拳闘士は天の上
「まずは下準備からだ。あのゴブリンが黙って見てる保障は無いけど……よし取り出せた」
コウリンは相手から目を離さないと意識しつつ、インベントリから無事アイテムを取り出す。
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アイテム名:骨王の両手剣
部位:両手
レアリティ:☆☆
効果:STR+28 AGI+10 攻撃時部位欠損率上昇【装備不可】
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手に持つは、かつてコウリンがタイマンで雌雄を決したボスモンスターが用いていた剣である。
「それじゃあなホネホネ王。短い付き合いだったな」
コウリンは【投擲】のスキルを使用し、剣を一直線に投げた。
そこそこ高値で売れる武器だが、クエストの完遂には代えられなかったようだ。
「グギッ!?」
ゴブリン・アーチャーの胴体に命中、大剣もろとも地に倒れて消滅した。
これで一時しのぎにはなったが、次に同じ組み合わせが襲ってくればどうしようも無いと思われる。
とはいえ、今回のようにモンスターが襲撃しても言いつけ通り滝から動かずに凌げれば二段階目の必殺技が獲得可能。
うっかり出てしまえばトラブルのためやむなしと言い渡されて一段階目のまま終わりなので、強力な必殺技に一歩近づいたと言えよう。
「ふぅ。後何時間かかるか分からないが、こんだけ頑張ったんだからそろそろ切り上げにしてくれよな……」
そう呟き、雨がしたたり落ち始めた空を見上げながら虚無な滝行へと戻った。
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スキル【瞑想】を獲得しました
効果:その場で座りHPを徐々に回復 消費MP50
条件:その場から動かず五時間経過(PK不可領域は除く)
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モンスターの再度の襲撃は起こらない。
ただ、雨がどしゃ降りの強さになってゆき、滝の勢いも倍程度まで増していながらも、コウリンは終わりの指示をまだかまだかと待ち望んでいるままであった。
『ワシの遠話魔法が聞こえておるか若造よ! 修行は即刻中止! 今すぐに戻るのじゃ!』
変化してゆく環境の中、ヨーゼフの声が雑音混じりに直接頭に響いてくる。
落ち着き払うよりも、焦燥感を孕んだ声色だったために何かの危機を伝えようとしているのは明白であった。
「げぇえ、中止ってことは失敗の知らせかよ。こりゃねえわ」
コウリンは報われない結果と解釈し落胆する。
「……と思ったけど、これもクエストの一環なんだよな。良いとは言われてないから中止ってだけで戻るのは罠だってことだ」
そして、頭を働かせて言いつけを振り返り、強風が己の頬を凪ぐ中で続行した。
なお、戻れは合格と同義なのでここで帰還しても二段階目の必殺技は獲得可能であり、そもそも老人が授けられる必殺技は二段階目までである。
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「天気がキツくなってきた……だがそうこなくちゃ必殺技も強くならんからな。究極クラスの必殺技がそろそろゲットできるのかもしれんし」
この一時間で天候は大荒れになり、落雷音があちこちで轟き、悪魔の嘆き声のような風音が山一面に奏でられているが、コウリンは岩にしがみつく姿勢になりつつ滝行とは呼べなくなった水流を堪えていた。
『何故ゆえ戻らない若造よ! 大事にでも巻き込まれているのか!?』
またもやヨーゼフの遠話魔法が帰還を催促される。
コウリンには一字一句違わず聞こえていたが、クエストの事情があるため聞こえた上で頑なに無視を決め込んでいた。
「あの老人迎えにくれば信用できると思ってたが、この天気じゃ迎えに行くにもまず外に出れないよな……じゃあ俺はこの天気でわざわざ外にいるってことか。まずいけど折角だし最後までやってみよ」
ようやく身の危険を覚えてきたが、それを逆に好機と捉えて粘り強さをみせる。
もはやコウリンが取るべき行動は避難一択だが、何が起きても死なないゲーム世界だからこそ、この天候だろうが気分を高揚させ率先して耐える方針へ向かえていた。
「いち、にい……雷も近くなってきたな……お!?」
コウリンは掴んでいる岩越しから鈍い地響きを感じ取る。
上からの感覚は滝の激流によって機能してなかったが、それでも確かに感じていた。
地響きの鈍さが段々とはっきりした時、その正体が判明する。
「なんだこれ!? こんなの死ぬじゃねえか!」
まるで味わった経験の無い水量のカーテンが、真上の崖から急な勢いで降りかかってきたのだ。
黒く濁ってるせいで奥側が目視不可能なほどの厚さがあり、こんな大災害には歯向かおうとする気にもなれずにコウリンはそのまま飲み込まれてしまった。
「死ぬ死ぬ死ぬ……ぶくぶく……」
どれほどの衝撃だったか、自分は溺死してしまったかも分からず仕舞いで、コウリンの意識は遠くまで昇天する。
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「……呼吸はできるから生きてるな。いや気づいてないだけで死んでるかもなこれ」
暗転した視界から気づいた頃、コウリンの瞳には青空の下で雲が果てしなく続く神秘的な光景が映っていた。
対して自分自身はもくもくした雲の上に座っており、どうして気体なのに触れられるのかの疑問を沸く間もなく、布団のような感触を下半身に受けていた。
「雲の上ってこんなとこなんだ。へえ〜VRってすげえ」
現実ではお目にかかれない光景でも、コウリンは雪のように固体になっている雲を掴んでいるだけであり、生来のマイペースさを失っていなかった。
実際インベントリ等は普通に開けるため、死後の世界がこの世に似ている訳ではないようであるので安心だ。
そうこうしている時、今度はヨーゼフとは別の声が降りかかってくる。
『汝、目を醒ましているな』
何人もの重なった声がしたと同時に、眼前に突如光が迸り、太陽を凝縮したような光球が浮かび上がった。
「いやいやどちらさんだよ。何時だとか偉そうだが、俺は神さまですとか言うんじゃないよな」
自分の態度を棚に上げて言ったが、たたみかけるように始まった不可思議な現象の中ではやむなしだろうか。
『それは汝には教えられない事項だ。ただ、汝の言う神という存在に準ずる者ではあるとだけは言えよう』
「そうなのか。じゃあそんな偉いなら俺を元のとこに戻せるな? ログアウトとかじゃなく滝のとこってのは間違えるなよ」
いきなり図々しく注文をするコウリン。
コウリンの人生論では、自分から神だとか名乗る者の話は真面目に耳を傾ける筋合いは無いと根付いているからこその対応である。
『汝が我に望みがあるなら、まず我の用件を一通り聞いてからにしてもらおう』
「あ、こいつ神々しいくせに意外とセコい」
一蹴されて勝手にあちらの話に持ち込まれたため、コウリンは図太く悪態をついた。
だが相手は、神に準ずると自称しただけあってコウリンの無礼を全く意に介していない。
寛容よりは人間の種族への無関係さに近かったが、光球は次の命題に移行する。
『用件はこれだ。悟りの境地に至った者へと授ける証、【第三の必殺技】を汝の経験に刻む儀式を行う用件だ』
「……おおおおお! 第三ってことはついに一番上の必殺技が来たか! ハハハやったぞこれ!」
一気に目的を達成出来る思いもよらぬ話に、コウリンは舞い上がりそうになった。
とんとん拍子で話は進む。
『まずは汝が究極の力を望む意思のほどを問う。我の後に続いて光の道を渡り儀式の場までくるのだ』
光球が一段と輝きを増した瞬間、横断歩道の白線を彷彿とさせる光の階段が出現していた。
光球は四歩先の位置でふわふわと浮いている、まるでここまで来いと無言のメッセージを伝えているようだった。
「なるほど、神さまらしい展開じゃんかこれ」
コウリンは座ったまま物珍しげにまじまじと見つめる。
一見すると紙よりも横の厚さは無いが、どんな危害を加えても壊れなさそうな丈夫な作りであると見受けられる。
ただ、そこから立ち上がらず一向に行動へと移していなかった。
『聞こえてなかったのか? もう一度言う、光の道を渡るのだ』
光球はじれったさを感じたのか、何もしないコウリンに対し上空を旋回しながら促していた。
ところが、コウリンが重い腰をあげて動かしたのは足ではなく口であった。
「いや、意地を張るようで悪いが、俺は元のとこに帰れるまではこっから動かないからな」
『何?』
この作品の認知度がだいぶ上がってて何より




