拳闘士は山の中
アップデートで実装された新要素は、ギルドの他にもいくつかある。
だがしかし、現在のコウリンはそれどころではなかった。
「くっそ俺はどの辺にいるんだ。この山槍ヶ岳より標高あるんじゃねえかこれ? 山の中で遭難とか遠出はするもんじゃないな……」
コウリンは王都セカンピニオンから数キロ離れた山脈地帯にて停滞していた。
道なき道や、足をあげるのも億劫になりそうな斜面、その上代わり映えしない景色が続いたせいで疲労と心労が溜まっていたためである。
「レベルは14まで上がったが……また死んで振り出しって可能性も出てきたぞ」
ろくな地図すら整えず単独で行動したためにこの有り様であり、強制送還以外に脱出路は無いほどである。
そもそもこの山脈は、実入りが少ないためプレイヤー達ですら訪れない秘境地帯であるので、PK被害に会いづらい反面で道を尋ねることも出来ない。
モンスターとの戦闘は勝てこそするものの、次第にMPは消耗してゆき、十八番のトリプルパンチもあと数回放てるかどうかである。
「よし決めた。困った時のネイロに相談だ。いや、ギルドチャットを使えばなお確実だな」
意を決し、ギルドメンバー全員へとメッセージを送信する。
『お前ら全員いるなら聞きたい。俺なんか王都から近いとこの山で迷子になっちまったんだ。なんとかならないのか?』
周辺の森を添付し、少しでも分かりやすくしたのだが。
『ごめん、ねいろんちゃん今手離せない』
『わたくしも、忙しいサイチューナノデス!』
『あらあらかわいそうに、コウリンちゃんのにおいを道しるべにしてすぐ向かうわ……ぎょえええ! ダメ……においで気絶しそう……』
誰もかれもがすぐに向かえる状況ではなかったようだ。
「自己責任だがこりゃもう詰んだな。ネイロにリリーにミルキー、お疲れさんでした」
埒が明かないと悟り、あわよくば脱出したいとの僅かな願望もあるものの諦めの決断をする
もっとも、諦めるにしてもただ思っただけでは何も変わらないので、どちらにせよ倒されなければいけない。
だがそんな時に限ってモンスターが中々出現しないため、あぜ道をひたすら彷徨うだけとなっていた。
「一向に終われねぇ……」
抜け出せない現状について、ブツブツと独り言を呟く。
そこらにある木をのぼって上から場所を確認するのもこのゲームでは方法の一つだが、生憎コウリンはそんな発想に結びつけるほど思考に余裕はない。
「しくった! 躓いた……」
無心となりすぎたせいで足がもつれてしまったが、すぐに立ち上がる。
「いい加減辛くなってきた……おや?」
そんな時、木々の間から小屋があったのをコウリンは目視していた。
まるで世捨て人が隠れ住むログハウスのようである。
「おっし休めるぞ! あ、でも人いたら迷惑かもしれんが……どうせゲームだ。ずこずこお邪魔させてもらおう」
コウリンは迷いなく小屋へと向かう。
こんな辺境に人が住んでいるのはいささか可能性が低そうだが、その方が気が安らげて都合が良いとの考えであった。
「どなたかいませんかー。聴覚が不自由じゃないならさっさと顔合わせさせてくれー」
念のため、建てつけの悪い木製の扉へノックをかけて催促する。
すると意外、扉がギギギと音を鳴らして十センチほど開く。
「うるさいわい! 帰れ!」
中から聞こえた老人の声は、至極当然の反応で返していたのだが。
「俺も帰れるもんならそうしたいぞ。けど帰り道が分かんねえから帰るにも帰れねえんだ。せめて道だけでも教えてくれ」
若干上から目線だが、疲労感が襲う中で折角出会えた人間相手にコウリンは食い下がらない。
「むう、迷い人じゃったか……じゃが善人か悪人か知れぬ者にやすやすと人の住む街を案内できん。まずはこの目でしかと見定めてやるわい」
根気か煩わしさかどちらが通じたかは定かではないが、内側にいる者がギイッと扉を開いた。
「ほいこんちわ、山奥暮らしのおじいさん。俺はどちらかというと悪人じゃねえぞ」
コウリンが適当な挨拶を交わした相手は、豊かな白髪の髭を蓄えた求道者風の格好をした老人であった。
初対面の者相手にしては態度が不遜だと言わざるを獲なかったが、これがコウリン流なのでどうしようもない。
これでは就職に失敗している過去も頷けるほどである。
ところが老人は急に目を丸くさせ、コウリンをまじまじと見つめていた。
「お主……拳闘士の者じゃったか! これはすまんことをした。まずはお茶でも飲んでゆるりと話でもさせてくれんか」
険悪な態度を一変、更にコウリンの職業をひと目で見抜いて家内に上機嫌で招待させようとする。
「いや、俺できるだけ早く王都に帰りたいだけなんだが」
「良いから入りなされ」
「なんだこのじいさん。老人ホームにぶち込んでおくべきか」
コウリンは怪訝な目つきとなりながらも、老人につられて小屋へと入り込んだ。
○●○
中は広く、向かって正面の部屋は人が何十人居ても充分空くほど広く、木目の床と壁であるため、修練するための道場であるのは明白であった。
「ワシの名はヨーゼフ。ようこんな辺鄙な場所まで参った。拳闘士の若造よ」
「いや自分からたずねに来たわけじゃないけどな」
歯を覗かせて笑う老人ヨーゼフ。
融通の効かなさにコウリンはまだ怪訝となってはいたが、この老人はプレイヤー等ではなくイベント用のNPCであるからだ。
「ワシはのぅ……この人里離れた場所で暮らしているのはただ静かに修練のできる場所を求めていただけなんじゃ。モンスターはおるが、不自由なことはない」
「そうっすか。サバイバル暮らしは得意なんだな」
コウリンは興味なさげに言い、出されていた緑茶をズゾゾゾゾーッと飲み干す。
「じゃがある時、そんな安住の地におったところでワシはもう長くないと気づいてのう。のんびりしていればワシの修行の成果も脚光を浴びることなく腐ってしまうのじゃ」
「まあ百年生きても大体寝たきり状態だからな。危機感があるのは何よりだな」
コウリンは現実世界からの観点で共感の言葉を出した。
なお、今のコウリンが表しているジトッとした目つきは陳腐な話に飽きていると同義であったが、それを見越したのかヨーゼフは耳寄りな話を口にする。
「そこでじゃ! 今のご時世だんだん数を減らしてしまっておる拳闘士のお主に、ワシが編み出した究極の必殺技を伝授しようと思ったのじゃ! カーッ!」
気持ちが昂ぶるあまり天を仰いで目を大きく開く。
なお、拳闘士が数を減らしている体の話は、キルラオンラインで拳闘士の職業に就いているプレイヤーの少なさに対するメタ発言である。
「へえへえ、必殺……技。あ」
その話だけは真面目に聞いていたコウリンは、必殺技のワードに対して思い当たりがあったようだ。
「聞くがご老体、必殺技っての教えてくれる人なのか」
「うむ。勿論タダで習得できるほどヤワな代物ではないがの。やるかやらないかはお主が決めてよい」
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クエスト【拳闘士覚醒への一歩】
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コウリンの視界の前にクエストと表示されたウィンドウが写る。
このクエストとはアップデートで実装された新要素の一つ、とはいえ世に出回るゲームと然程変わらない要素なので割愛する。
「運が回ってきたぞ。諦めムードだったってのに偶然俺が探してた奴に会えたからな、よしよし」
手を振り上げて喜びを顕にするコウリン。
何故なら、コウリンがわざわざこんな山奥を彷徨っていたのは、新要素の一つである必殺技を習得する目的があったからである。
ネイロやミルキーが現在手を離せなかった理由であり、職業毎にそれぞれ違う試練が課せられるが、無事乗り越えた際に習得する必殺技は今後の職業の価値や戦略を大きく左右すると言っても過言ではない。
「雑巾がけでも何でもするから教えてくれ」
当然、コウリンの決断には時間を要しなかった。
「ぬっふっふ……言ったなお主。一度イエスと言ったからにはどれだけ厳しくても泣き言ほざくでないぞ。ではついて来るがよい」
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名前:コウリン
職業:拳闘士
レベル14
HP 640/640(+100)
MP 640/640(+100)
STR:10(+80)
DEF:10(+60+65)
AGI:70(+50+25)
INT:10(+40)
LUK:10(+40)
未振り分けステータスポイント10
装備
右手:なし
左手:なし
頭:なし
体:茶帯柔道着上
脚:茶帯柔道着下
靴:骨王の戦靴
装飾品1:波動の指輪
装飾品2:なし
スキル
【ダブルパンチ】【トリプルパンチ】【投擲】【二刀流?】 【渾身の右ストレート】【回し受け】【クェイクキック】【パワーチャージ】
この世界で死んでも現実世界じゃ死なないって理由だけで死亡上等の気ままなプレイスタイルと化す奴




