第八章 ネット社会
そこまで言うと、泣きそうになっている顔を隠すように、勢いよくブランコを漕ぎ始めた。
幼いころ、どこまで高く漕げるか競走したみたいに、どこか必死になっているようにも見えた。
でも私は、どうしても一緒になって漕ぎたいとは思わなかった。
海と千春は、付き合い始めたのは夏休みの終わりごろからだったけど、現役時代からお互い両思いだったかとも知ってるし、頭が良くて泳ぐのも速くてかっこいいため、たくさんの女子にちやほやされている海と付き合うために、千春がどれだけ努力してきたかも知ってる。
だから、周囲のせいで報われなかったことに本当に納得しがたい。
どうして周囲はそっとしておいてくれないんだろう。他人の恋愛が面白いのはわかるけど、自分が発した発言が人をこんなにも傷つけていることがどうしてわからないんだろう。
気が付くと、漕ぎ終わった千春がじっとこっちの顔を見つめていた。
「琴葉…?」
努力してキレイになった顔を見て、私はさっきの出来事を話そうか迷った。
関係が終わってしまった原因のことを言ってもただ悲しい思いをさせてしまうだけじゃないんか、という考えが頭をよぎった。
でも、話しておきたかった。大切な仲間にこんな隠し事をしたくなかった。
「さっきね、わたしのところに来たよ。盗撮者」
「…!!」
「紅羽ちゃんだった。蓮と帰ってた時に発見したんだ」
「紅羽ちゃん?!」
目を大きく見開いて口を両手で覆った。
「そう。写真を撮っただけでツイッターに挙げてないって言ってたけど。LINEのグループに載せちゃったんだって」
「それで保存、拡散のくり返しか…」
私よりもSNS関係をやっている千春は思い当たることがあるらしい。頭を抱えて唸り始めた。
「それで?紅羽ちゃんにはなんて言ったの?」
「もう止めてって。なんで私だけなんですか⁈って逆ギレされたから、顧問に言って部の問題にすることにした」
「紅羽ちゃん逆ギレ⁈でも、あの子ならありえるわ。蓮もよく言ったねー。まあ、元部長サマだもんね。それくらいはしていいのか」
ブランコの鎖を握りなおして千春は私に向き直った。
「で、ちゃんと蓮と琴葉は付き合ってないって言った?」
「もちろん。ただの幼馴染って言ったら、茫然としてたよ」
「写真は消してもらった?」
「あ、忘れてた。でも大丈夫だよ。あんなに言ったし。カップルじゃない人の写真を送ったりしないでしょ」
私は当然だというように頷くと、千春はやれやれという風に首を横に振った。
「わかんないよ。先輩にバレないところでおもしろいから拡散ってこともあり得るんだよ。そうなったら蓮と付き合ってるって、クラス以上のたくさんの人に勘違いされるんだよ?それでもいいの?」
「絶対よくない」
そんなことは一度も考えなかった。蓮と私が?冗談じゃない。蓮のことはご近所さんで幼馴染。昔からそれだけの認識しかなかった。
「まあ、そうだよね~。琴葉は他に好きな人、いるもんね~」
「え、ちょっとまって!何で知ってんの?」
絶対誰にも言ってのに。そもそも気づいたのもつい最近なのに。
「わたし、二人のこと一番近くで見てるんだよ?合唱コンクール前のやり取りだって、あんなにベタベタしてたら、どんなに鈍感な人でも気づくって」
「…っ!」
約四か月前。今思い出すだけでも恥ずかしいことをしてしまったのだと思う。二人とも緊張しておかしくなってしまったからだ。絶対に、そういうことにしておきたい。
「ま、私は人の恋愛に口出しできる立場じゃないから何も言わないけど」
千春はどこか意味深に笑ってブランコから立ち上がった。
「話せてよかった。ありがとう。琴葉も気をつけてね。ネット社会は琴葉が思ってるより残酷だよ」
当事者からの言葉は、痛いくらいに胸に刺さった。