思いっきり 戦って
妹とゼロ円サバイバル生活1日目、俺はとりあえず食料を確保する為に芋虫のような虫をたくさん捕まえて、長くてよくしなる丈夫な木の枝と普段から持ち歩いてる裁縫セットから糸と針を出し糸を適当な長さで切り、木の枝に括り付け、糸の先に便利グッズの一つマルチツールで曲げた針を括り付ける。
このマルチツールはペンチ、ニッパー、ドライバー、六角レンチと持ってるとなかなか便利だ。
裁縫セット、マルチツールの他には十徳ナイフとオイルライターがある。
「兄さんってどうしてそんなの持ち歩いてるの?」
当然、昏那は不思議がる。
「いざという時、あると便利だからだ」
俺は自作の釣竿の出来は最初に作った『必滅の斧』よりは悪くないと思った。
「釣竿・・・だから、虫を集めていたわけね」
昏那は俺の行動の意味を理解したようだった。
「てっきり、現実逃避する為に童心に返ったとばかり思ってた」
確かにこの状況は現実逃避したいが、妹の前ではそうはいかない。
「俺一人なら、そうなっていたかもしれないがお前がいるから、不思議と不安ではないな」
「兄さん、私は不安で仕方ないけど」
まあ、この状況だし分からないことではない。
「兄さんが私の身体で変なことをしないか心配」
俺は昏那の予想した斜め上の答えにズッコケそうになる。
「そっちか!!」
こいつは何回言えば気がすむんだ!!
こいつの方がフリじゃないのか?
「ちなみに何をすると思ってるんだ?」
「それを私の口で言わせようとするなんて、兄さんには失望させられた」
妹が何に失望してるか分からないが、俺は妹にそういう邪な目を向けた事はない。
むしろそんな奴がいたら俺が八つ裂きにしてアソコを使い物にならなくしてやるがな。
「逆に聞くがお前は俺の身体で何をする気だ?」
「とりあえず、裸で彷徨く」
「おい、やめろ!!」
こいつの場合、本当にやりかねん。
「兄さんも裸であるけば問題ないよ」
「あるわ!!」
こいつは本当に何を考えていやがる。
「とにかく、全裸は駄目だ。人前であろうとなかろうと、駄目だ!!」
「・・・分かった。兄さんは要するに私の裸を自分だけで独占したいわけね。それはそれで嬉しいけど」
「どうしてそうなる?俺はお前をそんな変態に育てたつもりはなかったんだけどな」
「兄さんは分かってない。裸ではないよ」
この何を考えてるのかよく分からない妹はまた何かを言い出す気だ。
「人間の一番内側にあるのは骨だよ。火葬したら残るでしょ。つまり、骨だけの状態が真の意味で全裸なんだよ。仮に服を脱いだところで筋肉や皮膚がまだ残ってる!!」
こいつの極論はゴリ押し過ぎてよく分からん。
「お前、ここまで来るともはやサイコパスだぞ」
「私はただ、兄さんと一緒にお墓に入りたいだけ。
それでサイコパス呼ばわりは流石にひどい。それに兄さんは勘違いしてる」
「勘違い?」
はて、俺が一体どういう勘違いをしてるというのだろうか。
「私は兄さんと死んでも一緒にいたいだけなのに」
「死んだ後もあの世で扱き使う気か、まったくお前に頼られるのは悪い気はしないが少しは遠慮して欲しいものだ」
何を考えてるかは分からないが、頼りにされてるというのは理解できる。
「ほら、働かざるもの食うべからずだ。お前も手伝え」
俺はもう一本の釣竿を作り、昏那に渡す。
「いいけど、その虫は兄さんが付けてね。気持ち悪くて私には触れない」
「やれやれ、俺の顔で情け無い事を言わないでくれ」
頼りにするのはいいが、その姿で言われると自分でない事は分かってても情け無くなってくる。
釣りを始めて一時間程経った頃、妹に俺の目が届く範囲で薪代わりになる木を集めてもらっている。
これで今日の飯には困らないが、この問題を考えないといけない。
第一にここが何処なのか、俺の知る限りさっき見たスライム状の生物は俺の世界には存在しない。
したとしても二次元の世界だ。
「兄さーーーん!!」
妹が叫びながらこっちに向かって来る。
あいつがあんな必死に走って来るなんて珍しいな。
「どうした?そんなに慌て・・・て・・・!?」
俺は何故妹が必死に走ってるか理由が分かった。
「おい!!なんてもん引き連れて来やがった!!」
妹の背後には熊のような獣がのしのしと追いかけて来ていた。
妹と獣の距離は徐々につめられつつあり、非常に危険な状況である。
「昏那!!ここは俺がやる!!」
俺は昏那と入れ替わるように獣の前に立ち蓋を開けたオイル缶からオイルを獣目掛けぶっかける。
それでも獣は怯まない、それは当然分かってる。
俺は更にオイルライターとスプレータイプの制汗剤を使い簡易的な火炎放射を獣に放つ。
かけられたオイルに引火し、獣は地面を転がって火を消そうと必死にもがく。
俺はその間に『必滅の斧』を手にとり、そのもがく獣の頭を思いっきり殴りつけた。
しかし、獣の頭蓋に阻まれ脳には達しない。
石の先が尖っている為、獣は血を吹き出しているがそれでも倒れない。
必滅の斧は当然既に使い物にならず獣の尖った石の部分が頭に刺さっている。
獣に点いた火は既に鎮火しており、体毛は殆ど焼けているが、『必滅の斧』で攻撃したところ以外はほぼ無傷と言って良かった。
熊のような獣は、焼かれもがき苦しんだせいか息が荒い、口から涎を垂れ流し、明らかに獲物を見る目というより完全に怒り狂っている目だった。
「デカいだけあって流石にタフだな」
今ので倒れなかった時点で既に手詰まりに近い状況である。
だが、このまま逃げても追いつかれ最悪二人共殺される。
やらなきゃやられる。
俺はこの獣を何とかしてでも退けなければならなかった。
やはり、この身体は非力だ。
さっきの一撃で沈められなかったのが一番痛い。
この非力な身体で一体何が出来ると言うのか。
妹の為に鍛えた肉体も俺の身体でなければ意味がない。
この非力な身体でどこまでやれる。
俺は十徳ナイフを取り出す。
獣は俺に飛びかかって来たところを右に跳んで避ける。
腕が地面に着いた瞬間、ナイフを獣に突き刺そうとするが振り上げた腕に阻まれる。
俺はバックステップで振り上げた腕を回避する。
「チィッ」
かなりギリギリで避けたので攻撃を掠っていた。
流石にそこまで甘くない事は重々承知している。
熊のような獣は畳み掛けるようにフックのよるな引っ掻きを連続で繰り出す。
背後に回っても振り返りざまに引っ掻き攻撃をしてくる為下手に攻撃ができない。
流石に妹の身体を傷付ける訳にはいかないからな。やりづらいったらない。
今、手元にあるものはマルチツールと裁縫セット、オイルライター、十徳ナイフ、腕時計、スマホ、サイフ・・・妹と持ち物を交換した時に妹の持ち物も知っていたが役に立つものなどなかった。
いや、あるじゃないか。
俺は地面の砂をすくい上げ獣に目潰しをする。
獣は目をこすり視力を戻そうとしている。
その隙に俺は自分のソックスを脱ぎ二重に重ね。
その中にスマホとサイフに入ってる硬貨、腕時計を入れて紐で縛る。
所謂、ブラックジャックという奴だ。
妹のはいてるのはニーソックスなのでそれなりのリーチがある。
視力を回復した獣は再びこちらに向かってくる。
腕を振り下ろすと同時に俺はブラックジャックを振り下ろした腕目掛けて振るう。
バキッと何かが壊れる音がすると獣はその場から仰け反る。
獣の腕は力なく垂れ下がっている。
あの『必滅の斧』より高い殺傷能力はないが、重さはこちらが上の為、威力は『必滅の斧』以上だ。
そういえば、あの斧頭に刺さったままだな。
熊の頭に刺さった斧をこれでぶん殴ればそのまま脳まで到達するんじゃないか?
獣は腕のことなど御構いなしで襲って来るが、攻撃を受けた左側の腕は攻撃のスピードが遅くなっている。
俺は再び向かってくる左側の腕にブラックジャックを振るうとその腕は有り得ない方向に曲がった。
獣はそれでも左側の腕を振るうが既にその振るう腕には力などなく振るう度に腕が変な方向に曲がる。
しかし、それでも放たれる威力が死んでる訳ではないので油断は禁物だ。
なんとしてでも頭に刺さった斧を狙うには大きな隙を作るしかない。
オイル缶も制汗スプレーもない状態でそんな隙はそう簡単に作れる訳がない。
何か、何かないか・・・!!
俺は手近にあった釣竿を持つ。
俺は右側の腕に釣竿を振るう。
針には返しを付けた為一度刺さるとなかなか抜けない。
熊が力強く腕を振るうと当然のように竿が折れる。
それは計算通りである熊は糸を引き千切ろうとするが、既に折れてまともに動かすことのできない左側の腕ではそれは不可能だ。
その為、針が刺さっている右側の腕と手で針を抜こうとするが、更に食い込んでいく。
その隙を突き、俺は頭に刺さった『必滅の斧』をブラックジャックで殴り付ける。
『必滅の斧』が脳天を貫くとほぼ同時に獣は左側の腕を振るう。
「……あがっ!!」
俺は獣の振るった腕に直撃し、吹き飛ぶ。
肺の空気が全て押し出されたような一撃だった。
『必滅の斧』は獣の脳天を貫いたが、獣は動くのをやめない。
「これでも、足りないのか!!」
それでも、今の攻撃が効いているのか獣は既にフラフラと足下が覚束ない。
獣は既に右側の腕に刺さった針に目をくれず俺に襲いかかって来るが、攻撃がかなり効いたのか動きがかなり遅い上に狙いが定まっていない。
今なら逃げても逃げ切れると思った。
今の攻撃で倒しきれなかった以上、こいつと戦う意味はもはやない。
逃げ切れるのが分かっているなら逃げた方がいい。
「昏那!!ここから逃げるぞ」
俺は妹に叫ぶ。
「だけど、アレどうするの?」
「大丈夫だ。アイツは既に俺達を追えるような状態ではない。アレで仕留めきれない以上これ以上は無駄だ。逃げ切れるうちに逃げた方がいい」
俺と妹は日が沈むまで必死に走った。
これは想像以上にピンチだ。
俺の持てるあらゆる手を全て熊のような獣に使ってしまった。
ブラックジャックは最後の一撃でソックスが破け、使い物にならなくなっていた。
「私のニーソックスをあんなことに使っちゃうなんて」
妹は自分の私物を破かれて不機嫌になっていたがあの場合は仕方ないものがある。
「仕方ないだろ。ああでもしないと逃げることすらでかなかった訳なんだからな」
確かに一命はとりとめたが、大切なものを失った。
食料である釣った魚である。
「・・・腹、減ったなー」
「兄さん、兄さん、これ」
昏那は魚二匹と木の実を拾っていた。
「どうしたんだこれ?」
「逃げる前に確保しておいたよ。それと木の実はその辺で拾ったものかな」
「でかした」
俺は妹を抱きしめる。
とはいえ姿が俺だから、複雑な心境だ。
晩飯を済ませると妹はそのまま寝かせ、俺はそのまま起きて見張りをしながら腕立て伏せをした。
流石にこんな非力な身体じゃ今後厳しいからだ。
そして、俺はまさかあの熊のような獣が『獣王種』となり俺の前に再び立ち塞がることになるとはこの時俺はまだ知らなかった。