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Savage  作者: 藤原
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Lorel's Island1

 ・・・という見解もあるが、イフネル暦422年の秋、島国「アウロン」の王、名高き海の覇者アウロン8世と、誇り高き騎士の国「ロクシオン」の大王、永遠の騎士ロクシオン14世の感情的対立により、恐慌時代以降、最も野蛮な戦争であり、同時に最も高度な外交戦なり、100年間も続き、数え切れぬ程の英雄談や、物語が現在まで語られる100年戦争を、後世のため、最も客観的な視点で本書に記述することを、私たち歴史学者組合は、長い論議の末、決めたのである。壷一つの破損から始まり、外交的な議論の末、軍事的な摩擦にまで発展して・・・

<イフネル暦651年出版、偉大な歴史家「ゴルノス・バルマロン」著、「100年戦争と人間考察」抜粋>



Lorel's Island

 

 

 エルフ(1)

 

 

 僕は今走っている。

 僕だけじゃない、この島の僕の年頃で、股の間に何かを付けて生まれてきた者は、一人欠かさず船着場に向かって全速で走っている。


 

 5分前、良く晴れた日の午後だった。僕は島の一番大きい通り沿いにある、かなり古いが、嫌な古さではなく、この小さな島と過ごしてきた歳月を感じさせる様な、落ち着いた雰囲気の旅館兼、酒場にいた。海から帰ってきた船乗りが、冷たいビールで癒されようと、一人二人増えつつある、ごく普通の午後だった。



僕は、窓際の木で作られた小さな丸いテーブルの前に座っていた。僕の向い側には、革で作られて、動きやすく軽量化した鎧を着ている短い金髪の大男が座っていた。男は腰に2キュビットには見える、傷だらけの長い剣をふら下げていて、その男の日常が普通の人のそれとは違うということを語っている。服装も体系も一見似合わないこの二人の男たちは、眉間にしわを寄せ、黙ったまま互いを睨んでいて、周りは重い空気で包まれていた。



 一人の男として、絶対に譲ることはないという、強い決意をのせた僕の視線を、僕の足より太い腕を自分の胸の前で組み合わせて、ここで退くくらいなら今すぐにゴールドドラゴンに決闘でも挑んだ方がましだと言ってるような頑固な顔で返していた。しばらく沈黙が続いたが、大男が先にその沈黙を破った。


 

「胸だ。」

 


 僕は太くてよく通る彼の低い声に少しも怯まず、冷たい声で言い返した。

 


「脚だ。」

 


 またも短い会話は終わり、およそ100年戦争の最後の決戦の前夜、アウロン8世とアクシル将軍の戦略会議に匹敵する程、深刻な空気になった。

 


 僕はテーブルの上の、きっとぬるくなってしまってあろうバタージュースを一口飲んで、煙草に火を付けた。肺の深くまで吸いいれた煙を長い溜め息と共に吐き出しながら、ゆっくりと話し出した。


 

「いやいや、クルック、何度も説明するけど、よく聞いて。どう考えても女は脚だろ?その小さめの尻から太ももへのライン、さらに太ももから細い膝、膝からふくらはぎ、足首まで綺麗に落ちてくるこの細い脚の曲線が一番大事だって。想像してみな?ほら、そそられるだろ?」

 


「あー、知らん知らん、何が何でも女は豊満なおっぱいに限る!まあ、てめえみたいな童貞野郎にその良さは分かる訳ないだろうけどな!」

 


 クルックも言い返した。

 


「お前だって素人童貞だろうが!」

 


 僕も負けずに言い返した次の瞬間、クルックはその太い腕を僕の首に回して後ろから締め始めた。

 


「おいおい、あの女は仕事がたまたま娼婦であって、俺たちはちゃんと愛し合ってたんだ!金もお母さんが病気っていうから俺があげたんだ!払ったんじゃなくてあげたんだよ!」

 


 真赤な顔でむきになって弁解するクルックを見て、周りの客もくすくす笑い出した。僕はクルックの太い腕を必死に解けながら言った。

 


「だ、騙されたんだよ、ばーか。つ、つうか、いてえよ!放せ!」

 


 今、酒場で僕とこのくだらない話をしていたこの素人童貞は、武器屋の息子で、マドックス海賊団第一船隊隊長のクルック・レディングだ。年は僕より7つも上だが、子供の時から一緒に遊んで来た僕からしてみれば、精神年齢は僕と一緒かもっと下の、ただの馬鹿である。しかし、剣術の腕はかなり高いらしく、海賊団船長のマドックスさんは、アウロン全体でも、こんなに剣を使える者はいないと、よく自慢していた。


 

 からかい続ける僕に、クルックが爆発寸前になった時、酒場のドアが、ばたんと、大きな音を出して開き、パン屋の息子のメニーが転ぶように入って来た。走ってきたらしく、息があがっていたメニーは、興奮した声で言った。


 

「10番ドックに入ってる商船に女のエルフが乗ってきてるらしいぜ!」


 

 僕らに気をとられ、誰も気づいてもらえてないところで、メニーは声を大きくして叫んだ。


 

「船着場に女のエルフが着てんだよ!エルフだよ!え、る、ふ!」


 

 騒がしかった酒場は一瞬静まり返った。だが、次の瞬間、僕とクルックを含んだ酒場の全員がその場を飛び出して、船着場に向かって走り出した。 



 エルフは本で読んだり、物語屋の話の中で聞いて存在は知っていたが、見たことはなかった。少なくともこの島の人に見た人は、マドックスさん以外いない。大陸ではまれに会えたりもするらしいが、この島国のアウロン、そのさらに田舎のこの島では見れる機会はない。

 マドックスさんが酔っぱらうと必ずエルフの話をしたが、その話によると、女のエルフは絶世の美人らしく、マドックスさんはエルフに初めて会った時には、美しさのあまり、ズボンに小便を漏らした程奇麗だったらしい。マドックスさんのことだから、多分大袈裟も入っているだろうが、イースト海最強海賊と呼ばれる男からそこまでの大袈裟を生み出すくらいの美しさということに変わりはない。そのエルフが見れるということで、町中の皆は偉く騒ぎながら船着場へと走っていた。


 

 服が汗でびっしょりと濡れてきた頃、海特有の生臭い風と共に、この小さな島には似合わない大きな船着場が見えてきた。1番ドックから10番ドックまでびっしり停めてあるマドックス海賊団の20隻以上の立派なガレオン船の間に、船体を酷く壊したキャラベル船が1隻停まっていた。


 

「あの船、何があったんだろう?」


 

 エルフの噂を聞いて集まっていた人だかりの間を無理やり進みながら、僕はクルックに聞いた。


 

「さあ、旗をみると、一応うちのマドックス商会所属の船だから俺らが攻撃した訳じゃないはずだけどな・・・。」


 

「はあ?マドックス商会って、海賊のくせに調子のいい言い方するなよ。あれは商人が海賊に定期的に裏でお金払って、攻撃しないって約束をもらってる、お前らの数少ないカモなんだろ?」


 

 僕の嫌味にクルックは真剣な顔で答えた。


 

「おい、お前こそ調子に乗るんじゃない。そもそもな、俺らが毎晩、お金を払ってまで、お前んとこの酒場の酒をわざわざ胃袋に入れて、お前んとこのトイレに流すという作業をができる様になったのも、マドックス親分がマドックス商会組合を始めてからだろ?」


 

「金なくてもつけで飲んでるくせに偉そうに言うなよ。」


 

「出てきた!」


 

 船の中まで見える所に立っていた何人かが叫んだ。ざわざわしていた船着場が一瞬で静かになった。

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