだろうか。
俺の横の壁に突き刺さってなければ精巧な出来に感動したが。
家に帰るだけで命の危機を考える事になるとは予想してなかった。
持ち物は昨日と変わらないが。
コンビニでATMから降ろした20万を持ってしまっている。
こんな日に限って来るとは、新手の強盗を疑いたいが。
無差別殺人を行ってる時点で話が通じる相手とは思えない。
迫って来る戦輪を避ける。
勢いは止まらずそのまま側面の壁に食い込んだ。
現実感のないまま、誰か助けてくれなんて壁を背に考える。
他力本願な考えが頭を過ぎった時。
俺の目の前に彼女は、現れた。
「人々の願いが私を魔法少女にするのよ!」
走り近づくと俺を庇うように抱えた何かで戦輪を弾く。
後頭部に見えた揺れるツインテールの金髪。
今朝の金髪少女だ、だが違うところがある。
服装の廃れ具合との違いが妙に目立つ彼女が抱え持っていた。
真新しい白いフリルが特徴的な水色の四角いトランクだ。
布製の外見と裏腹に戦輪が当たる度、金属音が鈍く響く。
それよりも目を引く歪な品があった。
彼女の周辺に浮いている玩具の変身ステッキ、それを掴み叫んだ。
「メイ? メイ!
すていたす☆あっぷ・インプルーブ!」
――そこから先は何もかもが非現実的だった。
両目を閉じた彼女の首から上。
頭部以外が淡いピンク色に明滅するように発光している。
まるで幼児向けの魔法少女の変身シーンみたいな。
体の全てが全身タイツのように彼女を包み輝いていた。
「キトゥリルキトゥリルデミリタリス。
プリティ、メルティ、ギャランティ!」
謎の呪文を詠唱し終わると。
手足に水色のラインが入った白い手袋と白い組み上げブーツ。
「きゅぴーん」と言う謎の掛け声と共に発生した。
正にアニメシーンを実写化したような姿だ。
効果音を全て口で言っていなければ。
ツインテールには派手な頭部のリボンと背中には妖精のような羽。
安っぽい生地で出来た水色のキャミソールが。
桃色のミニスカートの裾には白いフリル。
体感20秒、妙に長い変身が終る頃。
随分と目に煩い派手な色が目立つワンピースが生成される時には。
無防備だった彼女は戦輪が肩を掠め血だらけになっていた。
変身中に攻撃されるとは思わなかったのだろうか?
俺は無傷だが目に入る光景はスプラッターだ。
「しゅぴーん」
気の抜ける間延びした言葉と共に。
金髪少女から傷と血が消えた。
「世界で最もチャームで不可思議な。
魔法少女チップスちゃんに任せなさい!」
何もなかったように決めポーズと共に俺の方を向く。
攻撃は今も止まらず新しい負傷が増えるかと思ったが。
当たりはしても何故か傷は一つも負っていない。
本当に魔法少女だとでもいうのだろうか?
「 この札束トランクにキャッシュを。
チャージすれば完璧なんだから!」
後半が魔法少女のセリフじゃねぇ……。