第三章 悪魔のツール
しかし、七十五日が過ぎても、恋バナ好き女子たちによる冷やかしは、静かにならなかった。
「ねえ、これって琴葉の部活の人たちだよね?」
ピアノのレッスンが終わった後の帰り道。同じピアノのグループレッスンを受けている奏が、スマホで一枚の画像を見せてきた。
「え、千春と海じゃん」
それは近所の映画館で二人が仲良く話している写真だった。
「これだけじゃない」
そう言って見せてもらった画像には、二人で下校しているところや自転車で走っているところ、大型デパートやフードコート、さらには市民プールの入り口にいる姿までも写真に写っていた。
「…なんで奏がこんなもの持ってるの?」
もしかして、奏が撮ったとか…と疑いの目を向けていると、私の気持ちが伝わってしまったのか、奏は静かに首を横に振った。
「実はこれ、ツイッターで拡散されているんだ」
「…え?」
一瞬、奏が何を言っているのかわからなかった。
…拡散?ツイッターで?
「二人とは何の関係もない僕にまで流れてきたってことは、相当広がっているはずだよ」
ツイートした人の名前は偽名。最初の映画館の写真のツイートの本文には『今日も二人のデート姿発見!#森野中学三年恋愛日記』とだけ書かれている。リプライには『え!めっちゃラブラブじゃんww』『私、先週も見たかも!駅前で!!』『マジ⁈二人とも暇人じゃんww』みたいなのがあった。
「ちょっと、私には悪意も感じられるんだけど」
「僕もそう思った。だから、琴葉に知らせとこうと思って。…やっぱり、琴葉はツイッターのアカウント持ってないから、知らなかったんだね」
「…うん」
ツイートされたのは昨日の夜。もう、どのくらい広まっているのか、想像もしたくなかった。
「今日、そういえば千春の顔色が悪かった気がする…」
海はクラスが離れているからわからなかったけど、千春の表情は暗く、落ち込んでいて、寝不足だったのかもしれない。
「海はスマホ持ってないけど、千春は持ってて、ツイッターもやってるはずだから、知っちゃったんだ」
「たぶんそうだろうね」
…まさかツイッターで拡散されてるなんて。
ツイッターはやってなくても、その怖さはわかっているつもりでいた。長期休みが始まる前の全校集会とかで、毎回しつこいくらいに生徒指導の先生が言ってたし、まわりの大人たちも口をそろえて『ツイッターには手を出さない方がいい』と言ってるから、よほどトラブルが起こりやすいツールなんだな、っていう程度の認識だった。
だけど、こうして実際に身近な友達が、今問題になっている『SNSのトラブル』に巻き込まれていて、苦しんでいるのを見ると、指先が凍り付くような気がしてくる。
お互いに口をつぐんで歩いていると、もういつも別れる交差点まで来てしまった。
「今日、LINEしてみるよ」
「そうだね。僕は何もできないけど、千春さんが辛そうなら、そうするといいと思う」
そう言って、じゃ、と手を振りながら自転車にまたがる姿は、月明かりや街頭に照らされているのもあって、年下とは思えない程さわやかだった。
「ツイッター」や、「LINE」などの名称は、正式名称ではない方がいいのでしょうか?
もし、何かの著作権に引っかかるようでしたら、遠慮なくコメントで教えてくださると嬉しいです。