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つまらないが苦痛もない安穏とした光凛の一日

リアル回

苦手な方はスルー推奨

「朝っぱらからうっせえぞこの目覚まし、たまには気を効かせて静かに起こせねえのか」


 早朝五時、キルラオンライン界の新星は意思のない時計に寝起きからくる悪態をぶつけ、けたたましく鳴るアラームを止めて目を醒ます。


 仮想世界へログインするためではない。リアル世界にて、休日以外はやらねばならない労働のためだ。


「う、筋肉痛……夜遅くまでモンスター殴りまくったりしちゃいかんなこれ……」


 身体から発せられる信号からの苦痛に悶ながらも、食パン一枚のみの朝食を早々に終わらせ、即座に着替えて外出の支度を済ませる。


 ここまで僅か二十分。

 たった一人で家計を立てるため、自分の身体と相談して無駄を削減するのが得意分野であるが、その節約術は金銭のみならず時間にまで手を伸ばしていた。


「じゃあなハム酢豚、泥棒が侵入してきたら噛み付いてやってくれ」


 これから就寝せんとする夜行性のペットに出勤を告げ、筋肉痛により悲鳴をあげる身体をほぐし、勤務先であるスーパーへと向かった。


 しかし、これから力仕事や品出しといった己の長所に合致した業務は特に始まらない。

 適材適所の文字を浮かべながら、ただ上の者から担当を言い渡された業務につくだけである。



●●●



 正午過ぎ、前半の勤務が終了したため昼食と休息の時間に入る。

 予め購入していたコンビニで販売している安いおにぎり一つだけと、質素さの度が過ぎたメニューである。


「あら、光凛さんも休憩だったかしら?」


 堂々と隣へ座り込んだパートの主婦が、不純物のないスマイルで話しかけてくる。

 彼女はおそらく三十路はとっくに越しているはずの者だが、その相貌を贔屓目抜きで評するなら、まるで先月卒業を終えたばかりの新入社員のようである。


「今日も隣のレジからついチラ見しちゃってたわ。光凛さんってレジ打ちの几帳面さにかけては右に出る者がいないわねぇ〜」


「いや、几帳面さとかは意識してないぞ」


 コウリンは端的に切り捨てる。

 動物全般こそ許容範囲だが、同じ業務内の人間とのコミュニケーションは面倒くささが先に出るようだ。


「あとその無愛想なところと、ワイルドに俺って言うところをやめれば印象良くなるのに。そこのとこ惜しいわぁ」


「今日も大目にみてくれ」


 次の会話も同じ感覚で答える。

 ほぼ毎日言われ続けられているので、だいぶ前から光凛のお決まり文句という名の定型文となっていた。


「まあ残念! それなら対価として、光凛さんの腹筋を触らせてもらえないかし……」


「やめてくれ」


 相手の願望に対し、切実さを込めて言葉を挟んだ。

 光凛は、この者のわきわきとした手つきにある種の恐怖的な感情を覚えていたからである。


 その後は世間話をうんざりするほど一方的に聞きつけられたが、その行方は終了の知らせが鳴ったおかげにより、光凛の溜め込んでいだ窮屈さが溶解を迎えることとなった。



▽▼▽



 鬱憤をバレない程度に作業へぶつけていると、いつの間にやら夕方六時過ぎとなっていた。

 シフトの時間が終わり、本人にとって退屈だが苦痛はない至極平凡な一日が終わりに近づいてるのだ。


「ねえねえ光凛さん。あなたさえよかったらまたジャンガリアンちゃんの写真を……」


「ネットで探してくれ。俺は忙しいんだ」


 帰宅したところで用事は無いのはさておき、引き止めてくる者を冷淡な声色で一蹴する。


「連れないわねぇ。でも一人暮らしで疲れているんですものね。お疲れさま」


「それじゃ先に失礼するぞ」


 廃棄処分となる売れ残りのキャベツを荷物にし、挨拶と会釈を済ませ、普段通りの帰路を辿る。

 普段と違うのは、季節が夏であるため空は太陽の明るさが残っていた点だけか。


 ところが、その普段通りが裏目に出てしまったのが、公園の通りに差し掛かった時であった。


「あ! バスケの人だ!」


「マジでマジで!? お、マジだ!」


 小学生のグループが光凛の顔を見かけた途端、我先にへと集まってきたのだ。

 かつて通りへと転がったボールを光凛が投げ返したのが彼らとの馴れ初めであり、そのまま強引に押された末に一連の動作を披露してしまったのが悲劇の始まりだった。


「ねえバスケの人、またあのウルトラドリブルやってー」


「あの時みたいにこっからゴールまでポーンってボール投げてみせてよ」


「遣唐使と遣隋使は何が違うの?」


「僭越ながら、我々四人衆は来年から中学生へと進級致しますので、そこで開始される部活動に備えて技術の程をを粗方ご参考にして頂きたいのですが……」


 有象無象が隙間なく囲い、ガヤガヤとそれぞれ要望を言いたい放題していたが、光凛は怒りを堪えて冷静に言葉を放つ。


「このご時世でのボール遊びはいい加減にしろやんちゃ共、もう六時半だぞ」


「ゲ!? ホントだ! お前時計見てるってオレ言ったよな!」


「言われたとおりずっとみてたよ」


「じゃあ時間になったら言えよこのあほ!」


「でも言われたとおりずっとみてたよ」


 スポーツに夢中になり過ぎていた子供達が一斉に揉め出したため、光凛はその隙に退散し、何が何でも公園前は一生避けて通ると心に刻んだ。



★☆★



「あああやっべえ! ゴミ出すのうっかり忘れてた!」


 唐突に蘇った記憶に打ちひしがれながらの帰宅後、入浴はシャワーで完了させ、夕飯はバナナ一つで済ませる。

 毎日この食生活ではないがあまりにも質素で貧相、それでも光凛には事足りてしまうのだから不思議なほど燃費の良い体である。


「後やることは、ハム酢豚のケージ掃除だけだな。他は……あったなそういえば」


 昨日キルラオンライン内で体感した出来事を振り返り、スマートフォンの動画アプリを開く。


 光凛はグリードリヒ本人の前で、大それてはないがバトルロイヤルでの彼の動画を視聴すると宣言したため、正直にみる義理もないが何となく実行に移したのである。


「この動画のはず……低評価一万突破してるとかかなり荒れてるな……」


 一抹の不安を感じながら、一時間もの間グリードリヒの動向を眺めていた。


 彼はプレイヤーの気配を捉えたその瞬間から、狼のように射程距離内へと迫り、正確無比な動作で相手の首部を斬り飛ばしている。

 全国に発信する動画なので、あらゆる年齢層に配慮し流血は表現されていなかったが、ミスの無い挙動で屠る冷酷無比な戦いぶりはまさに圧倒的と称えざるを得ない。


「……やっぱガチの戦闘訓練積んでるんじゃねえかなこの人」


 動画を見終えた光凛は、非正規な手段を使ったと揶揄されるまでに圧倒的であるグリードリヒの強さを認めていた。


 そして、グリードリヒが激憤の増大した形相で放った言葉を復唱する。


「職や寝る間さえも捨て去ってリアルをゲームに注ぎ込んだ……か。そういうおとぎ話並に狂った奴もいるにはいるのか」


 光凛にとっては、どうしても分かりあえない志向であった。


 光凛がコウリンである世界でのイベントでは、敗退する者の屍を乗り越えて栄えある二位を勝ち取っている。

 当時の光凛は勝ち負けや成果など眼中になく、他の誰かと競合する高揚感や、自由に拳を振るえる開放感が目的だけでありながら充分楽しめていた。

 だが良くも悪くもそれ以外には何もなく、志半ばで敗退した仲間を見ても、二位の証や大金の域に入るほどのゲーム内通貨も得ても、これといって何も感じていなかったのだ。


「どれだけゲームで名誉を掴んでも、ゲームで逃げられるリアルなんて無いのになぁ」


 そう呟き、型落ちの扇風機を起動させる。


 今の光凛では、仮にデータが消滅したとしても、何も感想も抱かず普段と同じ日常に戻るだけかもしれない。リアルを重んじる観点からすればそれはそれで言うこと無いのだが。


「俺ってなんでキルライをやってたんだっけ? 夏冬のためでいいんだよな……いや、なんかそういう系の根本に関わりそうな疑問はよしてもう寝よう」


 そして、粘り強く残っている筋肉痛から身体を労るため、本日はキルラオンラインを起動させず、一掃除終えてから布団に入る。

 体調が優れない日は寝るに限る。光凛の編み出した無料で行える対処法だが、効くかどうかは光凛に近いサバイバル精神を持つ者だけだろう。


「そういや公認プレイヤーって生放送に出演して金貰えるって話ネイロから聞いたな。なら次そんな機会があったら目指してみるのも……絶対バイトと両立できねぇ」


 寝入るまで光凛はゲームで得られ役立てられる物が思い出以外にあるのかとひたすら思案し続けていた。


 そして次の日になれば、結論づけるのが忘却の彼方となって、また満足感を満たすためにログインするのである。

ゲームの中で天下を得たとしてもリアルだけを尊重する奴なんよなコウリン

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