拳闘士は滝行中
「ここじゃ」
ヨーゼフに連れられてやってきた場所は、圧迫感醸し出すそり立った岩壁に、放水されてるように滝が轟々と流れる山岳地帯でも異質な場所であった。
「……そんで、俺はどうすれば必殺技が貰えるんだ?」
「察しが悪いのう。あの滝に打たれてこいと口で言わねば分からぬのか」
「なんか急に毒吐くようになったなこの老人」
コウリンは肩を竦めて言う。
必殺技なのだからもっと派手なのに期待してたが、地味である滝行では肩透かしであった。
「期間はワシが良いと言うまでじゃ。それまで滝に打たれ続けるのは無論のこと、この岩の上で一歩たりとも動いてはならぬぞい」
「はぁ。まあとにかくやればいいんだな」
コウリンはため息をつきながらもそそくさと水流の下へと移動する。
そしてヨーゼフから眺められながら人一人のみ乗れるサイズの岩をのぼり、そこで鎮座し滝に打たれる感覚を体験してみる。
「おお? 案外居心地いいなこれ」
ゲームなので冷たさはなく、むしろ頭や肩にかかる程よい衝撃が凝りをほぐせそうなマッサージとなっていた。
「位置に付いたようじゃの。ではワシは一旦戻る、良い結果となれるよう耐え忍ぶんじゃな」
「ハハ、当たり前だぜじいさん。こんなのむしろウェルカムだ」
その余裕しゃくしゃくな言葉を聞いたか否か、ヨーゼフが霧と化して消えるように立ち去る。
ちなみにヨーゼフが述べていた良い結果とは雰囲気付けの台詞ではなく、即ち悪い結果もあるという意味にも繋がる。
このクエストには三段階の成績があり、それに応じて得られる必殺技の内容が変化するからだ。
そして、少なくとも滝に打たれ続けるだけでは低ランクの必殺技しか習得出来ない。ただ指示に従うだけでなく、その条件下で最高の評価を得る道を探り出すのが肝なのである。
尤も、最高評価を叩き出すには並々ならぬ計画立ても必要なのだが。
「…………やっぱり暇だ。あいつらに構ってもらおう」
開始30分で音を上げつつあるコウリンは、ギルドチャットに心中を送る。
『ただいま必殺技習得クエスト中。お前らの調子はどうだ?』
『いい調子だよ〜! みんな魔道士のクエスト受けられないからネタバレするけど、魔道学園のイケメンな女の子の先輩が実はモンスターに操られてると発覚したとこ〜』
『こっちも順調ナノデス! 幼馴染サンとの死別を乗り越えて近衛剣士団長に任命されたとこナノデス! アーメン!』
二人のクエスト途中の文面からいかにもなストーリーの展開を想像し、自分のクエストと比較して愚痴を吐く。
『お前らのクエスト楽しそうでいいな。こっちは誇張抜きで滝行するだけだぞ』
『え〜コウリンのクエストまんま苦行じゃん。運営に職業差別だって送れば?』
『滝ですか? プールで男子がやってるのとどちらが本格的ナノデしょうか』
『知らね。お前らが羨ましい』
二人はクエストを必殺技習得の過程以外に、純粋に楽しめていたようだ。
この必殺技習得クエストは、人口の多い剣士や魔道士では新規のマップ一つ使った大掛かりなイベントであるのに対し、拳闘士には既存のマップ内に小屋と人物が一つずつだけ追加と運営側は明らかに手を抜いている。
リリーもクエスト中であるかは不明だが、あまりメジャーとは言えない職業のネクロマンサーではしょっぱい内容であるかもしれない。
全職業同時実装との無茶な計画立てが祟った結果だ。
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称号≪暇を持て余す≫を獲得しました
効果:足を止めている間 被ダメージ−10%
条件:その場から動かず三時間経過(PK不可領域は除く)
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「う、あれから三時間か……」
突如獲得した称号を見て、道のりの虚無感を思い知らされる。
目的さえ得られれば同じと考えれば過程を突くのは無粋だが、もはや優遇不遇がはっきりと分かれていた。
「俺も拳闘士じゃなかったら違ったのかなぁ。一波乱でも起こんないとつまらんぞ」
ずぶ濡れで重たくなった柔道着を不快に感じつつ願望を口にしたが、まもなくしてフラグを回収するように叶ってしまうのがコウリンの悪運である。
「グググ……」
「グググ……」
いくつかの野太いうめき声が鼓膜に響いてきた。
一瞥すればゴブリンが五体ほどの群れが川岸を挟んで点在していた。
「マジでか、モンスターに囲まれてたか。こいつら名前似てるから嫌いなんだよな……」
コウリンは即座に拳を突き出し応戦の姿勢をとった。
しかし一歩踏み出そうとした時、ヨーゼフの忠告をふと思い出す。
「確か滝から動いちゃ駄目だったよな。迎え撃たなきゃ違反になっちまうのか」
忠告とはコウリンの忍耐力を試す他、必殺技習得の一環として不利な立場を課せられた中でモンスターに襲われても動じない精神的をも問われるのである。
相手は格下だとはいえ、AGIからくるフットワークを活かせないのは手厳しいであろう。
「グググ!」
ゴブリン四体が鋭い爪を覗かせ、背面以外の方向から一斉に攻めかかる。
「ふっとばす、連続トリプルパンチ」
まずコウリンは、真っ先に接近したゴブリンを連打で仕留める。
やはりモンスターでは足並み揃わないのか、攻撃するタイミングにはバラつきがあったようだ。
「グググ!」
「グググ!」
次は三体同時の攻撃、これをまとめていなすのは殴打では難しいが、コウリンには他にも攻撃手段を獲得している。
「これだな。クエイクキック」
スキルにより自動的に身体が動いたと思えば、コウリンは苛立ったかのように地団駄を踏んていた。
ポイント引き換え時に得た、複数の敵にも対応するためのスキルである。
「ギギ!」
「ギギギ!」
地団駄の余波により、ゴブリン三体は身を守ったあまり動きが停止し、内二体は頭に星を回していた。
これこそスタン状態、少しの間怯んでしまって行動不能となる状態異常であり、反撃の絶好のチャンスである。
「グググ!」
「最初は怯まなかった奴にトリプルパンチ」
一体に連打を浴びせてポリゴンと化させる。
「そして地蔵になってる残りものの後始末だ」
残る二体にラッシュを食らわせ、この場の脅威を上手く凌いだ。
「グググギギギ!」
ところが、真に試されるのはここからである。
「あのゴブリンの野郎、生意気にも弓とか持ち出してるんだが……俺こっから動けない縛りだぞ。こいつ倒せないだろ」
残り一体のゴブリンは未だに微動だにしていないどころか、コウリンに矢の照準を定めて放とうとする最中であった。
指揮官役なので無闇に襲わないのだとコウリンは考えていたが、その実態は弓矢を器用に駆使するゴブリンの上級種、ゴブリン・アーチャーであったからである。
近接攻撃で固められた拳闘士のスキルでは、遠方の相手に対しては非常に苦手、どうしても接近せねばならないのだ。
「回し受けを使うMPは無いし、弾切れを起こすまでに絶対死ねるし……」
相手が狙いをすましている短い間に、思案が堂々巡りしては消えてゆく。
なす術は何かないのか、悩みの渦から抜け出せずに頭がのぼせそうだったが、コウリンはようやく決断する。
「一回限りの手段、動けない俺はミスったらおしまいだが……よしいこう」
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「雨音じゃと? 妙じゃ。雨天になる兆しはおらんかったが……」
自宅に戻っていたヨーゼフは、間隔が狭まってゆくポツポツとする音に耳をすまして聞いていた。
窓から確認もしたが、確かに霞がかった空から雨が降りつづっている。
先程まで晴天だったのにも関わらずだ。
「この不可解な雨……まさかあのタイフーン・ゴブリンが現れる時期が今日ならば……拳闘士の若造が危ない!」
このゲームにストーリーなんてあったんだ




