拳闘士と拳の仕様
よく考えたら三人称はハードル高い気がする
「よしウサギめ、また付き合ってもらうぞ」
いよいよホーンラビットも百匹目に差し掛かり、戦いの慣れから余裕が生まれたコウリンは、殴る以外の動作がどこまで通用するか試している最中であった。
適当なホーンラビットと戦闘を始めさせた後、右足を後ろに下げた構えから全身を捻り、強烈な回し蹴りをお見舞いする。
「それっ! お、ちゃんと効果はあるんだな。これも攻撃手段の一つに加えられそうだぞ」
まだ覚えたてなのでオーバーアクション気味だったが、この一蹴りで素手と同等のダメージが入るのだと学ぶ。
本来なら蹴りで攻撃しても武器の攻撃力が乗らないため、プレイヤー達からは無駄な仕様と称されているが、武器を使えないコウリンには関係の無い話。
脚蹴りを交えたおかげで攻撃の間隔が短くなり、ホーンラビットは隙を探れず逆に怯んでしまう。
「さて、これでおしまいだ」
無防備となったウサギを軽快なステップで接近、そして右手を軸に、両足を存分に駆使した蹴りの応酬でふっ飛ばして勝利する。
そんな時、一連の流れを通りすがった二人組のプレイヤーが遠巻きから眺めていた。
「なんだあの人……ウサギがかわいそうになる暴れっぷりだろ……」
「げぇ、どんだけストレス溜まってるんだ……」
「なあ、こんな噂あるんだよな、VRMMOって武器じゃなく暴力でストレス発散させたい層にも需要あるのが……」
「恐っ! さっさと行こうぜ……」
人間離れした蹴り技でウサギをクレーターだらけにするコウリンに恐怖を感じながら去っていった。
コウリンは身体能力に関しては別段悪く無いどころか、むしろアスレチックステージを攻略する某番組に出場すれば良い線行きそうな位に熟達している。
ただ、本人曰く「バイトじゃ役に立たない持ち腐れ能力」と自嘲しているため、類をみない長所を逆に嫌悪している節があるのだ。
「無駄でしかない運動神経を頭脳に回せれば就職できたんだがな。まあ、そこんとこどうしようもないから受け入れたけどよ」
その後、運よくドロップした素材アイテムである毛皮を収納して、何か良さそうな称号を貰えないかと期待しながらメッセージ欄を開く。
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称号≪忘れられた武器≫を獲得しました
効果:素手時STR+10、DEF+10
獲得条件:素手でモンスターを100回倒す
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「なんかステータスがチマチマ上がってるっぽいのは嬉しいけど一気に100ぐらい上がってくれねぇかなぁ」
コウリンは手に入れた称号を一瞥し、小さい上昇量に愚痴を零していた。
しかし、他の職業が称号で上昇するSTRはもっと低く、つまり拳闘士は比較的大きくステータスが上がっているのだが、素手での戦いを強いられているのだから妥当な措置かもしれない。
「戦いまくったおかげで良い運動にはなったが、今後はどうすればいいんだ……? 休憩しながら考えよっと」
今や狩り始めから三時間が過ぎ、苦汁を舐められたホーンラビットも安定して狩れるようになってはいたが、そろそろ戦闘に飽き始めてきた辺りである。
ステータスやアイテム欄など色々な項目を開き、これまでの成果を確認する。
レベルは4にまで漕ぎつけられ、アイテム欄はウサギの毛皮のみだがざっと二十個にまで達していた。
ちなみに現在の物価では一つ5モンで売却可能だ。
「あ、そうだ。あんまり気が乗らないけどあいつに訊いてみよ。そいつならこのゲーム詳しいかもしれないし、チャットでならいくらかウザくないだろ」
ふと辿った記憶から自分を知る数少ない人物を割り出し、フレンド申請一覧からネイロからのフレンド登録を承認する。
すると、ネイロはログイン中であったために秒速で返事が届く。
『フレンド登録ありがとー! 登録遅かったけどどしたの? もしかした急にか弱い私のこと心配しちゃったり? もぉーコウリンって見かけによらずイケメンなとこあるんだね~』
「げ、こいつチャットでもウザいなこれ。これじゃ自慢話モードにされそうだぞ……」
フレンドになって早々まるで勘違いした話しぶりに匙を投げそうであったが、ここは自分のペースに引きずり込んで話すため、抱えている悩みを早速チャットへ送る。
チャットを送るにはフレンド一覧から相手の名前を選べばいい。
これだけなら特筆しなくてもいい仕組みだが、人の名を忘れがちなコウリンにとって相手のPMが映るのは、地味だが優しい仕様である。
『はじまりの草原でウサギと戯れてるんだが、ほどほど切り上げて次のとこに進めてもいいのか?』
『ぶっちゃけステータスによりけりだよ。ちょっとコウリンのステータスみせてみ~。設定→開示情報からいじれるから』
『わかった』
まだ腹の底が読めないネイロに対して、スリーサイズに値する個人情報を見せるのは癪のようだったが、すぐに応じて現在のステータスを公開する。
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名前:コウリン
職業:拳闘士
レベル4
HP 210/210
MP 210/210
STR:10(+30)
DEF:10(+10)
AGI:10
INT:10
LUK:10
未振り分けステータスポイント15
装備
右手:なし
左手:なし
頭:なし
体:なし
脚:なし
靴:なし
装飾品1:なし
装飾品2:なし
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『どうだ?』
『あ……うん。すごい頑張ってるんだね、いいと思うよ』
ネイロから湯冷めしたような微妙な感想が届いたが当然である。
彼女のような攻略サイトを読み漁っている熟練者には、拳闘士の不遇すぎる実態はサービス開始の時点で分かりきっているからだ。
スタータウンでうろうろしていただけのモブキャラ同然のプレイヤーが、まさか不遇の道を突き進んでいるなんてと唖然として返す言葉も浮かばないのであった。
『てかステータスポイントって何だ? とり憑いてるみたいにあるカッコの数字はどういうことだ?』
更に、初心者丸出しのメッセージにより、どうもコウリンはステータスに関しては未だ漠然としか掴めていないようである。
『そこは追々説明するね。今のとこ確実に言えるのはレベル5になるまでにステータスポイントは絶対振らなきゃやばいよ、格好のPK対象にされちゃうから~』
『ぴーけー……? ああパーフェクトコールセンターの略だな。そんくらい分からないわけないぞ』
『あのう……PKも聞いたことないってガチ初心者なんだね……他のプレイヤーから攻撃されるって意味だからこのままじゃコウリン身ぐるみ剥がされて泣きを見ると思うよ』
『なるほどなるほど。とりあえず、PKってのが起こったらまずいってのだけはわかった。でも死んだふりすれば大抵はやり過ごせるんだろ』
『えぇ……熊へのにわか対処法じゃないんだからさ……ほんとヘルプ読もうよコウリン』
怪文書に等しい知ったか振った答えに、たじろぐメッセージを送り返すしかなくなったネイロ。
ネイロに目をつけられた初心者達は、主導権を握られ自分語りや自賛に付き合わされるため、迷惑プレイヤー晒しのスレでは比較的名前が出やすい人物であるのだ。
ところが、今回はコウリンのマイペースな性格により見事にペースを明け渡されていた。
「ネイロってウザいが高嶺の花みたいな奴のイメージついていたがそんなことなかったな。あれ、なんか周りが静かになった?」
そんな逆転現象を巻き起こしているチャットの最中、コウリンは突如として草原のモンスター群に妙な違和感を覚える。
そこかしこに点在していたホーンラビット達が、何者かの通り道を開けるような動きをしていたのだ。
『すまん、急用が出来た。突然だがチャット切るぞ』
『うあ!? せめてこのミラクルかわいいねいろんちゃんを誉めちぎってから切ってよ~!!』
ネイロは堪らずメッセージを返したが、今のコウリンは無対応一片となっているため既読さえついていない。
当のコウリンの興味は別に向かっていたからだ。
「新種のウサギっぽいのみっけたけど、さっきまでいなかったよな? どっから湧いて出たんだ」
数十メートル先には、ホーンラビットの毛皮を真っ赤に染めただけのような見た目のモンスター。
実際、このモンスターの名称はホーンブラッドで、色以外の外見は同じである。
ただし、注視すると頭の上に『WARNING』の文字が一定のテンポで点滅していると、いかにもな雰囲気を纏っていた。
「なんか発火してるみたいなオーラ出てるしこっわ。まあでも、こういう新種みたいなのも積極的に殴っていくか」
そう言い捨て、モンスターの素性を知らぬままであるのに意気揚々と立ち向かうコウリン。
インドアな出で立ちさえ除けば、野生動物のモンスターへと立ち向かう姿は狩猟民族のようである。
なお結果的に戦うのは正しい判断なのだが、このモンスターの正体は同種を100体討伐した時にたまに現れ、倒せればかなりの報酬を得られる所謂ネームドモンスターなのである。
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なお次回は明日になります。