拳闘士は女のコ
三日後、宣言通りログインした通知が届く。
「きたきたきたぁ! 意識してるみたいな言い方になっちゃうけど、ねいろんちゃんすっごく待ち遠しかったよ〜」
ネイロは喜び勇んでコウリンへ『食べながらでもいいから噴水広場の前で待ってて』と速攻で連絡する。
噴水広場は、広く目立ちやすく位置も分かりやすいと三拍子揃った利便性により、プレイヤー間では王都内では集合場所として最も利用されているのだ。
サービス開始三日目では閑散としていた王都セカンピニオンも、今では有志の手により安全な交通ルートが確立され、レベル関係なく数多くのプレイヤーが行き交う主要都市となっていた。
つまり、相対的にあまり善くない輩が増える計算になる。
「あのダサい格好の奴は……ネイロン! ヘッヘッヘ、ここで会ったが百年目! 今日という今日こそはあんたをだな! え」
「はい炎魔法ズドーン。私のオシャレ課金装備にケチつけないでくれる?」
「ぶへっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
因縁つけてナイフを取り出した謎の男をウェルダンな火力で炙り倒す。
ネイロ討伐隊の殆どは目的が風化したせいで解散したとはいえ、恨みが根強く残って復讐鬼と化した者もまだ点在しており、その上どういうわけか性的な目線で見てくる厄介な者まで急増したため、PK行為から足を洗いたい彼女としてはくつろげる暇もありはしなかった。
「周りのお兄さんお姉さんたち〜急に魔法使って驚かせちゃってごめんね。でもまた驚かせちゃうかも」
一息ついたその時、ネイロはとある知人特有の気配を察知した。
うっとりするほど心地よく、しかし何故か凍てつく寒さも同居したような独特の気配だ。
「リリーちゃ〜ん! こっちこっちだよ〜」
ネイロは手を振って呼びかける。その者へ声でよく分かるように。
「遅刻しちゃってごめんなさいネイロちゃん。髪が目に入り込んでいたから前が見辛くて見辛くて……ウフフ」
「ハロハロ。集合時間ピッタリだから大丈夫だよ〜」
まるで心許せる友達のようなゆるいノリで挨拶を交わす二人。
実際、ネイロにとっては目の前にいるリリーというプレイヤーネームを持つ女性こそ数少ない友人であるからだ。
目が隠れるほどの長さがある前髪にノースリーブの白いワンピースと、ネイロとは対照的に地味な出で立ちであり、本人曰く客観的な目線でも明るく見えるよう清潔感には気を遣っているのだとか。
「大丈夫じゃないわ。ネイロちゃんとの待ち合わせ時間は一時間以上前に着いてなきゃクビをかっ切っても償えないもの……。ワタシも……あそこの人も……フフ……」
尤も、リリー自身のどこか不安定な声色とおどろおどろしい雰囲気が、見事に根暗な印象に変貌させてしまっているが。
「そんな大げさだよ〜。このねいろんちゃんは時間にうるさくないから、何時間遅れたとしても待ってあげちゃうよ!」
ネイロは彼女の個性は何一つ責めたり貶したりせず、逆に自分の懐の広さをアピールするまでになった。
「あぁ……これよこれ、明るく健気で内に秘めた優しさがネイロちゃんの一番かわいいトコロ。ワタシの虚弱な身を捧げても惜しくないと決めちゃった女のコ。ネイロちゃん、ネイロちゃん、ネイロちゃん、スキ」
「えへへ〜。なんかこの前よりセリフ回しが重くなってるけど照れちゃうよ〜」
微かな声量で名前を連呼されたが、褒められるだけで承認欲求が刺激されるネイロは、僅かに本音を漏らしながらも八重歯を覗かせ微笑む。
「さあ、はやくいきましょう、ネイロちゃんの紹介してくれる女のコもいっぱい愛してあげるから。あぁんっ! 興奮しちゃって胸の高鳴りが止まらない……ネイロちゃんに鎮めてもらわなきゃ……」
「ふゎ? 私に鎮静剤みたいな効果はないよ。ひゃん!」
ネイロは突然冷たい感触に絡みつかれ、艶っぽい悲鳴をあげる。
衣装越しであるが背中や腹部をまさぐられるように襲われたため、その部位に視線を落としてみれば、大方の予想通りリリーの腕がネイロの身体にぴったり密着させた仕業であった。
「あの〜リリーちゃん? こんなに距離が近いと歩き辛いというか、ちょーっと変な誤解されちゃうというか……」
懐いた犬のように離そうとしないリリーへ、オブラートに包んで言った。
「あらあら、女のコと女のコがくっついてどこに誤解されるようなことがあるのかしら? それにネイロちゃんの脚がちぎれて歩けなくなっても、ワタシがずっと寄り添ってあげるから……。はわぁ……流れ出る汗もいい匂いぃ……」
「ウソ!? 私汗っぽかった!?」
ネイロの無防備な首筋へ、すんすんと鼻を動かして言っていた。
恍惚とした表情と愛慾にまみれた行動通り、彼女は女のコ博愛主義者と自称する歯止めの効かない人物であり、現在はキルラオンラインのサービス初日で知り合ったばかりのネイロにぞっこんであるのだ。
「じゃなくて! あ〜もう特別に百合営業ってことにするから行こ行こ。いつまでもコウリンを待たせてたら私の責任になっちゃうしさ」
「ネイロちゃん♡ スキ♡」
周囲の人間から「百合っぷる」「尊い」と拝まれている異様な光景を他所に、脚同士も絡ませ頬と頬を密着させているリリーの押しに根負けし、足がもつれな転ぶ心配だけに思考を絞りながら噴水広場へ向かって行った。
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「これから会う人はコウリンっていう人だけどさ〜、リリーちゃん平気かな? 言っちゃなんだけどその人女性なのにかなりの曲者だからカルチャーショックみたいなの受けちゃうかも」
「ウフフ、へいきよ、女のコはたとえおばあさんになっても女のコだから。コウリン……カワイイ名前」
「うん、幸せそうだね……」
ネイロの語気からは覇気が消え失せていた。
程なくして、リリーの低体温の肌にだんだん安心感と気持ちよさを見出してる自分に悔しながりながら、ようやく水が通っていないエコな噴水広場へと到着した。
「コウリーン! あれから三日ぶりだけどその間平和だった? 憑かれたりとかしてない?」
ネイロは来て早々軽口を放つ。それより今にも獣のように跳んでかかりそうな人物の性格上、軽口でも叩いてなければやってられないだろう。
「キャハーーー!! コウリンって女のコがすぐそこにいるのね!? うふふふふ……いいわいいわぁ。ネイロちゃんがヤキモチ妬いちゃうくらい、いっぱい愛してあげ……あげ……」
「どしたのリリーちゃん。時間が止まったみたいに空中でフリーズして」
リリーは前髪の隙間から眼球を覗かせて跳躍したものの、美的観点から都合よく組み立てた妄想から乖離した現実を見てしまい、ガタリと自尊心が喪失する。
何故ならコウリンの相貌は、帯やサイズが斜めにズレている柔道着に、おあつらえ向きに履いているは骨をデザインした禍々しい靴、それに贔屓目に見ても整っていない不揃いな顔つきだったからである。
片手に持つはカップラーメンと、どこで入手したか小一時間問い詰めたくなる食べ物を割り箸ですすっており、これを女性と評するのは流石のリリーにも厳しかったようだ。
「う……うう……まだよ! だって女のコはたとえ下衆たゴブリンみたいに醜くなる呪いをかけられたとしても、心だけはかわいい女のコのままなんだから……!」
「およよ、リリーちゃんが立ち上がった。すごいすごい」
ポリシーが折れる寸前でも不死鳥の如き精神力で膝を持ち上げる。
そんな劇画めいた一人芝居に、前々までコウリンの内面を間近で体感していたネイロは、雑な加減で称賛を贈る。
一連の流れを他人事のような顔をして眺めていたコウリンは、すっかり忘れていたネイロの顔を思い出し終えたようで、食事以外では閉じていた口を開いた。
「いたのかネイロ。なあ聞いてくれよ、朝歯を磨いてたら口の中にカナブンが突っ込んできて大慌てだったんだぜ。でもどうせ歯磨いてるし噛み潰してみるのも有りだったかもな」
そのコウリンにとって何気ない発言により、メンタルが瀕死であるリリーへ無自覚にトドメを刺した。
「うぎゃああああああああああ! どうして女のコと認めたくなくなっちゃうのおおお!! どうせワタシなんて女のコ博愛主義者を名乗る資格のないワガママで愚劣で最低な噛ませ犬ポジションなんだわあああ!! ぐふっ!」
健気に立ち向かっていたリリーは一転卑屈となり、その場で盛大に血吐して再起不能な状態となる。
一方で麺をすすり終わったコウリンのリアクションは、スープを腹に納めているだけであった。
「腹はふくれんがごちそうさん。で、誰だったんだこの貞子みたいな人」
「この前話した会わせたかった人。失神しちゃってるけど別に些細な問題だし、さっさと大事な用を話すよ〜」
「どう見てもぶっ倒れてるのに普通に進行するのかよ」
作者の百合書きたい本能VSコウリン




