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私はネット作家として時々異世界にロケハンと取材に行くのだが、その中で知った興味深い話を一人称の小説にして紹介したいと思う。話を聞かせてくれたのは大陸南部に住む少数民族出身の青年で、彼の初恋の物語であり、淡く切ない記憶である。なお、実話ベースの物語だが、登場する人名や固有名詞等はすべて架空の物であるということを、あらかじめ筆者の方からお断りさせて頂く。
僕は温暖な大陸南部の鬱蒼とした密林地帯に住む少数民族ガニ族の出身だ。
今は大陸各地の諸民族や王都との交流や交易も盛んになり、他の少数民族や部族がそうであるように次第に文化や習慣が世俗化しつつあるが、僕の両親が少年時代の頃はまでは交流は少なく、土着の神々に感謝に、自然と共に生きている誇り高き民族だった。僕が生まれた頃は、もう他部族や王都との交流や交易が始まっていたが、まだまだ先祖由来の生活文化や風習が強く残っていた。
僕の住む村では、子どもが十二歳前後、二次性徴を迎える頃になり「トロワニ」と言う儀式を経ると準成人として扱う習わしがあった。現在の学校に通って教育を受ける文化が無かった時代の名残で、両親が許可すれば誰かと結婚する事も出来たし、様々な仕事や作業を手伝う事が半ば義務づけられていた。一人前の人間として出来る事と社会的に背負う義務が一気に増える訳だが、その前に受けるトロワニの儀式が一番の難関だった。
トロワニの儀式はこの地に住みついたガニ族の産みの親である、ガニオとガニエという男女が自分達は一人前だと証明する為に、服を身に付けずに全裸で川に入り、この地に住む神々に住む許可を貰ったのが由来だという。神々は二人が十分な能力を持っていると認め、この地に住み子を産み育て生活する事を許可したのだという。その子孫が僕達なのだという事を僕より上の世代から何度も聞いていた。
そのトロワニの儀式は、自分達がまだ小さく、同郷の年上のお兄ちゃんお姉ちゃんが受けなければならないと考えていた時は何とも思わなかったが、十歳を過ぎて後二年で自分達が行わなければならないと実感するようになると、動揺と不安が次第に大きくなってゆくのを感じた。それと同時に朧気ではあるが異性の事や肉欲と言う物を自覚するようになっていった。それまで一緒に過ごしていた親しい同い年の人間達が、別の魅力や価値を持って目に映る。それは違和感のようであり、また快楽でもあった。
十二歳になったある日、僕は一週間後に迫ったトロワニの儀式の事について、仲の良い男女四人の友人たちと会話していた。年長者の体験談として何度も聞いていた話だが、いざ自分達が当事者となると、恐怖にも似た感情が僕達の胸の中に渦巻いていた。その不安の正体が何なのか、当時の僕たちには理解できなかったから、当事者同士で集まって気を紛らわしたかったのだ。
「もうすぐ儀式だけれど、何か不安はある?」
男友達のトキが僕に訊いた。
「特に無いよ。逃げ出してどうこうなる事でもないし。何とかなるんじゃないかな」
僕は彼にそう答えた。当時の貧弱な語彙では説明できなかったが、通過儀礼と言うのはある苦痛に耐える事なのだという事を、僕は感覚的に理解していた。
「ずっと続く訳でもないし、終わればいつも通りの生活に戻るんだから大丈夫だよ」
女友達のナエが不意に漏らす。浅黒い肌の彼女は小さい頃から体形の変化が少なく、まだ子どもと言い切れる体つきだから不安が少ないのだろう。
しかしナエの側にいるルカだけは、表情が少し暗かった。同じ村の住人より少し白い肌を持つ彼女は隣のナエに比べて身体が大きく、ふくよかで丸みを帯びた体つきがはっきりと判った。肩や腕、臀部に乳房の大きさはと言うのは、子どものままでいようとする僕に、視覚的な女と言う物を強く認識させた。するとルカは僕の視線に気づいたのか、両手で自分の身体を隠すようなしぐさを見せた。僕は気まずくなって、彼女から視線をずらした。
「まあ、当日になればなんとかなるよ」
トキが一言呟いて、その場はお開きになった。トキとナエはすぐにその場を離れたが、僕とルカは少し遅れて後に続いた。先程の視線と意識が、ルカへの青臭い劣情を抱かせてしまったのだ。
「ねえ」
僕の少し後を歩いていたルカが不意に漏らした。僕はどきりとして、先程の視線の事を言われるのではないかと身構えた。
「さっき、私の事じろじろ見ていたでしょ」
ルカは震えるような声で続けた。僕はどうやって答えて良いのか判らず。歩みを一歩止めた後、また歩き出した。首から上の肌が、高熱を出した時の様に熱くなり肌が重くなるのを感じる。
「わたし、他の女の子より身体が大きいから、色々見られちゃうよね。おっぱいとかおしりとか」
「いや」
僕は慌てて否定しようとした。ルカを傷つけたくないというより、まだ自分の様に汚い人間になって欲しくないという思いが滲んでいた。
「よかったら、私の身体、見てみる?」
ルカは思いもよらない言葉を口にした。
「今なんて言った?」
「本番でドキドキしないようにさ、今のうちに私達で練習しようよ」
僕の言葉に、ルカはぎこちない笑みを浮かべながら答えた。