入れ替えは突然に
登場人物
二階堂 黎
二人兄妹の兄、両親が不慮の事故で亡くなった時に両親の墓前で妹を命に代えても守ることを誓っている。
その為、両親に無理言って通わせてもらった大学を中退、フリーターでデバッガーの仕事をしている。
妹である昏那には何不自由なく育って欲しい事を願っているが甘やかしてはいない。
家事が得意で料理は一流シェフ並みの腕がある。
手先が器用で大抵のことは熟せ、力仕事も問題なく行える。
ジムなどで筋トレをするのが趣味だったりする。
お金に関してはかなりケチで、必要以上は使わない。
しかし、妹に対しては財布が緩い。
二階堂 昏那
二人兄妹の妹、両親が海外での仕事中に出来た子供で五歳の時に兄と初めて会った。
本来は人見知りする性格だが、黎とはすぐに打ち解けた。
兄が大好きで、一緒に弔われて、一緒に火葬されて、一緒の墓に入ることを夢見るかなり歪んだ兄への愛を抱いている。
兄とは違い、家事はかなり苦手で料理を作ると見た目はましだが味は地獄だったり、掃除をさせると掃除する前より散らかっていたり、洗濯をさせれば洗濯機が故障したりさせるので兄に禁止されている。
ガーデニングが趣味だが、アイビーしか育てない。
それは『死んでも離れない』と兄に自分がどれだけ本気か伝える為にやっているが、花に興味のない黎は昏那を褒めたりはするが、その意味を理解していない。
外見があまりに貧相で背も低いのでかなり気にしている。
日差しが眩しい空の下、俺は目を覚ました。
普段より視線が低い気がするのは気のせいだろうか。
辺りを見回してみると草原が広がっているのと逆立ったツンツンヘアーと赤と黒のカジュアルな服装と黒い中折れハットの男が倒れている。
というかよく見るとあれ俺じゃね。
えっ?
どうして俺が二人も?
俺は不安になり自分の身体に触れて見て確認する。
近くに自分の姿を確認するものがないため、見れる範囲を見て、触って分かった事がある。
明らかに俺ではない。
こんな髪は長くないし、こんな色気のないジャージなど運動をする時以外は来たことはない。
あれ?
なんか股の辺りに違和感を感じるな。
そう思った俺はズボンをパンツごと下ろそうと決めた瞬間、俺が目を覚ます。
「ん?あれ?どうして私がそこに?」
自分の姿をした何かがこちらに気付くと沈黙が数分続いた。
何故、続いたか、それは思考が追いつかない現象がいくつも起きて頭がパニックになってるからだ。
「昏那・・・なのか?」
俺は自分の姿の何かにそう呼びかける。
「その感じ、もしかして兄さん?」
「「・・・・・・ええええええええ!?」」
俺達はこの時理解した。
俺達は中身が入れ替わってしまったということだ。
どうしてこうなった!!
俺はいつも通り駅まで迎えに行った。
それは憶えてる。
雨で混むことも考えて少し早めに出た。
死んだ親父が好きだった昔の音楽を聴きながら、車を駅まで走らせる。
雨は強さを増し雷まで鳴りだした。
「今日の予報じゃ曇りだったはずなんだけどな」
天気予報が外れることは今に始まったことではないので気にしないが、最近は外しすぎて本当に天気予報士なのか怪しくなってくる。
それなら、胡散臭い占い師の方がまだマシだと思った。
駅に到着するととりあえず一服の電子タバコを吸う。
両親が死んで五年、親に無理を言って行かせてもらった大学を中退、今は妹の面倒を見るためデバッガーをしているフリーターだ。
妹が悪いんじゃない、両親が悪いんじゃない。
誰も悪いわけじゃない。
だけど、忘れる訳がない。
あの時もこんな雨だった。
運転していた車が土砂崩れに巻き込まれ、崖から落下し、奇跡的に俺と妹が生き残った。
親父と母親の葬儀が終わり、両親の墓の前で俺はこいつだけは何があろうと守ると約束した。
こんな雨が降る度に思い出す。
俺にとっては嫌な思い出でしかない。
しかし、忘れてはいけないことだ。
「兄さんただいま」
肩まである癖のある黒髪とボーっとしたようなジト目、制服を着てれば女子高生なのだが、私服でランドセルを背負ったら間違いなく小学生と間違えられるくらいに小さい。
本人は一番気にしてるので言わない。
というより、言ったら殴られるじゃすまない。
昔はよく喧嘩もしたが、両親が死んでからはそんなことはなくなった。
「今日の晩御飯は?」
色気より食い気、これが我が家の妹様である。
「今、材料買いに行くところ。何食いたい?」
「兄さんは何作っても美味しいから何でもいいんだけどね。でも、強いて言うならクラムチャウダーかな」
「分かった。作ってやる」
妹は昔からお袋が作ったクラムチャウダーが好きだったのを憶えてる。
そうだ、車で自宅のマンション近くのスーパーに行く途中で雷鳴が響いたと思ったら光に包まれて
「お、落ち着け、きっとこれは夢だ!!俺が昏那の姿になるなんて悪夢以外ありえない!!」
「それは私も同じ、兄さんの姿なんて一秒たりとも耐えられない」
そこまで言うか!!
よろしいならば戦争だ!!
と言いたいところだが言い争ったところで時間の無駄だと言うのは分かる。
「そもそもここはどこだ?」
見回しても草原が広がっているだけで俺達以外姿が見えない。
「分からないけど、ここにずっといても始まらないから移動しない?」
「移動しないと言ってもな。下手に動いて迷うのは勘弁なんだが」
「分かった。なら、私だけで行く」
「お前だけ行かせられるか、仕方ねえな。俺も行くよ。行けばいいんだろ」
流石にこの状況で妹を一人にする訳にはいかない。
姿は俺だからなんか奇妙な感じがする。
「その格好で言われると違和感しかないよ」
「奇遇だな。俺も同じことを思った」
「ところで兄さん、トイレはどうすればいいの」
「その辺ですればいいんじゃないか」
俺は別に気にしない。
「兄さん、今の状況分かってる?この身体は兄さんでその身体は私なんだよ。私が嫌なんだけど?そんなんだから私以外の女性に相手にされないんだよ」
やめろ、その顔で言うのは特にやめろ。
自分に言われるのが一番傷付く。
いや、中身は妹なんだけどな。
「その姿で言われると自分に言われてるみたいで一番傷付くんだが、泣いていいか?」
「アラサー間近のいい大人が言うこと?」
こいつ、俺が気にしていることを言いやがる。
「まったく、どうしてお前はこうも貧相なんだよ。出るとこ出てれば俺も多少は楽しめるものだと言うのに」
「兄さん、死んでくれない?その辺で自害してくれない?」
流石に怒るのは分かってた。
お前が一番気にしてることだからな。
だが、お前も言ったんだからおあいこだろう。
「死んでもいいが、その後お前の面倒は誰が見るんだ?」
「大丈夫、兄さんが死んだら、私も死ぬから」
「怖っ!!お前、実はヤンデレか!?」
昔からこうだから困る。
「まったく、すぐそういう気持ち悪いこと言うんだから、兄さんは私が死ぬまで面倒見てくれるんでしょ」
「残念ながら、俺の方が先に死ぬから無理だ。年の差を考えろ」
こいつは死ぬまで俺をこき使う気か、死ねと言いつつ死ぬことさえ許してくれないのか。
ある意味死ねと言われるよりきつい。
だが、それだけ頼られてると思うと悪い気はしない。
「その時は一緒に棺桶に入るから問題ないよ。兄さんと一緒に弔われて一緒に火葬されて一緒にお墓に入るから寂しくないよ」
「だから、怖ぇよ」
本当に昔からこうだからこいつが何を考えてるか分からない。
「とりあえず、この場を移動しつつ元に戻る方法を考えよう。お前もいつまでもその姿は嫌だろ」
「兄さんにしては、いいアイデアだと思う」
一言余計だが、確かにこいつの言う通りこの場にとどまると言うのは何の解決にもならない。
それと同時に中身が入れ替わってるこの状況もなんとかしないとならない。
訳の分からない場所にいて、訳の分からない入れ替え現象、頭がどうにかなりそうだ。
でも、入れ替わった相手が妹である意味良かった。
この身体なら異性でも欲情して変なことをしたりはしない。
妹の成長は小学四年生でほぼ止まったと言っていい。
小学生六年くらいまで全裸で家の中をうろついているのは日常茶飯事だった。
それを見て欲情したことがあったか?
ないな。
あるはずがない。
俺にそんな特殊な性癖はない。
俺の方は身長が低い以外は特に問題ないな。
「もう一度言うけど、兄さん、私の身体で変なことしないでね」
こんなつまらない身体で何ができるというのか、と逆に聞きたいが流石にもう一度言うと間違いなく怒った後に拗ねるので言わないがな。
拗ねると機嫌直すのに苦労するんだ。
休日に一緒に出かけるはずが、急遽仕事が入ってしまい拗ねてしまったことがある。
仕方ないから、仕事終わりに食事がてら夜のドライブと洒落込んだら妹の機嫌は戻っていた。
きっとたらふく食べて満足したのだと納得したが、本当に昔からよく分からん奴だ。
「しねぇよ。お前も俺の身体で変なことするなよ」
この辺が答え方としてはちょうどいい塩梅だろう。
「それはもしかしてフリという奴?」
「違う!!」
こいつ何だかんだ言いながら、この状況を楽しんでないか?
「兄さん兄さん」
俺の顔でそう呼んで欲しくはないんだがな。
「次はなんだ?」
「アレなんだろう?」
俺の姿をした妹が指差した先には空を滑空する黒い影が見えた。
「・・・・・・」
それは紛う事なき、翼竜と呼ばれるワイバーン型と呼ばれる龍ではないか。
俺はその存在が上空を飛び去るのを黙って見ることしか出来なかった。
俺が知る現実とあまりにもかけ離れた事が次々と起こるので俺は言葉を失った。
「飛行機かな?」
そもそも、あんなの飛行機以外ありえない。
きっとそういうデザインの飛行機なんだ。
俺達の世界にあんな生物は存在しない。
「随分と斬新な飛行機だね」
「昏那よ。何だかんだでこの状況楽しんでないか?」
「兄さんは身長がデカイからよく見えるよ」
つまり、身長が高くなったことで喜んでるということである。
「ところで昏那よ。この状況はどう思う?」
俺と妹は黄緑のスライム状の物体に囲まれていた。
「兄さんが持ってた本では、女の子がアレに死ぬほど気持ち良くされてたね。やってみてもいいよ。私の身体だけど」
「ふざけるな!!お前が見たいだけだろ!!自分の姿をした自分の兄貴がスライムに犯されてる姿を見るってどういう神経していやがる!!」
こいつ俺の秘蔵のコレクションを見ていやがったのか、畜生通りでなくなってるのがあるなと思ってたが、こいつだったのか!!
「兄さんの性癖は理解してるつもりだよ」
全然分かってねぇよ!!
アレは表紙に騙されて買った奴だ!!
俺にあんな趣味はねぇ!!
「理解されてたまるか!!クソッゆっくりと寄って来てやがる」
とりあえずどうすればこの状況を打破できるか考える。
妹が役に立たない以上自分で考えるしかない。
畜生!!どうしてよりによってこんな貧弱な身体なんだよ。
俺の身体なら妹を担いで逃げるくらいは出来たはずだ!!
俺は死んだ両親に誓った。
妹を守ると幸せにすると親父とお袋がいない分、俺が愛情を持って面倒を見ると決めた。
こいつを傷付けると言うなら俺はお前らを許さねえ。
『死にたい奴はかかって来い!!』
視線に殺意を込めてスライムを睨み付けるとスライムは逃げ出した。
「兄さん、落ち着いて」
「お前が変な事ばかり言うから、頭に来てあいつらに八つ当たりしようとしただけだ」
妹の姿が俺だとやっぱり調子が狂うな。
「とりあえず、さっきの龍は俺達の向かってる方向に進んだが、行ってみるか?」
「うん、それはいいけど日が暮れて来たけどどうするの?」
それは分かるが、さっきの生物は逃げてくれたから良かったが、日が落ちると更に危険な生物が出るという不安がある。
この訳の分からない状況で、丸腰では不安しかない。
「兄さん、何を使ってるの?」
「まぁ、一応身を守る武器を作ってるが武器というにはあまりにも不出来な武器だがな」
俺は握れるくらいの太さの木とちょうどいい先が尖った大きめな石、長い蔓を使い石斧を作ったが、耐久性があまりに低く一回殴っただけで間違いなく壊れる。
ないよりはマシな感じの護身用の斧である。
「その武器の名前は?」
「強いてつけるなら『(斧が)必滅の斧』辺りが妥当だな」
我ながら出来は悪いがいい名前だと思う。
「かっこいいけど、自虐ネタに走るのはどうかと思う」
妹よ。
それを言うな。