拳闘士とボスモンスターその1
ネイロが一人うなだれている頃、コウリンの目の前には、図体が人の倍はある巨大なモンスターが悠然と佇んでいた。
重厚な鉄鎧で顔以外を纏い、身の丈と同様巨大な両刃の剣を控えたガイコツ型モンスターである。
「――それ故に我は創造神によりこのダンジョンの守護者に任じられ、永きに渡り我の膨大なる魔力で秩序を保ち、そこからなるべくして……」
くどくど口上を述べている真っ最中であるこのモンスターこそ、この白骨の洞窟最深部で鎮座するボスモンスターのボーン・ロード。
肉体が腐り果て骨だけになってもなおダンジョン最深部にてプレイヤーを待ち受け、己の構える拠点に訪れた者は例外無く挑戦者と認識する。怒りの沸点の低さが玉にキズだが武人然としたボスモンスターだ。
この堂々とした精神を象徴するように、土作りの部屋は広く縦に円筒状に伸びてあり、出入口はボスモンスター特有の魔力で封鎖され、平坦で一切の障害物が無い造りである。
だが、肝心のコウリンはそっぽを向き、返信の来ないチャットに苦戦していた。
「んー、ネイロのやつ、踏んだらダメなやつは踏むなって前もって言ってくれればよかったんだが、あいつ実は知ってて教えないスパルタなタイプなのかなぁ……」
モンスターが喋っている旨のメッセージを送って以降、ネイロはだんまりを貫いていたために、戦っていいのか親睦を深めるのかを迷っていた。
相手はボスでありモンスターなので、よくある種族を越えた友情のような清い仲は深められないのだが。
「……そこで覚悟の素晴らしさを見届けた余は……おい貴様、上層から降ってきて妙な奴だとは感づいていたが、一体何をごちゃごちゃとやっている。こっちを向け」
ボーン・ロードは口上を中断してこちらに集中するよう促す。
このモンスターにとって、怯えから顔も合わせたがらないプレイヤーは数多くいたが、コウリンのように聞く耳さえ持たない者は例になかったからだ。
「悪い、なんか俺のフレンドが返事よこさないから好きに喋りながら待っててくれねぇか」
今回やってきた挑戦者は全く物怖じしていないどころか、逆に指図するまで肝の座った様子である。
無論、ボスモンスターにとっては腹立たしいこと極まりなく、剣を握る篭手に否応無しに力が込められる。
「ぬぬぬ……その言、侮辱と意味して構わぬな!」
「おっと、こいつカンカンに怒り出してるぞ? やっぱりモンスターには言葉が通じても話は通じないか」
「どの口がほざく! 十秒以内に戦闘の支度を整えるのだ!」
たとえ言葉が通じても戦闘への道は避けては通れないとコウリンは脅迫的に知らしめられる。
何故なら相手の剣がまさにコウリンの真横、少し動かすだけで首が飛ぶ位置であったからだ。
「おお、すっげえなお前、こんなバカデカい剣を軽々振り回せるとかリミッター知らずなパワーがありそうだな」
尤も、コウリンは現実ではお目にかかれない巨体の力強さと圧迫感に感心していただけであったが。
「あと四秒。まさかとは思うが、武器を持たずに戦うのではあるまいな」
いよいよしびれを切らす寸前であるボスは、コウリンの不真面目な態度から来る憤怒を正々堂々のポリシーで抑えながら最善の武器を装備をするよう言葉で促す。
「準備って言っても、元からこのダンジョンに入った時から整えてあるぞ。なんてったって徒手空拳こそ俺が誇る最強の武器だ。的な? のわわわっ!?」
「面白い! ここまで根拠の無い自信に満ちた挑戦者は貴様が初めてだ! その思い上がりを斬り捨ててやろう! フンッ!」
風をも吹き飛ばすボスの横薙ぎにより、戦いの火蓋が斬って落とされた。
「あたまに警戒してなきゃお陀仏だった……。くっそ、十秒きっかりに攻撃してくるなんて血が無いのに血の気が多い奴だな」
「フン、素早さはあるようだな。しかし侮られたまま逃げに徹せられれば守護者の名折れ、これより手加減はせぬぞ!」
紙一重の差で命中しなかったボスの攻撃、だがニ撃目が直ぐに実行される。
その時であった。
『やられてないよねコウリン! まずここのボスモンスターはまだ誰もソロで討伐されてないっていう私でも倒せるかわかんないボスだけど、この天才軍師ネイロンちゃんの簡単完璧な指示に従いながらやればワンチャン行けるからチャットは開いたままにしてね!』
待ち望んでいたネイロのメッセージが届いたのだ。
おそらく長文を打ち込んでいたために今頃になったのだろう。
「いや遅すぎだぞネイロ、流石に集中したいしチャット非表示にするからな」
相手の一振りを横に躱しつつ、比較的理解可能な理由で頼みの綱を自分で切る。
ボーン・ロードのポリシーに感化されては無さそうだが、これで邪魔の入らない真剣勝負となった。
「またしても避けるか。猿のような身のこなしがいつまで持ち堪えられるか見物であるな」
両手で扱うような大きさの剣でありながら、力量を見せつけるように片手だけで何度も胴を狙って袈裟斬りを続けるボス。
「あっぶないあぶない、デカいから動きが鈍いと思ったがそんなことねえじゃんか。神経使ってでも絶対に避け続けないといけないらしいな」
コウリンは持ち前の運動神経を駆使し、攻撃のパターンが把握出来るまで回避に徹すると決める。
こんなにも想像を遥かに上回る速度で振るわれれば、いざ闇雲に攻め込もうとしても付け入る隙が見当たらなくなってしまうからだ。
「よっと。ほいっと」
そこから延々と走りながら見切り続けているが、もし一回でも運が悪ければ見るも無惨な形でサドンデスしてしまいそうである。
「軽薄な口を叩けぬよう葬ってやる。余に単身で挑んだ命知らずの挑戦者と同じくな。フンッ!」
「刻まれてたまるかってんだ。だけど今しれっと掠ってたな、セーフ」
相手の剣戟に合わせて回避行動を取り、とにかくダメージを受けないように集中する。
時には仰け反ってでも攻撃を逸らし、また時には軸足を捨て手を地べたに付けるほど体制を崩してでも躱す。
果てしなくとも続けるのみだ。
◇◇◇
「こんだけ気合い入れて運動するのは久々だ。健康にはまあいいかもしれんけど……明日筋肉痛になって当然だなこれ」
コウリンは心の愚痴がポロリと口に出る。果たしてコウリンは何度神経質に回避しているだろうか。
それに長時間ノーダメージだったとはいえ、疲労はじわじわ蓄積し、咳き込むほどに呼吸が苦しくなってもいた。
「持久戦に誘い込んだらしいが、己の首を締めるだけの愚策となったな、挑戦者よ」
その消耗具合を見抜いたボスは、長引いた勝負に終止符を打つため、上段の構えから一思いに潰そうと振るう。
これにて、ボーン・ロードの無敗記録にまた一ページが追加され、彼は挑戦者を待ち受ける日々に戻るだろう。
「フハハ! ちょこまか避けるのみでは勝利は夢のまた夢だったな! …………ぬ? い、いない!?」
ところが真一文字に振り降ろした一撃に手応えが無かったと思えば、コウリンの姿がどこにもいない。
「油断していた、左だな!」
「連続ダブルパンチ」
コウリンは最小限の動作でボスの側面に忍び寄り、放てる限りのスキルを交えたラッシュを放つ。
何度も見切っている内に眼が慣れてゆき、攻撃の先を読めるようになっていたために余裕を持って避けつつ、こちらが肉薄するまでの時間を生み出せたのだ。
「ほほう、威力ではなく速度に重点を置いた打撃、そして拳そのものが当たる前に何かの方法で届かせているらしい。なるほど、素手が最強の武器とはあながち虚勢ではないようだな」
コウリンのスキルを鎧で受け止めながら分析する。
パンチを食らった剣や鎧にはじわじわとダメージが入っていたため、ボス自体に当たらずとも防戦一方の戦況からは脱却したと言えよう。
「ん? 俺そんなこと言ったっけ? 俺よりネイロの魔法が圧倒的に強そうだけどな」
「いいや! そんな矮小な事はどちらでも良くなった! 貴様の連撃には覚悟が欠片も伴っていなかったからだ。余との決着を遂げたいならば、地獄をも乗り越える覚悟が必須! 食らえッ!」
一方的に喋った後に剣を縦に構え、短距離のみ突進してコウリンを虫のように吹き飛ばす。
「こんな技も持ってるのかお前、いってえ……」
斬られてはいないがまともに直撃したため、満タンを保っていたHPが少し減らされた上に壁に叩き付けられる。
「斬撃の動きが覚えられたのなら、次は刺突で貫くのみぞ。覚悟無き挑戦者よ、くたばれいッ!」
鋭い切っ先をコウリンの顔にロックオンし、烈火の如き勢いで直線に突き刺し続ける。
「こりゃ当たったら絶対痛いヤツだ、容赦ねぇぇ……」
瞬時に近づいては離れる激しい剣先を避けようとしたコウリンの背面はいつの間にやら壁、ボスの宣言した通りまさに逃げ道の無い地獄である。
万事休す。
その四文字がふわっと浮かんだ瞬間、ようやく散々逃げ回った労力が分かりやすい形で報われたのだ。
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レア称号≪軽やかに舞う≫を獲得しました
効果:攻撃を回避した戦闘中のみAGI+20
条件:ボスのモンスターからの攻撃を100回連続で回避する
レア称号≪チャレンジャーの化身≫を獲得しました
効果:装備無しの部位一つにつき全パラメータ+10
条件:両手装備無しでボスモンスターと戦闘を長時間続ける
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「……この土壇場でプレゼントとか焦らすの好きすぎだろ。だけども、まだ逆転勝利はいけそうな範囲になってきたぞ」
相手の力量の上を行く術を身につけられそうな称号の効果を見て、コウリンは額に汗を浮かべながら安堵し薄れてきた戦意が向上されてゆく。
多数ある称号の中には物によってはボス戦のみで手に入るケースもある。それらはレア称号と呼ばれ、相手が雑魚モンスターとは違う分、獲られる恩恵も比ではない程に絶大であるのだ。
どうすりゃ勝てんねん




