第九章 SNSの力と志望校
次の日から、千春は何事もなかったかのように教室に入ってきた。
「千春?!海と別れたってマジ?!」
「どうして?美男美女でお似合いだったのに…」
どこから噂が流れたのか、クラスの大体の人が知っていた。
もちろん、千春と海を応援していた人たちは本当に驚いていた。
「もう疲れちゃったの。もう、その話題は止めてくれる?」
「え、でも…」
「本当に終わりにしたから」
そうきっぱり言って、スタスタとこっちに向かってきた。
「ちょっと話し相手になって」
「…ガードして、ということですか」
「そういうこと」
千春は勝手に私の前の席に座ってこっちを向いた。
「でさ、なんでみんな知ってんの?二人がその…別れちゃったこと」
ずっと疑問だった。千春が打ち明けてくれたのは昨夜だし、千春の様子から察するに、話したのは一番初めだったはずだ。
「ツイッターに流した」
「…は?」
「ツイッターやってる人たちは、良くも悪くも私たちのことに興味があるっぽかったからね。一言発しただけですぐに広まると思ったんだ」
「…はあ」
なんでそうしたのかはわからない。炎上した火に油を注ぐような行為ではないか。
「これもちゃんと、海と話し合ったことだから」
きっぱりと、でもやっぱり少し寂しそうに言った。
「…二人が良ければそれでいいんだけど」
ハッピーエンドとは程遠い結果だけど、私たちはもう受験生。10月も終わってしまってあと三か月、といったこの時期に、勉強に集中できないのは、もう限界だったのだろう。
「さーてと。そろそろ本気出しますか。評定が決まる最後の中間テストまで二週間切ったし」
無理やり気持ちを切り替るように、自分の机に戻っていった。
「…どうせあいつは水泳で私立の推薦使うから、評定なんて関係ないくせに」
「…拓?!」
いつの間に学校に来ていたのか。後ろから拓がボソッと呟いた。
「そういえば、拓はどこに行くの?やっぱり蓮と同じ第一高校?」
「…っ!蓮は第一にしたのか。お前は?」
うぐ。こっちから聞こうとしたのに、逆に質問されてしまった。
「まだ決まってない」
「迷ってるところとか、ないのか?」
「それは、大平高校と第三高校…」
最後の方は自信がなさすぎて声が小さくなってしまった。
「第三か。第一にはしなかったんだな」
「何言ってるの、当たり前じゃん。第三でさえ不安なのにこれ以上ハードル上げられないよ!第一にする気は全然ない」
そう宣言すると、なぜか拓は怪しげな笑みを浮かべて、「勝ったな」と呟いた。
「…拓?」
「いや、何でもない。それより、どうして第三なんだ?」
「第三は毎年、倍率が高いんだけど、部活が良い雰囲気だったんだよね」
っていうか!!
「まだ迷ってるから!決まってないから!!」
大平高校は、今の私のレベル普通に合格できるくらい。
第三高校は、ちょっと背伸びをしたくらいのレベルだから、もし落ちた時のことを考えると、なかなか決断はできずにいた。
「でも、あそこってプール無くないか?」
「…水泳は、もう止めるから」
一緒に頑張ってきた仲間に言うのも申し訳ないが、この前の中総体で終わりにすると決めていた。
「そうか。よかった」
「…え?」
「俺も水泳は止めて、陸上に変えようと思ってたんだ。水泳やめるやつが他にいてよかった」
初耳だった。水泳部がオフシーズンの時に駅伝の選手に選ばれていたってことは知っていたけれど、まさかそっちを本業にするとは思わなかった。
「それで?琴葉は高校から何やるの?」
「吹奏楽。ほんとは中学からやりたかったんだけど、ピアノとの両立が厳しそうだったから、ピアノを採ったの。でも、高校までピアノのことを続けるのは、時間的に難しくて…」
ピアノのことを考えた途端、この前の合唱コンクールのことが頭に浮かんだ。
卒業式で伴奏をやって終わりにしたかった。あそこで伴奏者賞を取っていれば。
後悔してもしきれない虚しさにうつむくと、拓が急にある提案をした。
「琴葉。俺と一緒に第三高校目指さないか」
それは、ある意味私の人生を変えた、衝撃の一言だった。