三
シングは、ミノタウロス目掛けて駆け出す。ミレイも、一瞬遅らせて後を追う。
距離を詰めながらシングは、左腰の鞘から剣を抜く。
その右手に握られているのは、九十センチ程あるロングソードだった。
シングは距離を詰めきると、斜めの軌道を描いて剣を振り下ろす。
すると、剣は脚を捉え、斬りつけた。
ミノタウロスは反撃しようと、シングに向き直り、大斧を振り下ろしていく。
その斧の一撃を、ミレイが前に進み出て、左前腕の盾で防ぐ。だが、衝撃を殺しきれず、後ろへ飛ばされる。
シングを巻き込んで。
「きゃっ!」「うわ!」
シングは地面に、ミレイはそのシングの上に倒れ込んだ。
「痛いじゃない!」ミレイは不平をもらす。
「もっと、痛いのは僕だけど······」
「何か言った?」
「何も言ってないさ。それより、どいてくれると助かるよ」
「分かってるわよ!」ミレイは、体を起こす。
やっと解放されたシングも、続けて起き上がった。
「ふぅ、それにしてもどうするかな······。ミレイの盾じゃ防ぎきれないし」
「悪かったわね。戦力にならなくて」
「まあ、まともに戦える方法はあるよ。ミレイには、サポートに回ってほしい。でも、前に出て盾で防ぐことはしないで」
「分かったわよ」
「それじゃ!」シングは再び、ミノタウロスへと全速力で近付いていく。ミレイも後に続く。
すぐさま、距離は詰め終った。シングは、剣を水平に振るう。
もう一度脚に命中し、傷を付けた。
だが、瞬時に再生していく。
ミノタウロスは、大斧を構えて身体を軽く捻る。
「あれは!? 前衛総員、攻撃が来るぞ!」指揮官が警戒を促した。
「まずい!」シングは咄嗟に、剣を前で構えて防ごうとする。
ミノタウロスは、身体を捻った反動を利用して、大斧で円を描くように、強力な下段攻撃をかました。
シングを含めた前衛の複数が、攻撃で飛ばされて地面に倒れ込む。
「しっかりしなさい!」
ミレイが近付いてきて、シングの上体を起こす。
「いててっ」
「あんた、胸から血がっ!」
「傷は思ったより深くないさ。それより······」シングは手元の剣を見る。
剣は、見事なまでに折れていた。
周りの者達も、鎧が砕けて傷を負っていたり、武器を破損している。
「止めなきゃいけないんだ······!」
シングは思い詰めた表情をしていた。
ミレイは、そんな彼を見て溜め息を吐く。「仕方ないわね。あたしの剣を貸してあげる。あんたの剣と違って、少し短いけどね」
ミレイは、左腰の鞘から剣を抜いてシングに渡す。
「······ミレイ、ありがとな」
「お礼なんていらないわ。あたしもサポートするから、結果で見せて」
「ああ、言われなくても」
シングとミレイは、ミノタウロス目掛けて駆け出した。
距離を詰めると、ミノタウロスは大斧を斜めに振るってくる。
「ミレイ!」
シングは、宙に跳ぶ。同時にミレイは中腰になって、盾を構えた。
シングは、その盾を台に更に跳んで、大斧の振り下ろしを回避する。
そのまま、剣をミノタウロスの右手首に振り下ろしていく。
シングの振り下ろした剣は、右手首を斬りつけるが、切断するに至らない。
「浅いかっ!」シングが地面に着地した時、斧でミノタウロスの右手首を切りつける者がいた。他の冒険者だ。
「そうゆーことなら、協力するぜ!」
右手首は見事に、その冒険者の斧によって切断され、ミノタウロスの武器の大斧ごと飛んでいく。
「良し、ミノタウロスは武器を失った! 後衛は魔法の詠唱を、前衛は時間を稼げ!」指揮官が指示を出すと、魔法使い達は呪文を唱え、前衛の者達は武器で攻撃していく。
シングも剣で、ミノタウロスの脚を斬りつけていく。
そして、後衛の詠唱が終ると指揮官が「前衛、距離を取れ!」と促す。
ミレイとシング含めた前衛が、ミノタウロスから距離を取っていく。
「魔法、放て!」指揮官の合図で、様々な魔法が放たれミノタウロスに被弾する。
だが、再生能力を持つディザスター、ミノタウロスの傷はみるみる治っていく。ミノタウロスは咆哮を上げると、突如、宙に跳ぶ。
跳んだ先は、己の武器、大斧が落ちている方。着地するとミノタウロスは、すぐさま右手で大斧を取る。
次の瞬間、指揮官と魔法使い達等がいる後衛へ突撃していく。
「なっ! 後衛、退け、退け!」指揮官が指示を出す前に、後衛の者達は逃げようとする。が、ミノタウロスの走る速度が尋常じゃなく、間に合いそうにない。
「くっ、間に合わない!」
既にシングは、助けようと駆け出していた。間に合うはずもなく、ミノタウロスは後衛に近付いて、大斧を横薙ぎに振るう。
大斧は、指揮官の上半身と下半身を断ち、複数の魔法使いや神官をも切って、血にまみれさせていた。
シングは、その光景を見て足を止めてしまう。
「いっ······いやっ! 助けてっ!」
一人の、神官服を着た女性が泣きわめいている。ミノタウロスは、神官の女性を切ると、後衛でまだ生きている者達に近付いていく。
「逃げるんだ、早く!」シングが必死に促すが、「駄目です······足が震えて······」と一人の魔法使いが恐怖で動けずにいた。
他の後衛の者達も同様で、動けずにいる。ミノタウロスは、大斧を左横に構えていき、水平に振るおうとした。その時。
「止めろ!」
シングの必死な叫び声が響いた。