兄さえいれば
私の両親は日本で結婚し、兄を産み仕事先のフランスで私を産んだ。
私は九つ歳の離れた兄がいることを両親から聞いていた。
兄と実際に会ったのは、五歳の頃で兄は当時十四歳だ。
兄とはすぐ打ち解けたが、色々と口煩い普段からジャージでいると運動もしないのにそんな服で出歩くなとか、お菓子ばっかり食べず飯もしっかり食べろとか色々口煩くてよく喧嘩した。
でも、兄は両親が亡くなってからよく一緒に服買いに行ったり、料理を作ってくれたり、口煩いのは相変わらずだけど何だかんだで私の世話をやいてくれるようになった。
たぶん、私が兄を異性として好きになり始めたのはこの頃からだ。
両親を必死に説得し、自分が大学に通う為に必死に貯金を溜め、必死に勉強した。
それで合格して晴れて大学生になった兄だが、両親のあの事故により私をどうするかが一番の問題となった。
父や母の兄弟夫婦のどちらかに厄介になる話しになったが、兄はそれに待ったをかけた。
「こいつは俺と唯一血の繋がった妹だ。これ以上、家族が離れ離れは嫌なんだ。こいつの面倒は俺が見るから放っておいてくれ」と兄は啖呵を切った。
兄の話では私を引き受けることが、両親の残した遺産を引き渡す条件となっていたらしい。
兄は実際にあまり会ったことのない親族は信じていなかった。
「どうせ親父達の遺産目当てでお前を引き取ると言ったんだ。そんな奴等にお前を任せられるか」
兄はそんなことを言っているが、当時は大学生のお前には無理だとかたかが学生に何が出来るとか親戚から罵られたことを知っている。
それを言われ、兄は私の為に大学を中退し、フリーターとして建築系や飲食系とバイトをしていた。
そんな自分の身を削って、私を守ろうとする姿を見て好きにならない訳がなかった。
本人は父さんと母さんにした最期の約束を果たすためだと言っていた。
兄からしてみれば、私は唯一の身内だ。
兄は私を守るためにいつも身を削っている。
そして、今もこの状況で私を守るために身を削っている。
あの熊のような獣からは逃げ切れたが、次同じような状況になったら逃げ切れるのか、おそらく無理だ。
兄はあの熊のような獣を打てる手全て使っても逃げるのがやっとだった。
次、同じような状況になったら、兄は自分の身を犠牲にしてでも私を逃すだろう。
それは兄の性格を考えれば分かりきったことだ。
兄にとっての生き甲斐、生きる理由は私を守り抜くことなのだから、私が死ねば兄は死ぬだろう。
でもそれは、私も同じで兄のいない世界など生きる価値などない。
兄と共に死ねるならそれだけで幸せなのだから。
ここに来て三日が過ぎ、私達は既に限界だった。
私は兎も角、兄は一睡もせず私を守り続けているのだ。
「妹よ。俺は最近女性の苦労というのが分かったよ」
兄は死んだ魚のような目をして私に話しかける。
ああ、そんな目をした兄さんも素敵・・・
「男性は用をたすのに下着を全部脱がなくていいから楽でいい。私、兄さんの弟に生まれたかった」
「馬鹿言うな。妹だろうが弟だろうが対して変わらん。俺にとっては似たようなもんだ」
ああ、やっぱり兄さんは私が例え弟だとしても愛してくれると、やっぱり兄さんはそこら辺の男子とは一味も二味も違う。
一緒に葬式で弔われるのが夢だけどせめて一回は抱いて欲しい。
「兄さん兄さん、元に戻ったら私を抱いて?」
「抱っこのことか?確かにこの状況じゃ無理だな。逆なら出来そうではあるが」
兄さんは昔からこんな感じなので困ってしまう。
「兄さん、人が倒れてるよ」
私達の目の前に人が倒れている。
見るからに行き倒れといったところだろうか
「・・・おい、起きろ」
「うがっ!!」
兄は乱暴に倒れた人の股間を蹴りつける。
無抵抗な倒れた人を蹴りつけるなんて、やっぱり兄さんはやる事が豪快でカッコいい。
そこに痺れる憧れる。
「これで起きないなら死んでるな。放っておこう」
今、明らかに呻いた気がするんだけど兄さんにはきっと私には考えのつかない考えがあるんだろう。
「だが、これで少なからず希望が持てた」
「希望?」
兄さんの精気が消えて死んでいた瞳に光が宿った。
今の行き倒れが希望だという理由がいまいち私には分からない。
やはり、兄さんは私の考えが及ばないことを考えてる。
「ああ、人が倒れていたという事は少なからず人がいるということだろ」
「兄さん・・・」
ああ、やっぱり兄さんは天才としか思えない。流石は中退したとはいえ難解大学の試験を突破したことはある。
「なんだ?」
「温かいベッドがあったら一緒に寝て?」
「それは構わないが昔はよく一緒に寝てたろう?一体どうした?」
ああ、やっぱり兄さんは優しい。
一番疲れて一番寝たいというのに私を気遣ってくれるなんて!!
一生、いや、死後もついていきます。
「それと一緒に洗いっこしてくれる?」
「そうだな。確かに風呂には入りてえよな」
調子に乗って勢い任せでいったけど、ここまで来ると兄さんは聖人なんじゃないかと思っちゃう。
「おい、待てやてめえら。人の玉袋ちゃんを蹴飛ばしといてスルーとはいい度胸してるじゃねえか」
行き倒れていた者が股下を抑え走ってやって来た。
「野郎共、こいつらから金品全てを奪え!!」
その男は涙目ながらに言うと木の影から続々と男の仲間たちがやってくる。
見るからにいい男ばかりではある。
「いいのかい?俺達はノンケでも構わず食っちまう男達なんだぜ」
「構わん、ヤレ」
イイ男達は行き倒れの男を取り囲む。
「な、なんだ、お前達、や、やめろ!!は、話が違う、報酬は・・・アッーーーーー♂」
行き倒れの男はイイ男に掘られてしまった。
行き倒れの男が掘られると他の男達の視線が私に集中する。
状況がいまいち飲み込めない。
男達は私の方ににじり寄って来る。
そして男達は驚くべき事にツナギのホックを外しファスナーを下げ下半身を露出させる。
「ヤ
ラ
ナ
イ
カ」
その言葉で全てを理解した。
この身体は今、兄なのだ。
要するにあのイイ男達は自分を掘ろうとしているのだ。
「兄さん!!」
兄さんは私の前に立ち男達の前に立ち塞がる。
「こいつに用があるなら、まずは兄貴の俺に話を通してからにしてもらおうか!!最も聞く気はないがな」
兄は私の小さな身体を生かし、相手の懐に潜り込む戦い方を覚え、私の身体に慣れて来たらしい。
こうやって私を開発していくと思うと興奮してしまう。
兄は次々とイイ男達の股間を再起不能にしていく。
その間、こよ辺り一帯は阿鼻叫喚に包まれた。
イイ男達は兄に股間を潰され二つの意味で再起不能にされた。
「まさか、ここに来て最初に出くわした人間がこんな変態共だと思うと先が思いやられるな」
「私、変態には屈しません」
「そりゃ心強いこった」
兄は私の背中を二回軽く叩くと先に進む。
「ところでさっきの人達は何だったの?」
「おそらく、行き倒れの奴を介抱しているうちにあの男達で俺達を取り囲んで、金品を奪おうとしたんだろ。所謂、野盗とか盗賊とかいう奴だ」
流石、兄さんは分かっていたからあの盗賊の股間を蹴飛ばしていたんだね。
日が傾いて来た頃、兄は兎のような獣を狩って来た。
「最近はこの辺の植物も分かって来てな。今日は兎肉の香草焼きというのを作ってみた。それと残念ながら、俺達の命綱の一つオイルライターのオイルが切れた」
兄さんは別に落ち込んではいなかった。
こういう時でも私を不安にさせないように気を遣ってくれてるのである。
やはり兄さんとの愛の結晶は残しておくべきだろうかと考えてしまった。
でも、私は悪くない。
私への好感度を後戻りが出来ない程に上げてしまった兄さんが悪い。
日が沈む黄昏時、丘の下辺りに灯りが点々と見えて来た。
「兄さん、あれ何かな?」
「かなり明るいな。おそらく人の住む村?村というよりも街か?よし、明日はあそこを目指そう」
兄さんは嬉しそうだ。
兄さんが嬉しいと私も嬉しい。
「うーん、やっぱり味気ないな。塩以外の調味料も欲しいところだ」
「塩なんてあったっけ?」
兄はポケットから掌サイズの白い岩石を取り出す。
「岩塩だ。砕いて粉状にして塩にした感じだ」
「いつの間に・・・」
「兎を追ってたら見つけたというところだ。だが、これじゃまだまともに美味い食事はさせてやれない。明日はあそこについたらしっかりと美味いもん食わせてやるからな」
兄さんはこうやって私の胃袋と心を掴んで来る。
兄さん、ああ、兄さん、私は兄さんさえいればいい。
「口に合わないなら、残してもいいぞ」
「そんなことないよ。兄さんが作ってくれる料理に不味いものなんてない」
「そ、そうか、そう言ってくれるのは嬉しいが、無理して食う必要はないぞ」
でも、兄さんのクラムチャウダーは母さんと同じくらい美味しいから食べたいかな。
「でも、リクエストできるなら、クラムチャウダーが食べたいかな」
「それにバケットとレバームースだろ」
「レバームースも!?」
「お前、好きだろ。つまみに丁度いいから俺も好きだ」
兄さんはいつも私の為になんでも作ってくれる。
兄さんは燻製が好きなんだっけ、室内で作ると部屋にしばらく臭いが残るから庭先でよく作ってたよね。
「俺もようやく寝れる」
「一緒に寝てくれるんだよね」
「まったく、仕方のない奴だな。だが、俺の身体で言われるのは複雑な心境だ」
それは私も分かる。
早く元の身体に戻って兄さんに抱きつきたい。
兄さんの為に私も頑張る。