学生時代の光凛
期間空きすぎてるし過去回やっても許されるはず
そう思ったら結構読まれてたぽい
光凛と夏冬の顔合わせは意外と遅く、二人が高校三年生だった頃に遡る。
「あだっ! ワイの腹が!」
太陽が頂点に輝く時間帯、夏冬は突如として苦悶の声をあげつつ痛そうに腹を抱えてうずくまる。
「みんなすまんやで。腹下しちまって食欲が全然無いんや。だからお前らだけで食堂へ行っててくれ。あたた……」
顔も上げられず、クラスメートの友人達へ同行出来ない理由を伝える。
この高校の学生達は昼休みになると一斉に食堂へ赴くという習慣があるのだが、今日の夏冬はそれどころではなさそうだった。
「ちぇ。じゃあオレらだけで飯行ってくるわ」
「おいカトゥーン。もう怪しいもん拾い食いすんじゃないぞー」
「しとらんわ! はよどっかいけや!」
しっしっ! とハエを追い出すように手で払う夏冬。
あだ名で呼ばれるほど気の知れている相手へやけに辛辣だが、夏冬は現在時間的余裕が消え始めているからだ。
何故なら夏冬はもうすぐ志望校の受験がある。「勉強は家でやるもんだ」と宣うほど楽観的なグループへ痛がる演技で騙してでも強引に距離を置かなければ、下らない談笑につき合わされるだけになってしまう。
余談だが、夏冬は別に関西人ではない。5ちやんねるに入り浸りすぎてリアルでも口調が移っているだけである。
「ふぃぃ。これでやっと集中できるで」
がら空きになり夏冬の貸し切り状態だったはずの教室に戻り、早速受験勉強を再開しようとした矢先。
「あー、6億円当たんないかなぁー。うめうめ」
赤いジャージを纏い、偉そうに机に足を乗せながらカップラーメンを食しているクラスメートの女子、阿佐ヶ谷光凛が教室に居座っていたのだ。
「ファ!? なんでいるんや!? まさかあんさんも受験だか資格だかの目指して……」
「え? メシ食ってるだけだが」
「おおう。それもそうやな……」
夏冬へ目も向けず、ズルズルと音を立てて麺をすする光凛。
そもそも女子生徒の数自体が少なく、会話するだけでも夢のまた夢である陰キャグループの王である夏冬は、教室の角に収まりそうなほど縮こまっていた。
「ええっとやな阿佐ヶ谷、ひとこと言わせてええか、おめぇさんの座ってるとこワイの席なんや……」
いくら貴重なJKだろうと、我が物顔で図々しく他人の席でふんぞり返っていればそう言いたくもなるだろう。
それにルックスも好みから大外れ、夢から醒めたような気分になる。
「へえそうだったのか。それで?」
肝心な点を指摘しても、話半分な答えが返ってくる。
「いや分かるやろ。ワイはこれからちぃっとばかり勉強したいんや。だからそこからどいてくれれば嬉しいんやが……」
「めんどくせ。俺の席使えば?」
「ゑ!? いやいや、確かに形振り構わず勉強するつもりやが、流石にそんなとこ見られたら一瞬で学校中の奴らからネタにされてまうで」
「えぇー。俺はそんなの興味ねぇけどなあ」
校内で男装しても無問題だが女装すれば白い目で見られるのと同じように、コウリンにとっては誰の席に座ろうがどこ吹く風だ。一向に立ちあがろうともしない。
「手強いのう。まあ仕方ないかぁ。今日はついとらんなぁ……」
これ以上理性的に対応しても、自分とコミュ力が違う存在相手には適当な答えで返されるのがオチだと諦め、夏冬は壁にもたれかかるしかなかった。
「つうか阿佐ヶ谷、授業中ずっと起きてるふりしとる場面しか見とらんが成績大丈夫なんか?」
自身の境遇を相手に置き換えて心配そうに声をかける。
「それな、先生に聞いたが俺かなりヤバいっぽいんだとどうしよ」
「なら食った後でええから昼休み使って勉強せいや。人生は頭脳の研鑽が全てなんや。後になって後悔しても遅いんやで?」
「勉強したら負けだと思ってます。筋肉をつけるのが全てだと思ってます」
「カッコつけて言うことかアホーっ! おめぇさんの両親が悲しんでもワイは知らんで!」
どこまでも口答えする光凛へ、本物の関西人ばりにツッコミを入れる夏冬。
「んー両親つってもなあ、俺の親父はもういねぇからなぁ」
「えっ。そ、そうやったんか」
「おう。昔バンジージャンプやったら命綱が切れたせいでそのまま帰らぬ人になって、それでどうなったんだっけか。うめうめ」
「す、すまん。それは無神経に悪いこと聞いてしもうたな……」
光凛が呆れるほど能天気なあまり、カッとなった勢いで地雷と思わしき記憶を踏み抜いてしまったので、冷静になって頭を下げる。
ただ、父の事故というシリアスな話題を、カバンから取り出したバナナに歯を立てて咀嚼し、耳をほじりながら語るものではないと誰もが思いそうだが。
「……やっぱどうなったか忘れた。まあそんなことはどうでもいいから腕相撲しよーぜー。俺腕相撲大会じゃ優勝経験あるから負けないぞ」
「ほげえええ! 今のはどうでもいいってことないやろ亡くなったお前の親父さんやぞ!」
「だって死んだ奴は死んだ奴だろ。いやー、あん時は地獄の底まで落ちちゃってるのかなーって考えてたなぁ」
「いっぺん死んで侘びてこいや! おめぇの死生観どうなっとんねん!」
ブラックジョークすらぶちかませる魂胆に、夏冬は怒りやら何やら言いようのない感情が沸き、穴という穴から噴火しそうなほどに顔が歪む。
モラル意識や偏差値がバカみたいに低いバカ高校に入学した自覚はあったが、ここまでサイコ感溢れる危機感の無いバカは出会った事も無かった。
「ギャアアアアアアア!!」
「俺の勝ちぃ」
そして自覚させるために光凛の腕相撲勝負に乗ったのが仇となり。腕相撲大会優勝との嘘みたいな事実を謳う相手へはまるで勝負にもならず、力の加減を知らない光凛により、ペンが持てなくなるほど手を机に叩き伏せられてしまった。
その日から夏冬は、快適な空間を諦めきれず教室に戻っては光凛に絡まれ、精気が抜けるまでボロボロにされている光景をクラスメート達に覗かれ、しまいには『虎に敷かれる竜』だの『似て非なる漫才コンビ』だのと卒業まで呼ばれるようになってしまった。
「―――ちゅうわけで、ようやくボケボケ連中とはおさらばや。妙ちきりんな思い出しかなかったのう」
進学が決まり、卒業式を終え、高校最後の帰路についた夏冬は名残惜しそうに歩いてきた道へ振り返る。
光凛が卒業式でもぼっちなら声ぐらいかけてやろうと考えていたが、驚くことに美人の同級生や後輩の女子と普通に会話していたので杞憂に終わったのだ。とことん己とは違う人種である。
今度こそは馬が合う者との出会いを願い、スッキリした顔つきのまま歩いていたその時。
「ふーん。てめえの持ってるソレは卒業証書か」
夏冬は背後にいた男から声をかけられる。
「な、名栗か! ワイは空手の用事があるんでほなさいなら……」
「まあまあ、ここで会ったのも何かの縁ってやつだぜ。一緒に来いや」
「後生や、見逃してくれ頼む!」
過度な暴力沙汰によりかつて退学を命じられた元クラスメートの名栗が夏冬の肩をガッシリ掴み、ここから遠く離れ人通りが少ない場所へと連行したのだ。
「羨ましいよな。てめえらばっかり順風満帆な人生送れてるもんなぁ。オレはあれから野宿生活だってのに不公平だからなぁ!」
「ひぎっ! もうやめてくれんかぁあががっ! 助けてくれぇ!」
名栗が溜まり場として使ってる地元の心霊スポットに着いた途端に、身勝手な逆恨みを吐きながら殴る蹴るの暴行を繰り返してきたのだ。
「へっ。ここには誰も来ちゃいけねぇってのは分かってるはずだ。たとえ助けを呼んでも……」
「おお、名栗じゃねえか懐かしいなぁ。ところで夏冬は何やってんだ?」
「あん!?」
何故かふらりと現れた光凛本人が、面白おかしそうな表情をしながらそこに立っていたのだ。
幽霊もビックリな神出鬼没っぷりである。
「来るんやない光凛、こいつはシャレにならん奴や……」
「本当に何やってんだ」
漠然と状況が飲み込めつつある光凛は危機を察したが、名栗は偶然増えた憎しみの対象を逃さない。
「ドブサイクの光凛か。まずは卒業おめでとうさんよ。だからてめぇもコイツみてぇにやっちまわねぇとな!」
失う物が無い者ほど何をするか分からない。
名栗はもはや己の所業と悲劇を正当化させるわけでもなく、相手が男女だろうと構わず犯罪級の豪腕を振るって気持ちよく嘲弄するだけの存在と化していた。
「死ねやゴミクソ! え」
「お前、まさかまだこんなつまらないことしてたのか」
二人の体格差は天と地ほどあるのに、渾身の右ストレートをあっさり掴まれて止められてしまったのだ。
「あああああ! いでええええ死ぬ死ぬ死ぬ!」
しかもそのまま握り拳を180度捻る。とてつもない馬鹿力だ。
「酷い目に遭ったところで、泣いたり恨んだりしても自分からつまらない人間になるだけなのにな」
「あんぎィィィィィ! タンマ! ちょっとタンマ!!」
次に光凛なりの正論を口にしながら金的を膝蹴りされ、男諸君にのみ分かるだろう想像を絶する激痛にもだえ苦しむ。
「あと俺はまだ死にたくねぇ」
「あふん」
最後に、冗談にならない相手へ個人的な意見を言いながら肘を顔面に入れ、名栗は泡を吹き折れた鼻から血を流しながら倒れる。
光凛は普段から勉強を疎かにしているのは事実。しかし暇な時間が出てしまうために意味なく筋力トレーニングを続けていたので、肉体面に秘められていた要らない才能が開花していたのである。
「お、おーい名栗? やべぇ、こいつ気絶してる」
何度呼びかけても反応しないため、光凛の顔が血の気が引いたように青ざめる。
間もなくして警察が駆けつけたが、名栗が発端であるのにも関わらず光凛は過剰防衛として不条理にも罪に問われてしまう。
すぐに病院に運ばれた夏冬には、弁護できるだけの健康状態が残されていなかった。
そんな事件が起きて数日、退院した夏冬が真っ先に向かったのは光凛の家だった。
「どうもずびばぜんでじだ!」
「変なやつがうろついてると思ったらお前かよ。俺お前に悪いことされたか?」
光凛と会ったが否や、夏冬は傷の残る体を顧みず涙ながらに全力の土下座をもって謝罪する。
あれから光凛は多額の罰金と賠償金を支払わされた上、奇跡的に決まった内定も取り消される憂き目に遭ったのだが、事情聴取では決して夏冬を助けたために起こしたとは言わず、全て勝手にやったことだとの一点張りの意見を貫いていた。
それを夏冬は、自分をこれ以上巻き込まないためにわざと庇ったと認識したためである。
「だってワイが全部悪かったんやぞ! ワイがうるさく勉強勉強って言わずお前さんみたいに喧嘩できるほど鍛えていれば……そうすりゃお前さんばかり損しなかったんやし……」
「いやお前が正しいだろ。大学合格した時すげぇ嬉しがってたじゃねえか」
「他人の不幸の上で幸せになんかなれるか!」
謝っているのか怒っているのか分からなくなってきたが、とにかく涙ながらに訴えてもなお自責の念は晴れないのは確かだ。
「んまあそんなことはどうでもいいとして、俺はこれから婆ちゃんが管理するアパートで一人暮らしするから、どのみち夏冬とは今日限りでお別れだ」
「……へ?」
「もう二度と戻んないかもな。そんじゃあな」
背中に巨大なリュックが見え隠れしていたが、その理由が判明する。
仮にも新聞に残る大事件を引き起こした光凛だ。当然家にも地元にも居られなくなっている。
つまるとこ、此処で引いたら一生負い目が残ってしまうだろう。
「……だったらお前さんの新しい住所教えてくれ」
「は?」
「ワイが一生かけて恩を返す。絶対にや。もしもお前さんが生活できなくなってたとしてもワイが責任をもって養ってやるで!」
「きめぇ。無理」
光凛はどこをどう勘違いしたのかI LOVE YOUと解釈したため、即座にお断りの一言を言い放った。
しかし、何か貰えそうな話だったので新住所についてはこの後でとりあえず教えているのだが。
そして夏冬は、バカ高校から一流大学へ進学しても勉強とバイトを見事に両立し、それでいて収入が入れば恩人である光凛への贈り物に必ず使い、色事の誘いがあっても「自分には最高の友がいた」と頑固に断ってはストイックな姿勢を貫いたのだ。
光凛視点では美談でもなくただのいい迷惑である。
投稿は必ず完結まで続けるのでご安心めされよ




