トキタマvsムラサキさん。
「さあ、お姉さんが背中流してあげる!」そう言うとジチさんが僕の左腕を掴んで僕を湯船から引き揚げた。
僕は慌ててタオルで隠す。
「お姉さんなら大丈夫だから気にしないの」
何を言って居るんだ?僕が気にする。
「さー、お姉さんが感謝の心を込めて洗うわ…、やだ何これ!?」
ジチさんがいつものからかうような言葉をやめて驚いている。
どうしたと言うのだろう?
「この腕、何ともないの?平気なの?」
腕?
僕はジチさんの視線の先にある左腕を見る。
左腕、肩口から肘にかけて真っ黒になっていた。
何だこれは?
「まさか毒竜にやられたの?何で今まで黙っていたの?痛くない?」
矢継ぎ早にジチさんが聞いてくる。
さっきまでの明るい雰囲気はない。
僕自身は痛くもなんともない。
「ちょっと、ドフ爺さん!何で黙っていたのよ!」
「俺は今の今まで一緒に居たけどこんなの無かったぜ?」
「え?」
なんか大変な空気になっているが、当の僕には大変さが伝わらない。
実感がないのだ。
「大丈夫ですよ、ほら動くし、痛くないし。それより恥ずかしいです」
そう言って僕は腕を動かして、手を握ったり開いたりをした。
「そんな、普通じゃないわよその腕?
毒竜の攻撃とかじゃないのかい?」
毒竜の攻撃?
あれ?そんな攻撃を食らったかな?
確かに尻尾は何回か食らった気がする。
でも、それは跳ぶ前で今じゃない…
「大丈夫、確かに腕には何回か攻撃を食らったけど、今の時間じゃなくて前の時間…」
前の時間…今じゃない。
今じゃない。今じゃない。
前の時間。前の?前…今じゃない。
おかしい。考えがまとまらない。
頭が痛い。
「ちょっと!?キヨロスくん!??ねえ?」
「まえの…じかん…いまじゃ…。ちが…う」
「しっかりして!!」
ジチさんが必死な顔をしている。
ジチさんが揺れている。
「大丈夫か!?」
ガミガミ爺さんが駆け寄ってくる。
ガミガミ爺さんも揺れている。
「ぼく…はだ…大丈夫…みんなこそ…大丈夫?」
「キヨロスくん!!」
フィルさんも駆け寄ってくる。
フィルさんは恥ずかしがっていたのにタオルで隠すこともしていない。
僕はこんなときに何を気にしているんだろう?
あれ?毒竜の攻撃のこと、左腕のことを考えていないと考えが纏まる。
左腕…なんだっけ?
フィルさんも揺れた。
フィルさんの…が揺れるのは毒竜のせい?
毒竜の攻撃?攻撃?そんな攻撃?あったかな?
「フィルさん…揺れ…てるよ…毒竜…毒?大丈夫?」
「揺れてるのはキヨロスくんよ!!」
「え…?」
僕はその声を最後に目の前が真っ暗になった。
目の前に天井。
「僕は…?ここは?」
ここは布団だ…
僕はなんで寝てしまっていたのだろう?
覚えていることを思い出す。
風呂場でジチさんが壁を取り外して男性側に入ってきて身体を洗ってあげると言ったところまでは覚えているのだが、そこで気を失ったようだ。
「恥ずかしい、のぼせたのかも知れない」
起き上がってここが何処かを見てみる。
見覚えがある。
昼間、僕が掃除を手伝ったガミガミ爺さんの家だ…
すると、僕はお風呂場でのぼせた後、ガミガミ爺さんにここまで運んでもらったのか?
申し訳ない…
しかも服も着せてもらっている。
ベッドルームを出て先程食事をした部屋に行く。
「キヨロスくん!大丈夫?」
フィルさんが心配そうに駆け寄ってくれる。
「小僧、寝てなくて平気か?」
ガミガミ爺さんまで心配してくれている。
僕はそんなに酷い顔なのか?
先程、夕ご飯の時に僕が座っていた場所にはムラサキさんが居た。
トキタマは窓辺でこちらを見ている。
「キヨロス、大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど恥ずかしいです。
お風呂でのぼせてしまいました」
「……そうですか」
「ガミガミ爺さん、すみませんでした。まさかのぼせるなんて思ってなくて」
「あーん?気にすんな。疲れてたんだろ?それにあの姉ちゃんが恥ずかしげもなく壁を取っ払ったのが原因なんだからよ」
あれ?そう言えばジチさんが居ない。
「ジチならおじさんの所にキヨロスくんがのぼせてウチにいるって言いに行ってくれたわ」
悪い事をしてしまった。
「フィルさんもゴメンね。恥ずかしかったよね。僕、湯船から出ていた所しか見えてないけど嫌だったよね?」
「え?ええ、恥ずかしかったわ。でもそれはジチがやった事だから気にしないで」
そうは言うが顔が曇っている。
「フィルさんは今悲しい顔しているよ?
僕には跳ぶ事しか出来ないけど、もしフィルさんが恥ずかしくて無かったことにしたかったら僕、跳んでジチさんとお風呂で会わないようにしてくるよ?そうすればフィルさんは恥ずかしくないよね?」
「お父さん、それはいい考えですねー。お姉さんの為にも跳んであげましょう!」
トキタマが窓辺から僕の肩に飛んできてそう言う。
「ダメ!!!」
フィルさんの叫び声で部屋がシーンとした。
フィルさんがこんなに大きな声を出すなんて思わなかったから僕は思わず驚いてしまった。
「小僧、あれは事故だ。フィルもそうだな?」
ガミガミ爺さんが怖い声でそう聞いてきた。
「でも、ガミガミ爺さんも嫁入り前の娘が肌なんて晒すなって言っていたし、フィルさんも恥ずかしかったし、僕がちょっと飛べば…」
「そんな必要は無い!」
明らかに怒気を含んだガミガミ爺さんの声。
「あのね、キヨロスくんはお風呂でのぼせるくらい疲れているんだから無理しちゃダメよ。私はこれ以上キヨロスくんに無理して欲しくないの。
明日には村を発つんでしょ?
私なら大丈夫だから、ね?」
「お父さん、お父さんが跳びたければ跳べばいいんですよ?」
トキタマが僕に話しかけてくる。
「させません」
ムラサキさんがトキタマにそう言う。
トキタマは口汚く猛反発している。
「跳んじゃえばこっちのもんですー」
「私はフィルの記憶を守ります。
それなら跳んだ先でもフィルは出来事を忘れずに居ます。そうしたらこの行動は無駄になりますね」
ムラサキさんも怖い声でそう言っている。
「ババアにそんな事…」
「出来ないとでも?
それ以前に貴方が自分以外のアーティファクトの事を全て知っているとでも?」
もし、ムラサキさんの言う通りなら跳んでも無駄になる。
確かめるには跳ぶしか無いが、もしムラサキさんの言う通りなら跳んだ先でフィルさんに怒られてしまうだろう。
「トキタマ、やめよう」
「えーーーーっ、残念ですー」
「それでいいのよキヨロスくん。無理になんでも変える必要はないの。恥ずかしいけど私がキヨロスくんに見られたのは運命みたいなものよ」
フィルさんが優しく諭してくる。
そう思ってくれるならこの話は解決だ。
「小僧、お前の力だけじゃどうにもならねえ事もあるんだ、無理になんでも抱え込むんじゃねえ。それよりもフィルに悪いって言うならお前がフィルを嫁にもらうか?」
「お爺ちゃん!!」
フィルさんが真っ赤になってガミガミ爺さんに何を言っているの?と詰め寄っている。
「フィルもそれが嫌なら、これは事故で終わりにしろ」
「わかってる」
フィルさんはそう言うと、僕にお茶を出してくれた。
このお茶を飲んだらおじさんの所に泊まりに行こう。
多分、僕のせいでガミガミ爺さんもフィルさんも…ムラサキさんも怒っている。
最後の夜がこんな形なのは勿体無いが仕方ない。
お茶を貰っているとガミガミ爺さんから朝一番に「鎧を受け取りに来いよ」と言われた。
怒っていても鎧はくれる辺りがガミガミ爺さんらしい。義理堅い人なのだ。




