二十五
日が沈んでからかなり経った頃。一隻の船が海上を進んでいた。
船上を照らす月は出ておらず、濃灰色に空は覆われている。
その闇夜に紛れ、船上の端で会話する二つの影があった。
「······で、上手く入り込めたんだろうね?」
そう問うのは、年上っぽさを感じさせる女性の声だ。
「ああ、問題ねえ······助けもあったしな」
問いにそう返したのは、気だるげそう男の声だった。
「それなら良いが······あんたはなんか心配なのさ······」
女性は、溜め息を吐く。
「てめえに心配される必要はねえ」
男がそう言うと、突如、遠くから彼を呼ぶ声がした。
「話はここまでみてぇだな······。じゃあな」
「分かったよ······又、呼びな」
女性がそう言うと、いつの間にか一つの影は消えていた。
「ヴェルスト! こんな所に居たのですね!」リアは駆け寄るなり、そう話し掛けた。
「ああ······で、何のようだ?」
ヴェルストの言葉に、リアはハッと思い出す。
「そうでした! 大変、大変なのです! 信書が盗まれたのですよ!」
「あっ? 信書がか?」
「とりあえず、付いて来てなのです!」リアは、ヴェルストの手を引っ張って、歩き出した。
船内の通路にて、ヴェルストを連れたリアと、ミレイ、シングは合流する。
「で? 信書が盗まれたって聞いたが?」
ヴェルストの言葉に、シングが答える。
「うん、寝てる時にね。立て掛けていた神聖具が倒れなかったら、気付かなかったと思う······。それにしても、信書を盗られるなんて······」
気落ちするシングを見て、ミレイは発言する。
「大丈夫。そんなに経ってないし、相手は船から出てないはずよ。一人ずつになって探すわよ」
「ったく、めんどくせぇな······」
ヴェルストは、後頭部を手で掻く。
「絶対捕まえるのですよ!」
リアは意気込む。
四人は早速、別れて探すのだった。
ミレイは、通路に気を配って進む。
次に、部屋への扉を見付けると、開いて室内を確認していく。
すると、何回か室内を確認していく内に、あるものを見付ける。
ミレイの手に持つランタンに照らされたあるものとは、血溜まりに倒れていた王国兵らしき人だった。
「酷いわね······これをやったのは、もしかして······」
更に室内を見渡すと、違和感を覚える。
(何かが······? ······そうよ)
ミレイは、室内にあるはずの、王国兵の鎧が無くなっている事に気付く。
(だとしたら······信書を盗んだ奴は、王国兵士に成り済まして······)
「どうしました?」
ミレイは王国兵に、背後から肩を叩かれて、話し掛けられた。
「大変よ! 信書を盗んだ犯人は、王国兵士に紛れているかもしれないわ!」
「そりゃ、大変じゃないですか!?」
王国兵は驚愕する。
「だから、急いで指揮官を呼んできてほしいのよ」
ミレイの言葉に、王国兵は敬礼する。
「了解しました! 呼んできます!」
ミレイはそこで、ある事に気付いた。
「あんた、ちょっと待ちなさいよ!」
「どうしました?」
王国兵は立ち止まる。
「あんた、なんで鎧着てるのよ?」
「どうゆう事ですか?」
「とぼけなくて良いわ。信書が盗まれた後、兵士の人達に命令があったと思うけど······」
「はい? それがどうしましたか?」
「急な命令で、手間のかかる鎧を着用してる人はいなかったのよ。なら······鎧を着てるあんたが、信書を盗んだ犯人よ!」
ミレイの言葉に対して、王国兵士は黙り込んだ。
暫くして、笑い声を上げる。
「こりゃ、やられたっすね。こんな、お嬢さんにばれるとは······笑いが止まらないね」
「あたしにばれたからには、観念するのね! 大人しく捕まりなさい!」
ミレイは、背中の大斧を手に持ち、相手に向かっていく。
盗人は、丸い何かを床に投げて、煙幕で目眩ましする。
ミレイは咳き込み、手で口を塞いだ。
「それじゃあっす!」
「なっ、待ちなさいよ!」
煙は徐々に薄れ、完全に霧散した時、盗人の姿は遠くにあった。
盗人は、通路の突き当たりを左に曲がっていく。
「やられたわ······待ちなさい!」
ミレイは早速、追う。
追い掛ける中でミレイは、ヴェルストが盗人の前方にいる事に気付いた。
「ヴェルスト! そいつが犯人よ!」
「あっ?」ヴェルストは目をしかめる。
「どくっす!」
盗人は、ヴェルストにナイフを投げ付ける。その二、三本のナイフを、ヴェルストはかわした。
その隙に盗人は、横を擦り抜けていく。
ミレイは、ヴェルストに駆け寄ると、文句を言う。
「ヴェルスト、あんた······止めなさいよ!」
「仕方ねぇだろ······それより、追わなくて良いのかよ?」
「そうよ、あんたを相手にしてる場合じゃないわ!」
ミレイは再び、追うために走り出した。ヴェルストも、加わって付いていく。
「おい、牛女······あの盗人は只の盗人じゃねえぞ」ヴェルストは走りながら、ミレイに話し掛けた。
「どうゆう事よ······?」
「そんな事もわかんねぇのか······良いか? 鎧を着ていても、あの身のこなし······訓練されている動きだ」
ヴェルストは、そこで一拍置くと、続きを話し出す。
「つまりだ······あいつは、他国に雇われているか、他国の密偵の可能性がたけえ」
「他国の······? もしそうなら、大変じゃない······」
二人は会話をしている内に、船上に出ていた。
盗人が、船の先端に向かって駆けていくのが見える。
その様子を見て、二人は追い掛けるが、次の相手の行動で立ち止まった。
何故なら、信書らしき物を手に、海の上へ掲げたからだ。
「止まるっす! それ以上近付けば、この信書がドボンっすよ!」
「なっ!」
「ったく、めんどくせぇな······」
ミレイは緊迫感のある表情を見せ、ヴェルストは舌打ちをした。
そんな中、突如、間の抜けた声が響き渡る。
「ヴェルストにミライさんではないですか! それに兵士さんも!」
リアは次に、何かに気付いた顔を見せる。
「兵士さんが持ってるそれは、信書ではないですか! 見つかったのですね!」
リアは犯人とは知らずに、盗人に近付いていく。
すると盗人は、近付いてきた彼女の首元を、がっちり掴まえてナイフを突き付ける。
「動くんじゃないっすよ! 動けば、この女から血がビューっす!」
その言葉にリアは、声を上げる。
「ビューは嫌なのです! ミライさん、ヴェルスト、助けてなのです!」
「ったく、あの女······」
ヴェルストは髪をくしゃっと手で掴む。
「どうするのよ? あれじゃ手が出せないわ······」
ミレイの言葉に、ヴェルストは答える。
「そんなの決まってんだろうが······」
「まさか、盗人を逃がす気な訳?」
「まあ、見とけ······こうするんだよ!」
ヴェルストはそう言うと、ダガーナイフを手にして構える。
「ブースト」
ヴェルストの全身を光が包んだ。
「ウィンド・エンチャント」
更に、彼の持つダガーナイフを風が纏う。
「なっ!? 攻撃してきたら、この女がビューっすよ! 分かってるんすか!?」
盗人は、声を上げて脅した。
「そうよ、ヴェルスト! 攻撃したらリアが!」
ミレイは止めようとする。
「んなの分かってんだよ······だがな、信書を奪われたまま逃走されるより、ましだろうが」
ヴェルストは、ぐっと力を入れて盗人へと駆けていく。
「やめて!」ミレイは、手を伸ばして制止しようとするが、間に合わない。
「そんなのごめんすよ!」
盗人は、リアを突き飛ばして、海目掛け信書を投げた。
「取れるもんなら取ってみろっす!」
するとヴェルストは、信書を取るため海に向かって跳ぶ。
「······ははっ、バカじゃないっすか?」盗人はそう言って、海を覗き込んだ。
「馬鹿はてめぇだ······盗人が······」
不意にヴェルストの声が響く。
「なっ······!? そんな······!?」
盗人は、目を疑った。
海に沈んだであろう彼が、宙に浮いていたからだ。
ヴェルストは、更に上昇してミレイとリアの前に姿を現す。
「計算道理だ······てめぇが、リアを突き飛ばすのはな。まあ、予定外のおまけが付いてきたが」
ヴェルストは、ひらひらと信書をかざす。
「飛行魔法なんて······そんなん······」
盗人は、愕然としていた。
「観念するのね」
ミレイはその言葉と共に、盗人を押さえ付ける。
船上に、指揮官や王国兵士数名が集まっていた。シングも、犯人が捕まったと聞いて、この場に来ている。
「それでは、後はこちらで尋問しますので」
指揮官は、ミレイ達にそう言った。
次に、部下の兵士達に向かって、そいつを連れてけと指示する。
事が済んで、ミレイは安心し、リアは明るい表情を、ヴェルストは欠伸をし気だるそうにしていた。
そんな中、シングは浮かない表情をしていたのだった。




