拳闘士と決戦後
『残り時間あと一○分です。現在の上位三名のポイントが発表されます』
アナウンスが入り、プレイヤーそれぞれに前述した通りの掲載された情報が、視界の隅に表示される。
暫定一位のプレイヤーは『グリードリヒ』8064キルポイント、二位は『デストロイヤル』5056キルポイント、そして三位に『ネイロ』3522キルポイントであるが。
「まあ、ざっとこんなものだね」
「てめぇ、どんなズルしてここまでのし上がった!」
現在ポイント一位と二位のプレイヤーは、山岳地帯の岩肌にて対面していた。
両者が会遇したのはつい5分前だったが、デストロイヤルの氷結魔法を、グリードリヒが防御力を誇示するように軽々いなし続けたため、未だ膠着状態のままであったのだ。
「ズルだって? 僕はただサービス開始数日前から情報収集を続け、正当な努力でこのステータスを得たんだ。それを君は根拠無しにズルと決めつけるなんてプレイヤーの風上にも置けないね」
がなり立てられたため被害者ぶった口調で答えを並べる。
「だったらこの腐ったイベントについてどう説明できる。ええ? 運営チームのグリードさんよぉ」
煽る口調でグリードリヒを運営の手の者だと認定する。
そもそもデストロイヤルは今回のPVPイベントは不自然な箇所が多いと判っていた。
ポイントが100や200といったキリの良い数字をもつプレイヤーとちらほら遭遇し、延命を計りイベント開始直後に攻撃に晒されない位置に逃げ込んだプレイヤーが謎の即死攻撃を受けたのを目にしてきたからである。
デストロイヤルの場合、自身は優勝候補と噂されていたためなのか、常に見られているような視線を感じていた。
目的はサクラか何か、きな臭いプレイヤーがいくつか確認されていた。グリードリヒのポイント無双状態もそれ故だと疑っているのだ。
対して疑いをかけられた当の本人は、固くなりかけた口を開く。
「……君の言ってることはまあまあ正しい。僕が運営と関わっていないと言えば嘘になる。イベント前日、GMらしき人物から最新装備と引き換えに『このイベントで優勝してほしい』と頼まれたんだ」
「やっぱりか、貴様ァ!」
「話はまだだ。無論僕は断ったよ。勝つ為にはどんな手段も辞さないが、一人の個人が努力抜きに優遇されるわけにはいかないのさ。それに……」
剣を引き抜き、切っ先を標的へ突き出して構える。
「どの道僕の優勝は確実だからね。現に僕の順位が一位なのはご覧の通り。あとは二位の君をここに釘付けにするだけで栄誉を手にできる。僕はこのゲームに誰よりも心血を注いできたから勝って然るべきなのさ」
「心じゃ他人をコケとしか思ってねぇ癖にぬけぬけと……許せねェ!」
「許せないなら言葉でなく力で否定すればいい。それがここのルールだ」
「だったらお望み通り消えやがれ!」
嫌味ったらしく赤裸々に語った内容は全て真実。怯まず正義感を見せ魔法を唱えるが、グリードリヒの発言の意図を読み取ってしまったため攻撃を中断する。
自身を目の届く範囲で対面しているのはこれ以上ポイントを増やされないためではなく、ネイロ辺りが一位に迫れば目の間のポイントを奪って補充するだけで良いと、まるでデストロイヤルをいつでも食える養分として捉えていたためだったからだ。
そして、宣言通りグリードリヒは一位でゴールテープを切る。
▼▼▼
「お疲れさん。ナイスファイト」
「う、うん。すまない」
決闘後、コウリンは健闘を称え二人分の飲料水を持ってくる。
グリードリヒは気まずい雰囲気を出してしまっているが仕方ない。謙虚と自信をバランス良くした性格だと自負していたが、決闘の最中ムキになって暴言や失言を口にしたことに負い目を感じていたからだ。
「ていうか結局用事ってなんだったんだ。俺って体育以外成績オール1だったから分かりそうにねえ。だからきかせてきかせて」
コウリンは気に病んでいないのかただ忘れているだけなのか、忌憚ない顔で答えを仰ぐ。
「―――話そう。僕はずっと迷っていたんだ、後悔だけはしたくないって。けれど君と一戦交えたおかげで決意が固まった。そう、僕は本日をもってKLOを引退することにしたんだ」
「へー」
「その反応!? いや君ならその反応か」
打ち明けた重き事情に対しても、コウリンは相も変わらず話半分な態度であったために思わず立ち上がる。
とはいえ決闘中さんざん見てきたコウリンのアイデンティティだ。すぐ座り直して話を続ける。
「僕はただ、誰からも見下されない位置が気持ちいいと思ったからトップを目指したんだ。だけど結果、プレイヤーから言われようの無い罵倒や侮蔑、顔を合わせただけで向けられる悲観や憎悪の目。僕のせいで公式サイトは毎日のように炎上し、その度にKLO界隈は衰退してゆく。求めていた気持ちさは無かった」
人には合う合わないがある。圧倒的な強さの実態は自分には到底合わなかったのだと実際に手にしてから初めて気づいたのだ。
「そんで」
「うむうっ!? と、とにかく快感がないままプレイしたところでサービス終了を迎えれば誰も僕も得しない。だからせめてKLOの寿命を少しでも延ばすため、公認プレイヤーの座を返上し僕が消えることにしたのさ」
「へえへえ」
「話聞いてるよね!?」
賢明だが繊細な自分に比べ、コウリンの呑気なほどの気楽さが羨ましかった。だからこそ妬ましく、柄でもないのに決闘を挑んだのかもしれない。
しかし、コウリンならば負のスパイラルに堕ちないので大丈夫だと、引退する決意を後押ししているようにも思えてくるのが不思議であった。
「君は正しい。僕はリアルじゃ救いようのない社会不適合者だ。これからは君の言う通り、リアルを尊重して生きようと思う」
ついに自身のプライドをかなぐり捨てる発言をするが、楔から開放され楽になれた気がした。
かつて姉達をわがままで始めさせたのに今や己がわがままで辞めるという皮肉。箱庭の王で停滞し続け、プロゲーマーにならぬなら挫折することも重要だと自己解決したのだ。
「おっとすまない、コウリンさんにとっては興味の無い長話だったね」
「いやそんなことないぞ。だってこのゲーム楽しいしな」
「なんだって!?」
コウリンの口からあり得ない一言が告げられたため、また勢いよく立ち上がって驚愕する。
「俺さ、最初はこんな勝負なんてどうせ負けてもいいやって思ってたけどよ、だんだんなんか負けたくねぇーって感じに変わってたんだよな。金くれないのにゲームなんかに夢中になるのって変じゃん。あ、てことは俺の方が変になってるだけだな」
軽薄な言葉ではない。口下手なコウリンが本意から出した言葉であった。
「……いいや決して変じゃない! そのゲームを楽しみたいっていう気持ちをどうか忘れないでいて欲しい!」
「お、おう……まあいいけど。リアルなんて期待しても楽しくねぇからほどほどに頑張れよ」
無垢な子供のように目を輝かせたグリードリヒに気圧され、その豹変ぶりにただただ萎縮するコウリンだった。
異なる価値観に互いに互いが影響し合った結果こそが、この決闘から得られたものであると言えよう。
「うし! そんじゃあもう一回決闘しようぜ。今度は俺がルール決める番な」
コウリンはよほど決闘が気に召したのか再戦を要求する。
「またやるのかい! 君のカンノウンはもう二体も召喚できないはずじゃないか!?」
「このルールにするぞ。お前がずっと攻撃しない縛りだ」
「酷いよ!」
急にコウリンが立ち上がり不躾にも勝負が勝負でなくなりそうなルールを提示したので目が点になってひっくり返りそうになる。
まともという概念から外れた意外性の塊、そう痛感したのだった。
「ちぇ。あと10回位は勝負したかったなぁ」
「正気かい! 僕にだってやりたくないことはあるんだ。最後はいい思い出で幕を閉じたいんだよ」
「ならオレといい思い出作らねェとな。表へ出ろ、グリードさんよ」
「ん? 誰だこの人」
グリードリヒとは反対に野太い声が降ってきた方向へコウリンが怪訝な目を向けると、蓮華を彷彿とさせる髪型にブクブク膨れた体型と不摂生そうな相貌の男がいた。
グリードリヒは眉を顰めて耳打ちする。
「デストロイヤルさんだよ。君もイベントで入賞したなら顔は見たことがあるだろう」
「そうそう。デスとろサーモン」
「あぁ……これは駄目だ……」
「デストロイヤル様だ! なんでコイツら仲良くなってんだ!」
強豪プレイヤー相手にも堂々と失礼をぶちかませるコウリン。大物ぶっていたりや怖いもの知らずよりかは、メイド服が似合いそうな女性以外には毛ほども興味が無かったからである。
張りつめた空間の中、イベント夜の部トップ3が一堂に会しても、ほのぼのした存在に中和された空気だけが暫し流れていた。
良くも悪くもPVPイベントが尾を引く
バトルは続く続く




