彼女の事情。
「あっ!?」
そう言うと彼女は手に持っていた桶を川に落としてしまった。
少し下流に居た彼女の母が桶を受け取って声をかける。
「どうしたのリーン?」
「ううん、なんでもないの。ごめんなさい」
そう言うと彼女…リーンは母親から桶を受け取る。
またこの時間だ…。もう3回目だ…。
昨日は昼過ぎに2回ほど跳んで戻された。
その時たまたま彼女は部屋に1人で居たので誰にも気づかれなかったが、今は母親と一緒に川に水を汲みに来ている。
さっきも水を汲む直前に跳んできた。
その後、水を持って村の広場を抜けて家まであと少しと言う所でまたここに跳んできた。
時間にすれば十数分と言ったところだ。
「リーン…顔色が良くないわよ。あなたもしかして?」
母親が娘の異変に気付く。
「なんでもない。なんでもないの。大丈夫だから、お水汲んで早く帰りましょう?あまり長居をすると兵隊が来ちゃう」
そう言って彼女は立ち上がる。
「待ちなさい!」
母親が強い口調でリーンを呼び止める。
「だから大丈夫…」
「キヨロス君が跳ぶ時にあなたも跳んでいるのね?
あなた、今何回目なの?」
「そんなんじゃ…」
「嘘は言わないで、お母さんはあなたの母親よ?
おかしいのは見ればわかるわ。
あなたからキヨロス君に頼んだのね?」
「違うって…」
「誰にも言わないって約束でもしたの?それで一緒に跳ばしてもらっているのね?」
母親は鋭い。
最後の夜、一緒に散歩をした際も私はもっと長い時間をキョロと居たくて何回も跳んだ。
キョロは私の姿を気に入ってくれていて、何回も私の家の前で私の事を待ってくれた。
あの時もお母さんにはすぐにバレていたし、お父さんにもバレていた。
「ちが…」
「それならそれでもいいわ。そうやって約束を守り抜くのもいいの。でも何でそんな無茶な事を…一緒に村に居る時は跳ぶ事がわかるから身構えられるけど、今は遠く離れていていつ跳ぶか、なんで跳ぶかもわからないのよ?」
「…」
隠し通せない。
段々とそんな気がしてきた。
「もし…、もし仮にそうだとしたらお母さんは私を責める?キョロを責める?」
つい、弱った心が声を発してしまった。
「いいえ、責めないわ」
驚いた。許さないわと言うかと思っていたのにお母さんは責めないと言ってくれた。
私はその言葉が嬉しくて泣いてしまった。
「ただ、ただね。
お母さんは「仮に」でいいから、リーンがそこまでする理由を聞かせて欲しいと思っているわ」
今ここで私がお母さんに打ち明けたらキョロは怒るだろうか?私の事を嫌いになるだろうか?お母さんとお父さんはキョロを嫌いになるだろうか?キョロのお父さんとお母さんは申し訳なくなるくらい謝ってくるだろうか?
様々な考えが頭の中でグルグルと回っている。
お母さんはそこまでわかっているのか…
「大丈夫、仮にそうだったとしても、私もお父さんも、キヨロス君のお父さんもお母さんも、勿論キヨロス君もリーンの決断を怒ったり、必要以上に謝ったりしないわ。
キヨロス君の事も責めない。
彼は皆の為、誰かの為に今も苦しい思いをして痛い思いをして戦ってくれているはず。
だから私達…大人はあなた達の気持ちを尊重する。
ただ、リーンが怪我をするといけないから、手伝いとかは休んでいいから安全な場所でキヨロスくんの為に祈ってあげなさいと言うわ」
更に私が欲しい言葉をくれた。
もうダメだ。
私は声を出して泣いた。
お母さんは、いつも以上に優しく私を抱きしめてくれて泣き止むのを待ってくれた。
「私は、私の記憶も連れて跳ぶ事でキョロが少しでもアーティファクトの力を使わなければいいなと思っているの」
泣き止んだ私はお母さんにポツポツと話し始めた。
お母さんはバレるまでは誰にも言わないから大丈夫と優しく言ってくれた。
「前にね、一度目に村が襲われた時、キョロは私達の為に何回も何回も跳んだの。
途中から…今みたいに記憶を連れて跳べるようになった時に私が見たはキョロは怖かったの。
跳び続けて人が変わったみたいに…別人のようなキョロが、完全な目的…村の全員を無傷で助けると言う目的を達成するために、兵隊を殺すのを何とも思わないような事を言ったり、戦えなくなったナックにとても怖いことを言ったりしたのを見て、あまり連続して跳ばせてはいけない気がしたの…」
「だから一緒に跳ぶって言ったの?」
「うん。そうすれば優しいままのキョロなら私の事を気遣って無駄に跳ぶ事はしないと思ったから…」
「そう。わかったわ」
そう言うとお母さんは優しく微笑んでくれて
「私はリーンの頑張りを知っている。認めている。だから自信を持ちなさい」
そう言ってくれた。
1人で孤独の中キョロの帰りを待とうとしていた私には凄く嬉しい言葉だった。
「ありがとうお母さん。」
「さてと、じゃあ桶は二つともお母さんが持つからね!」
そう言うとお母さんが桶を二つ持ってしまった。
「え?そんな…なんで?」
「また跳んで水をこぼしたら嫌でしょ?」
「でも跳んだのは水を汲む前…」
「違うって、この先もいつどこに跳ぶかわからないんだから、リーンは危ないことをしちゃダメ。村のみんなにもバレたら嫌でしょ?」
そうか、そういう事か…
「だから、リーンは水汲みで転んで手首を捻ったの。それで水を持てないの。わかった?」
さあ、帰りましょう!と言ってお母さんはスタスタと歩いて行ってしまった。
私は慌ててお母さんの横まで歩いていく。
私が丁度横に来た時、お母さんが「頑張りなさい」と声をかけてくれた。
ありがとうお母さん。
私は、出発前夜にキョロから聞いたことを思い出していた。
「息遣いや歩いた数、踏みだした足、話した内容。そう言うものによって跳んでも全く同じにならずに違ってしまうんだ」
そうキョロは言っていた。
今、ここで私がお母さんに話したこと。
これは前の時間ではなかった事だから、もしかしたらキョロにいい影響を与えているのかもしれない。
そう思うと少し嬉しい気持ちになった。




