喫茶店
異世界の喫茶店で巻き起こる日常のような非日常のようなお話です。
肌に合わないと感じた方はブラウザバック推奨。
よろしくお願いします。
カランカラン、と心地の良いドアベルの音が店内に鳴り響き、本を読む手を止め顔を上げる。
「いらっしゃい、よく来たね。」
仕立ての良い深緑色の外套を着て、顔を隠すようにフードを深くかぶっている客に声をかけ、水の入ったポットに火をかけた。
紅茶の葉を用意をしつつ、店内へ足を踏み入れた客が驚いて止まっているのをちらりと横目で確認して。
「(......数分は動かないだろうな。)」
なんて予想を立てながら、扉を開けたまま動かない客を眺めて私は苦笑した。
初めてこの店に入った人は皆同じ反応を見せる。
ファルティア王国・王都ミレスタ。
沢山の人で溢れ賑わっているこの街の中心部.........の路地裏にあるこの喫茶店は、あまり人に知られることなくひっそりと存在している。
4人掛けのテーブル席が2セット。
2人掛けのテーブル席が3セット。
カウンター席には椅子が6脚。
一見こじんまりとした喫茶店のようにも思えるが、この店には普通とは大きく異なった部分が存在している。
「......お客さん、そろそろ座ってはどうかな?」
「あ、ああ、すまない。」
先ほど入店した客に声を掛け、席に着いたと同時に紅茶を差し出しながら考える。
「(このお客さんは何を注文するのかな?)」
久しぶりに条件を満たした客が来店し、その顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。
*****
大通りの様子が伺える窓際の席に着き、出された品の良い紅茶に口を付ける。
「この店は...何の店なんだ......?」
意図せず口から零れ落ちた疑問に、白髪混じりの髪の店主らしき男性が「喫茶店ですよ。」と答えた。
知りたかったのはそう言うことではないのだが、と思いつつ「そうか。」と苦笑しながら店内を見回す。
50歳は超えているだろう。
白髪混じりの髪を後ろで一つにしっかりとまとめ、そのシャツやベスト、腰に巻かれたエプロンでさえ触らなくとも一級品であることが分かる。
さらにひとつひとつの所作から滲み出ている品格。
「(おそらく隠居した貴族か、貴族の元執事ってところだろうな。)」
...何か妙な魔法も感じるが恐らく気の所為だろう。
店主らしき男性の推察をし終え、きょろきょろと店内を見ては思考に浸る。
......改めて、観察すればするほどこの店に対する疑問が膨らんでいく。
天井には見たことのない形の灯の魔道具が、等間隔にいくつも吊り下がっている。
そしてこの灯の魔道具と、デザインを統一して作成されたのであろう高級そうな家具やカウンター。
『ご自由にお読みください』なんて書いてある立て看板とともに、壁一面に敷き詰められた本の量もその種類もおかしい。
…恐らくだが魔道書の、しかも一冊で豪邸が立つほどの値段の魔道書も何冊か紛れ込んでいる。
だが、一番おかしいのはこの窓。
この立地からは到底見えるはずのない活気溢れる大通りが伺える、この窓が一番おかしな点だ。
たしか、この店の入り口は路地裏の、しかも少し入り込んだところにあった。
大通りなんて見えるはずもなければ、この窓枠の位置すらおかしい。
表情には出ていないだろうが、短時間でここ一年分の驚きを濃縮したような、そんな感覚を覚えた。
きょろきょろと店内を見ては思考に浸る俺の様子を見て、くすりと笑みを浮かべる店主が言った。。
「お客さん、ご注文は如何致しましょうか?」と。