拳闘士と負の面
なかなか独自のシステム
病院の地下には、人形相手に戦闘のリハーサルが行える特訓場が何故か併設していた。
病院の定義はとコウリンは疑問げになりそうだったが、迂闊に外で練習出来ない状況では都合が良く有り難い。
「こうやって人形の変身先を設定できるんだな。それならさっき俺を倒してくれたなんちゃらナイトにしてと。じゃあミルキー、やりたいようにボコボコにしていいぞ」
ひょろひょろとした白地の人形を、銀製の騎士鎧を顔まで包んだシュバルツ・ナイトに変化させた。
とはいえ元が人形なだけあって微動だにしていないので、心置きなく試行錯誤が可能だろう。
「では行くナノデース! パンチパンチパァンチ!」
ミルキーはたかぶるテンションに任せて鎧の中央から一心不乱に拳を振り続ける。
モンスターのステータスだけでなくダメージまでしっかり表記されており、鎧の堅牢さを忠実に再現しているようで、当たる度に0の数字が止めどなく表れていた。
「ヘイコウリンシショー、いえコウリン氏。わたくしがどれだけパンチしても駄目だということが分かりました。しかしそれ意外が全然分かりませんナノデス」
しょんぼりとしながら、痛みが走る手の節々を擦って労る。
それを遠巻きから眺めていたコウリンは、ミルキーの素質がどうこうよりも別に、ある変化に気づいていた。
「ありえん。ダメージに0が出るわけないはず……俺だって最初は1ずつ地道に削って戦ってたからな」
記憶を遡り、ダメージを全く与えられてないミルキーの様子を訝しげに窺う。
心当たりといえば、思いつく限りでならステータスポイントの割り振り方があった。
「すまん。一つ聞きたいんだがお前のSTRは装備込まないでいくつだ?」
「20ナノデスがどうかしました?」
「やっぱり変だ。そこ代わってくれ」
コウリンが先頭に躍り出て、トリプルパンチの連打で鎧を攻撃する。
前回は無我夢中で目に留めなかったダメージ表記。相手が防御や反撃を繰り出さないため、いざみてみるとどうだろうか。
「ダメージが8に落ちてるじゃねえか、ええ……」
10で決まっていたはずの下限が変化していたのだ。
「さすがコウリン氏! 姉貴! とても参考になるお手本ありがとうナノデス! それでは練習を再開します!」
「ああそうだな……。かくなる上はネイロ、あいつなら原因を知ってるはず」
悪寒を感じ取りつつある中、相談口となった有識者へと訊いてみる。
『コウリン、イベントで二位になって目立ったら拳闘士がナーフの対象になるに決まってるよ? その結果ダメージの下限値が1から0になったってわけ。だから聡明なねいろんちゃんはあえて入賞を避けるために敗退したんだ〜。注:単なる負け惜しみです』
「ひでぇ。戦力ダウンしてるじゃないかこれ」
コウリンの顔が青ざめる。
一撃の重みより間断ない攻撃を軸としたコウリンにとって、2減るだけでもダメージ効率に大きな差が表れてしまうだろう。
しかし、それに関しての救済措置は与えられている。イベントポイントの引き換えだ。
「今更殴りまくるスタイルを変えてもなぁ……こんな理由でポイント使いたくなかったが、決意が揺らぐ前に貰っとこう」
コウリンは目を瞑り、決定の項目を押す。
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称号≪せっかちさん≫を獲得しました
効果:与ダメージ+1
条件:装備不可能な武器を1ダースまとめて購入する(条件撤廃)
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100ポイントも払って元の強さを取り戻したが、たった今手に入れた称号は条件がそこまで難しくないので、称号名に別の意味で煽られているようである。
「ふうっ。いっぱい叩いて疲れたナノデス。わたくしの腕前はどうでしたか?」
「ああっと忘れてた。だが正直に結果を話すが、お前は素手が上達しないんだ。許してくれ」
「ガーン!? 今のでわたくしの底が分かってしまうとは、コウリン氏は人を見る目がカンストしてるノデスか!?」
「そ、そういうことだ。こればかりはマジだぞ」
思いのほか好意的に解釈してくれたので、胸を撫でおろす気分であった。
ただ、気まずい空気の中この後どう対処するかの計画はまるで無い。
なので対応策を必死に思考していたところ、逆転の発送に至る。
「そうだ、お前から剣を教わりたくなってきたなぁ! 図々しい頼みだけどよ、ここで会ったのもなにかの縁だし、イベント二位の俺に剣の腕前を見せてくれないか?」
コウリンは本意にないワードばかり口走っていた。
武器を装備できない職業とは伏せつつ、自分の順位を都合よく利用した発言をしたために、罪悪感が穴という穴から溢れ出そうであった。
「……剣の教授をご所望ですか。コウリン氏には世話になったナノデス。人前では披露したくありませんでしたが、ちょっとだけナノデスよ〜」
「あぁありがたや。お前が天使すぎて涙が出てきた」
自分の下らない発想に乗ってくれていたので、ミルキーを人間の鑑であると思い始めていた。
そうと決まれば骨の髄から集中力を絞り出し、目をかっ開いて見物する。
「レッツゴー!! 遠からんものはネームサウンドにも聞くナノデェス!!」
ミルキーが和洋混ざった掛け声を出すと、ゆっくりとした勢いで剣を引き抜く。
あまりにも遅く、それでいて腕力が込められていない。ただこれでもミルキーなりの居合いの技である。
「剣の道とは無念無想……ナノデス……」
そしてサメの歯のようなノコギリ状の刀身が現れ、無言と無心の精神力を乗せて切り払った。
「……な、なんだ。お前剣使えば普通に強いじゃねえかよ」
シンメトリーな双剣を用いた二振りの威力は、堅牢な守備力を誇るシュバルツ・ナイトの人形に決定打となるダメージを与えていたのだ。
「無事でしたかコウリン氏? PK起こらないとはいえ、とんだご迷惑をおかけしました!」
剣を納めてから直角に頭を下げる。
明るさ満点の彼女にしては、どうも怯えが混じっているような謝罪である。
何故ならその居合いの威力を味わう者は、理屈上ではコウリンにも例外ではなかったからだ。
ミルキーの横に薙いだ攻撃が、真後ろにいたはずのコウリンにも届いていたからである。
「いや、絶対死なないからこそ見知らぬ人間の近くに立てているのであってだな。まあ平気だぞ」
「ほっ。ベリーセーフなのです」
病院内なのでダメージは無しだが、ミルキーはずっと前を見据え正面のみに攻撃していたため、意外な方面からくる衝撃に多少たじろいでいた。
そして、ミルキーがどうして素手を学ぼうとし、だがそれよりも剣を使いたがらない理由が、鈍感ながらはっきりと掴めていた。
「お察しの通りナノデス。わたくし、こんな見境ない剣を使わざるを得なくなっている状態なので、何とかして剣以外の方法で生きて生きたかったノデス。これを見て下さい」
ミルキーから、己が持つ武器の性能を添付けられたメッセージが送られる。
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アイテム名:崩壊と全壊の片手剣
部位:右手
レアリティ:☆☆☆☆
効果:STR+300、DEF−50 AGI−50 INT−50 LUK−50 HP−200 射程距離+3 逆方向同時攻撃 【呪い・装備変更不可】
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「……おおう。性能に関して俺がどうこう言える知識は無いが、なるほど、この剣が外せないせいで素手の技術が欲しくなったってことだな」
辻褄が合わさったコウリンは頷く。
全く同じ剣を左手にも装備しているため、実質倍増している圧倒的な攻撃力こそ目を見張るものがあるが、その他のステータスは恐らくボロボロ。
しかもその攻撃力と攻撃範囲が負の方面にかけ合わさり、一振りすれば味方もろとも致命傷を与えてしまうのである。
「そうナノデス。超レア品だからと考えなしに装備したわたくしがいけないノデス。剣の性能のせいで……わたくし……」
彼女は剣を振るう行為に躊躇いが根付いていたのだ。
「そうだったか。デリケートなとこ見ちまってごめんな」
たとえ他のプレイヤーと価値観がずれていようが、コウリンは無神経な己の非を言葉にして詫びる。
ミルキーとてリスクを背負わされるジレンマに苦しんでいたのだろう。
そう心中を把握し言い終えた時。
「ソウ! 剣の性能のせいでわたくしのKLOライフがデンジャラスモードに様変わりナノデンジャラース!」
「……おい」
彼女のもの悲しげな雰囲気は一転し、落語でも始まったかのようなハイテンションと化した。
「ある日、二重にドロップした伝説そうな剣を装備! するとなんということでしょう! ウサギさんからもワンパンで死にーの、じゃあ惨ったらしく斬ってみれば仲間にもあたりーの、もうサイテー! そんなわたくしは、薄幸の美人ミルキーさんとお呼び下さいナノデス!」
「悲劇を喜劇みたいに言う天才だな。実は自虐ネタにでもするつもりじゃねえのか」
コウリンは肩を竦め、ネイロと同族の匂いがするミルキーの前向きさを見に染みて体感した。
そして、ステータス減少効果がようやく0:00となる。




