最終話「ツヅ様、脳内懐疑中」
チップスは相変わらず元気過ぎる、があまり時間をかけるのも不安だ。
移動中、前から気になっていた事を聞いてみる事にした。
「チップス、お前はなんで金が大切なんだ?」
「お金があれば融通がきくからよ」
「融通?」
「どんなサービスも受けられるのよ」
「それは手段だろ、結果としてはズレてないか」
多い方が良い、大切ではあるが、それだけだ。
理念とか大義の大切からは外れているような。
「結果が得られるんだから何でも良いじゃない。
トランクさんはそれでも良いって言うんだから」
「それ、喋るのか」
待った、トランクのほうが要求して来てるのか?
それなら大分イメージが変わる話になる。
「別に喋らないわ、寂しいからそういう事にしたのよ」
余計、寂しい事になってないかそれ。
「トランクさんは私が堕ちた時から持っていたわ。
内側に字が書いてあるだけ、何かしてくれたことは無いわね」
「なんて書いてあるんだ?」
「like you love me。
i can't help but hate you」
チップスの口から流暢な英語が飛び出してきた。
ライキューラフミーと言ったような気がするが正直聞き取れない。
ライクユーラブミー、貴方が私に愛をくれた、か?
「直訳するなら、貴方が私を愛するように、私は貴方を憎む事しかできない」
「かなり酷い文言だな」
「そうかしら、私は少しわかる気がするわ」
そう言い捨てるように呟くチップスは。
幼さは消え、少し大人びて見えた。
チップスと出会ってから非現実が認めろと俺を殴り続けて来る。
この現状で受け入れられない俺の方が変なのかもしれない。
少なくともチップスの話だけは聞きたい気がした。
__
ヘルメットだけ外し逆好に言われた場所に辿り着くと。
怪しげな白いローブの集団がパンフレットを配っている。
アストロ星見の会で間違いなさそうだ。
なんて声をかけるべきか、入信します? ないな。
「星に命運を委ねましょう。
破滅する時は誰にでもありえます」
手前でにこやかに笑うこの人で良いか。
「あの、願いが叶うと聞きました。
できれば夢見様にお会いしたいのですが」
いきなり直球で聞いてみるが反応はどうだ?
「夢見様は星の子であらせられるから。
我々を導いて下さるのです。
全ては星が決める事。
未来は決まっているのです。
見た未来を曲げるには、理想、善いこととするには。
それ相応の払いが必要なのです。
ええ、どんな願いも叶います。
夢があれば叶えて頂けます」
失敗した、熱量がヤバイな。
「夢見様にお会いしますか?
お時間よろしいですか、どのあたりにお住まいで」
食いつきがえぐい。
「この辺ですね」
ちゃっかり住所を聞いて来る。
ぼかしてはおくが、もう自棄だ、最悪引っ越しするしかない。
「素晴らしい、なら星見長様に今ならお会いできるかと」
教えられた場所は俺の家の隣、星見長様は隣人だった。
なんだこの微妙な状態は。
青い鳥か何かか、幸せより破滅しか待って無さそうだが。
会うまで返さないと言わんばかりで手を掴まれてしまった。
色々 まずい事になったが仕方ない。
「星見長様、夢見様の件で参りました。
この迷える方に夢見様の素晴らしき時間を与えましょう」
隣人と直接会話したことなんてないがやるしかない。
「はい、どうぞ、えっ、竹林さん」
驚いた顔をしている、そりゃそうだ。
ゴミ捨ての時くらいしか見かけたこともない相手だ。
「だめでしたか?」
一応確認しておくが、ここまで来て追い払われたりはしないだろう。
「いいえ、少し以外でして。
夢見様の願いは夢ある限り。
誰にでも平等な事ですから。
夢見様に連絡致しますね」
夢見様という名の教祖がやっぱり居るのかよ。
「明日からでしたら夜の時間お会いできるそうですよ」
「その時間でお願いします」
「願いが叶うと良いですね」
この間、隣人はずっと笑顔だ。
言いようのない狂気に触れた気がする。
とりあえず今日は家に帰るか。
__
本当に最村は居ない可能性もあった。
無駄かも知れないがそれでも異常があることは違いない。
集合場所、時間通り来た隣人の後をついて行く。
「ああ、お待ちしておりました。
今夜は丁度儀式の日ですから」
俺が最初に話しかけた熱心な信者が迎えに来たようだ。
「若い人は歓迎しますよ、夢がある、素敵な話だ」
儀式があると案内された部屋には。
大勢の人間が室内にいる気配がする。
中は球体状で輝く宇宙を模した星空だ。
床は鏡で出来ており、上映中のプラネタリウムのような空間だった。
周囲の人間は白いローブを纏っているにも関わらず。
色とりどりの布で着飾った中心にいる少女が目立った。
チップスと共に近寄る。
「お前が、夢見様、失踪事件の犯人か」
目の前の少女は透けた薄い布地を幾重にも羽織っている。
どこの民族衣装かわからないが踊り子のような服だ。
半透明のフェイスベールで顔を隠している為口元が見づらいが。
「そーだよ?
みんな喜んで捧げてくれる。
星になる為の勇気が足りないから。
恐怖を削ってあげてるんだよー」
あっさりと否定されずに話が進んでしまった。
死んだかどうかは知らないが確認しておくか。
こいつらの価値観は大切を重視するあまり。
人命を軽視する傾向にある、聞かない訳にはいかない。
「結果、死んでもか?」
「苦しみから解放される為に。
自分から望んで『夢』を捧げたんだ」
不本意だけど、良い事したでしょ? 褒めて、と言う態度。
相容れそうにない、この夢見様とやらには善意しかないようだ。
「ここに居る皆、『夢』を見るのに疲れてしまった。
だから頂くんだよ」
白いローブを頭まで被り顔は見えないが周囲にいる人間が倒れると同時に。
風船と紙吹雪が舞い、室内なのにも関わらず花火があがる。
正に夢のような光景だった、現状は悪夢そのものだが。
「背中を押してあげただけ。
余計だと思ってる可哀想な人から貰ってあげてるんだ」
まさか、あのローブの集団の一人に最村が?
「どんな願いも叶えてあげるよ。
選んでくれたら神様になってあげる」
清々しいほどに信じられない奴は初めてだった。
「話はもう良いかしら?
魔法少女としてこの状況は見過ごさないわ!」
夢見様は会話を終える様子が無い。
「思ったけど君、『夢』が無いんだね。
可哀そうだけどお揃いだねー、友達になる?」
俺の前で杖を構えている、チップスは変身を始めるが。
チップスを無視して夢見様は喋り続ける。
「メイ? メイ!
すていたす☆あっぷ・インプルーブ!」
「夢も無い、愛も知らない、自由だと思い込んで。
現状で満足する淀んだ川の中で定住してしまう魚のようだ」
全てを見抜かれているようにつらつらと並べ立てる。
初対面とは思えない物言い、最悪だ。
「キトゥリルキトゥリルデミリタリス。
プリティ、メルティ、ギャランティ!」
「人からの評価を過剰に恐れる割には。
悪いと思われなければどうでも良いと思ってる。
それでも偽物じゃ満足できないなんて」
「この世界でもっともチャームで不可思議な。
魔法少女チップスちゃんが夢を売ってあげるわ!」
買えとは言わんが魔法少女が売るな。
「信じられるのはお金だけなんだね、可愛くて可哀想な人」
「ちょっと、私を無視しないでよ!」
チップスが憤慨しているが俺は慣れた気持ちで放置した。
今は夢見様の発言の方が無視できない。
「可愛い、とか可哀そうとか
人を見下してなきゃ出ない言葉が俺は一番嫌いなんだよ」
「女性の母性本能、全否定とは思わなかった!
それじゃモテないよー?」
からかうような発言とは裏腹に。
様子見なのか夢見様は青い薔薇の花束を持ち。
お人形のように笑顔で佇んでいる。
先に動いたのはチップスだった。
「操り糸! 1260円」
「残金ハ13万ト3千8百5円デス」
手足に糸が絡みつくも同時に隠し持っていたナイフで斬り抜けられてしまう。
服装も相まって軽業が得意なのか動きは鮮やかだ。
そこからナイフが飛び交い始める。
周囲の人間が倒れる度に花や星が舞う。
作り物というよりは幻覚に近そうだが。
効果がわからない、なるべく触れないようにする。
俺はその隙に白いローブの集団のフードを剥いでいく。
中に最村が居る可能性を考えると探しておきたい。
__
現実全てに今も離人感が拭いきれなかった。
高校を卒業して、滑り止めの大学に入って。
大学が近くだからと引っ越した、一人暮らしの快適さと。
レトルト食品の偉大さに気が付いたが。
日々の暮らしにそこまで大きな変化はなかった。
学校と、家と、将来の事、ずっと続かないという焦りだけが。
燻った思いを胸に、人生を賭すほどの情熱などわかず。
世間体の一定ラインから外れないように生きるだけだ。
言われたとおりだ、夢が無い、自由が無い、未来が無い。
まともなものなんて何もなかった。
幼き頃、将来の夢と聞かれて困り果て。
親の言うままに書いたのは何だったか。
興味が無くて覚えてもいなかった。
「ペーパーファンセット1080円!」
「残金ハ13万ト2千7百2十5円デス」
紙で出来た円形の飾りが出現すると同時に。
パーティー用のハート型の飾りが周囲に舞った。
対抗するように咲き誇る花はピンク色の菊だ。
捜索を続けると見つかった。
後ろ側、地位が低いのか端に追いやられてる奴の中に。
思ったよりも夢見様の居る位置からは遠い場所に最村は居た。
どうやったのか謎だが立ったまま寝ている。
この場所なら使われるまで時間はありそうだ。
「バルーンアート 4600円!」
「残金ハ12万ト8千百2十5円デス」
人が倒れる度にチップスが購入を重ねる。
大量の熊を模した大小様々な風船が暴れだす。
防御しても攻撃しても対応され戦いは相殺が続く。
夢見様とやらの片手には鮮やかな青薔薇の花束だ。
花束から取り出すようにナイフを遠距離から投げて来た。
最村を後列の端っこに追いやり俺も戦いに加わる。
「スターデコレーション 6428円!」
「残金ハ12万ト千6百9十7円デス」
星型の飾りが周辺に撒き散らされる、暗めの部屋だが光に反射して眩しい。
見える景色は全て明るく綺麗で、嫌と言うほどの夢の押し売りだ。
所持金が凄まじい速さで消費されているが以外にも凪いだ気持ちだった。
返金されないのであればチップスに、全部くれてやっても良い程度には。
きっと俺の中ではもう、額は重要じゃない。
ただ感覚的に不自然な光景が現実逃避してしまいそうになるだけで。
「チップス、無理はするなよ」
「大丈夫よ、まだ現金があるもの」
いつも通りの返答だ、多分平気だろう。
今見てわかるのに何で聞いたんだ俺は?
まあいいか。
「夢は覚めると相場が決まってるだろ?」
夢見様をハンマーで追いかけまわしては逃げるように走り回る追いかけっこだ。
まるでパレードのように派手に空へと飛ばされる色とりどりの丸い風船達。
ショーのように投げナイフで夢見様は次々と撃ち落とす。
音に驚き一瞬停止してしまった。
俺の真横で叩き割る頻度が多い、足止めが目的か。
幻想的な風景、戦闘中なのにも関わらず。
何故か眠くなって欠伸がひとつ漏れた。
「眠ってもいいよー?
『夢』を見せてあげるよ。」
挑発するようにあえて立ち止まってから。
甘い言葉を俺に向けて使うがコレは奪う側の発言だ。
優しく眠りを促すが今、眠るわけにはいかない。
「生憎、俺は夢を見ない事にしているんだ」
夢見様を足蹴にする、褒められたことではないが。
武器を奪うのに一番手っ取り早い。
予想していなかったのか。
腕にハンマーを振り下ろすとあっさり花束が手放される。
奪い取った青薔薇の花束を解く、中から1本だけ。
紙と針金で作られた造花の花があった。
茎を折り曲げ花びらを散らして破損する。
夢見様と名乗る少女の服装が変わった。
破壊できたが急激な眩暈がする、やられた、毒か、これ。
違う、風船、ガス、自覚の薄さ、まさか酸素欠乏症……。
「綴、まだ寝ちゃだめ、寝ないで。
やだ、やだ、まだ残金残ってるんだよ、お金を遊ばせないで」
チップスが位置的に俺の側で叫んでいる。
体が重く動けそうにない、どうなっているのかわからない。
意識が少しずつ遠のく感覚があった。
心臓が止まってから脳死まで8分間あると聞いたことがある。
今、俺は死んでいる?
「購入するわ、命を」
「算出シマス。
配偶者ナシ、就学者、年齢、考慮。
命ノ価格ハ2千5百万円デス」
「エラー、残高ノ不足ヲ確認」
残高不足、トランクで買えるのか、大金だ、俺には払えそうにない。
「私ね、ずっと代替品でどうにかならないかって思ってた。
お『金』は、『クレジット』は発行された個人への『信用』の証。
だって『信用』だけは手に入らない。
私は私を信じられない、他人からだって貰えない」
「何も信じて貰えなくても良いの。
使うに足る程の私に対する心が。
もし綴にあるのなら……私は使う!」
「申請、受理致シマシタ。
『信用』払イ致シマス」
__
――気が付いたら目の前にチップスが居た。
眠気もなくなり、意識もはっきりしてるが。
寝ている間にとんでもない借金を背負った気がする。
夢だったと思いたいが……。
「綴! 残金が尽きるまでは守ってあげるわ!」
「タケバヤシ ツヅ様ノ残高ハ12万ト千6百9十7円デス」
「なんで再度、宣言したんだ?」
結局何でこんなことになったのか。
魔法少女出没サイトのせいで訪問者の質が悪すぎて。
大家さんから苦情が入り、家は引っ越すことになった。
最村は平然と大学に来たが、何があったかは覚えていないようだ。
近所でニュースになる程の。
通り魔、消えた未成年、集団失踪事件は。
もうないと考えて良いだろう。
残金が無くなるまでは家に居ろなんて言ってしまった結果。
チップスという居候が増えただけで、少し不安だが。
俺の日常は元に戻ったと言える。
「この地域の悪は全滅させたわ!」
「思ったより少なかったな」
「新宿とか原宿ならもっといっぱいいるわよ」
まだ他に居るのかよ。
「とりあえず今は、勘弁してくれ」
一時的とはいえ恐らく息の根が止まった。
その経験は忘れられそうにない。
しばらくは平和を謳歌しようと思う。




