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次の日の朝はそれまでと同じように訪れた。トロワニの儀式を終えた次の日は、自分の鳩尾辺りにあった何かのかたまりが落ちたような、奇妙な喪失感と身軽さがあった。通過儀礼を経て成長するというのは、不思議な感覚から次第に遠ざかって行くものであるという物を、僕はその時初めて理解した。
僕は村の仕事の手伝いに行くため、友人達と一緒に畑に向かった。トロワニの儀式を終えたからと言って、極端に責任が重くなったり、仕事内容が変わったりするわけでは無かったのだが、僕はその中にルカが居ない事に気付いた。
「あれ、ルカは?」
疑問に思った僕は思わず声を出した。彼女の肉体が見たかったのではない。意識している人間がそばに居ない事に虚しさを覚えたからだ。
「さあ、俺は見ていないよ」
男友達のトキが答えた。もしかしたら昨日体調を崩して、家で休んでいるのかもしれない。もしそうなれば顔を見せて何か声を掛けてあげようと僕は思った。
昼に仕事の手伝いが終ると、僕は自分の家にすぐ戻らず、ルカの家に向かった。土壁と葦を束ねて作ったルカの家の中には誰もおらず、腸を抜かれた動物の死骸のような空間が広がっていた。
「誰も居ないの?」
僕がぽっかり口を開いたままの空間に向かって声を漏らすと、近くを通りかかった初老の男がこう言った。
「この家なら、昨晩に居なくなったよ」
僕は恐怖にも似た感情を覚えて、初老の男を見た。男はまだ子どもの僕が酷く動揺しているのに驚いたのか、少し躊躇する仕草を見せた後こう続けた。
「なんだか、両親が問題を抱えていたみたいなんだ。娘も連れて消えちまったよ」
「ルカは、ここに居た女の子はどうなるんですか?」
「それは判らんよ。どこかに流れて色んな事をして暮らすんじゃないのか。トロワニの儀式は終えてもう一人前になっているんだ。何とかなると思うよ」
初老の男は言葉の内容こそ他人事として扱っていたが、口調は消えてしまった家族と目の前にいる僕を憐れむような口調だった。
僕は絶望感に打ちのめされて自分の家に戻った。そして暫くすると、両親がルカの家族が村から出て行った事を教えてくれた。僕は鷹揚に答えたが、あれこれ理由を聞く余裕が無かった。お互いの本当の姿をさらけ出し、もうすぐ一人前になる自分達の長所を認めて褒め合った相手が、もう目の前に居ないのだ。
今思えば、ルカが僕を自分達だけのトロワニの儀式に誘ったのは、自分がこの場所から居なくなる前に、地元の男と同じ時間を過ごし、本当の姿をさらけ出して誰かの記憶に残っていて欲しかったのかもしれない。そして相手の事を褒めて、自分の事も忘れて欲しくないと思ったのだろう。何か深い所で繋がれたような気がしたのは、ルカのそんな思いを感じたからだった。