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西の窮状

「色々と納得いかないことはありますが、まずは助けていただきありがとうございました」


 そう礼を述べ、フードの女は頭を下げた。


「それで、こんな場所に何か用があったのですかな?」


 シグルムの問いに、僅かな間を置いて女が答えた。


「やつらを……ゴブリンを、皆殺しにするためです」

「……何か事情があるようですな」

「と、とにかく、怪我してるみたいですし、こっちで手当てしましょう!」

「っ! い、いえ! それには及びません! ――痛ッ!」


 大げさに飛び退いた女が、痛みに顔をしかめた。よく見れば、ゴブリンどもの投石のせいか、肌が出ている部分は傷だらけで、顔からも血が流れていた。


「ああ、ほら、薬を塗りますから、動かないでください。治療の心得はあるので大丈夫です」

「いえ、そういうことでは――!」


 慌てる女に構わず、セーラは女のフードを取った。


「あっ――」

「え――」


フードの下に隠れていた女の顔が露わになる。赤い瞳の上、額にあたる部分、銀髪から同じく二対の赤い瞳が見え隠れしていた。


「……わたしは、蜘蛛人アラクノイドなのです。こんな傷など放っておけば治りますので、どうぞお気になさらず」


 そう言って女は笑った。どこか諦観漂う、疲れたような笑みだった。


「もう、そんなこと言ってもダメです。動かないでくださいね?」

「へ? ――あ痛っ!?」


 だが、セーラはお構いなしとばかりに女の手を取ると、傷に軟膏を塗っていった。傷にしみたのか涙目になりつつ、困惑した様子で女が声を上げる。


「わ、わたしは――蜘蛛人ですよ!?」

「――それが、どうかしたんですか?」

「な――!」

「初めて見る種族の方だったので、少し驚いちゃいましたけどね。失礼しました」


 絶句する女に対し、セーラはてきぱきと治療を進めていく。異種族など、このパーティでは彼女以外――アルフレッドやレヴィアも含め――みな人間ではないのだ。蜘蛛人だからという理由で女が萎縮するのがセーラには理解できなかった。

 後ろでシグルムが大口を開け、豪快に笑う。


「はっはっは! セーラ殿は種族の違いなどという些末なことを気にするような器の小さい御仁ではないということです!」

「うん! セーラはいい人間ヒトだもん! そんなこと気にしたりしないよ!」

「そういうことです――ふふ、さすがはアルフレッド様が見込んだ方ですね」

「おまえが他の者からどのように思われているかは知らんが――少なくとも、そんなことを気にする者はここにはいない」


 アルフレッドが女の前までやってきて、相変わらずの無表情でもってそう告げた。

 女はしばらくアルフレッドの紫の瞳を凝視していたが、不意に地面に手をつけ、叫んだ。


「わたしは、西方の大森林に住む蜘蛛人が族長の娘、ナトラといいます! あなたがたを見込んで頼みがあります! わたしとともに森に現れたゴブリンどもと戦ってください! お願いします!」


 そして女――ナトラは、自らの髪や衣服が汚れるのも構わず、地面に頭をこすりつけて懇願するのだった。






「あ、みなさん! おかえりなさい! 依頼はもう終わったんですか?」


 ギルドに戻ってきた一行をマリーが笑顔で出迎えた。アルフレッドを見て何人かの冒険者が怪訝な顔をしたが、ティーダに睨まれると慌てて目を逸らした。まだアルフレッドが侮られることに対する怒りは消えていないらしい。


「依頼は終えたが、少し話すことがある。時間をとれるか」

「そうなんですか? 実はわたしからもお話しすることがあるんです。この書類をまとめたら伺いますので、それまで上で待っていていただけますか?」

「わかった」

「ところで、そちらの方はどうされたのですか? 出て行くときにはいらっしゃらなかったと思いますけど――」


 指摘され、一行の後ろで隠れるようにしていたナトラがぎくりとして肩を震わせた。フードで六つ眼を隠しているものの、いつばれるか気が気でない様子である。



「この娘に関することだ」

「そうでしたか。では、上でお待ちください。後でお茶を持っていきますね?」

「い、いえ、お気になさらず――」

「そういうわけにもいきませんよ。これも仕事ですから。ね?」


 そう言って微笑むマリーに促され、一行は応接室で彼女を待った。


「……その、ひとつお聞きしたいのですが、アルフレッド殿はこの街で何かこう、噂されるようなことをしてしまったことがおありなのでしょうか?」


 失礼とは思いつつも、気になって仕方ないといった様子でナトラが疑問を口にした。アルフレッドは少しの間考えるそぶりを見せたが、やがて首を横に振った。


「いや、そんなことをした覚えはない」

「ナトラ様、彼らはアルフレッド様が自分より高位の冒険者であるのが気に入らないのです」

「そうなの! あの人たちね、おとーさんが強そうに見えないとか、格好が不気味とか、仲間の影に隠れて手柄を独り占めしてるんじゃないかとか、好き勝手言うんだよ!? ひどいよね!」

「実のところ、アルフレッド殿はその……年端のいかぬ少年のように見えるので、暗殺者のような風貌も相まって、知らぬ者の目には怪しく映るのではないかと。わたしも失礼ながら、あの時は見た目だけでシグルム殿が最もお強いのだと思っておりましたし。いや、あの光景を目の当たりにすれば実力を疑うなどありえないのですが――」

「……俺は二十歳だ」


あ、これは年齢を間違われるのにうんざりしてますね。

表情はまったく変わらないのだが、セーラは微妙な間の空きかたなどからある程度アルフレッドの考えがわかるようになってきていた。アルフレッドやレヴィアはセーラは観察力に優れている、と言っていたが、たった一日でそこまで読み取れるようになるあたり、なるほどその通りかもしれない。


「え、ええっ!? アルフレッド殿はわたしよりも年上なのですか!? では、ティーダ殿はまさか本当にアルフレッド殿の――」

「ティーダは拾い子だ」

「あら? 何やら面白そうな話をしていますね。でも残念、今はちょっと立て込んでるんですよねえ」

「マリーさん。書類は片付いたんですか?」

「はい、お待たせしました。今お茶を淹れますね」

「あ、わたしもお手伝いします」

「いえいえ。セーラさんだって疲れてるでしょうし、座ってゆっくりしててください。それで、お話しというのがですね、実は中央都市から、アルフレッドさんを指名して依頼が届いているんですよ」

「また厄介事でも起きたか」

「はい。なんでも、西の大森林にゴブリンの軍勢が現れたとか」


 その言葉を聞いてナトラの血相が変わった。彼女は何か言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わずに俯いて押し黙る。しかし、マリーはそれを見逃さない。


「……彼女はこの件の関係者かなにかでしょうか?」

「その通りだ」

「……ナトラと申します。大森林に住む蜘蛛人の族長の娘です。先日、我らの集落が大勢のゴブリンどもに襲われ、抵抗を試みましたが、敵はあまりに多く……集落は、壊滅いたしました。父上――族長は、同じく森に住むエルフに助けを求めるよう命じ、わたしを逃がしてくれましたが……時既に遅く、わたしが戻った時には集落は跡形もなく破壊されたあとでした。その後、あるエルフの方とともに冒険者に助けを求めるべく中央都市に向かったのですが――途中、西の街の入り口にてその方は衛兵に捕らえられ、藁にもすがる思いで中央都市にたどり着いたわたしは、そこでも蜘蛛人だからと、街に入ることすら叶わず追い払われ――希望を失ったわたしは、ゴブリン憎しの一心で、半ば自棄で片っ端からゴブリンと戦っていたところを、アルフレッド殿たちと出会ったのです」


 そして、フードをとるナトラ。彼女の六つの瞳を見ても、マリーが動揺することはなかった。


「……なるほど。そんなことがあったんですか……」

「……あの、この眼を見ても何も思わないのですか……?」

「わたしは蜘蛛人の方を見るのは初めてですが、冒険者の中には昆虫人セクトノイドの方もいらっしゃるそうなので、特に何も思いませんよ。冒険者にはみな平等に接するべし。それがギルドの基本方針でもあります。ですので、ナトラさんが追い返されたというのは変な話ですね……あそこにいらっしゃる人間の王様もギルドのマスターもそんな方ではなかったはずですが……」

「……中央でも何か起こっていると考えるべきか。ジークや他にあそこにいたイニシエーターはどうした?」

「それが、東の国に悪魔の軍勢が現れたとのことで、みなさんそちらへ出払っているそうなんです」

「……策謀の匂いがしますね。アルフレッド様」

「そうだな……放置はできん。中央都市へ向かい、そこで何か起こっているなら解決してから西へ向かう。それでいいか」

「アルフレッド殿……! ありがとうございます!」

「では、我らもご一緒させていただきましょう」

「うん! ティーダ頑張っちゃうよ!」

「あの、アルフレッドさん……セーラさんも連れていかれるんですか?」


 遠慮がちに、しかしまっすぐにアルフレッドを見てマリーが言った。アルフレッドを名指しということは、これは中央都市のギルドでは対処できない案件ということ。そんなものにセーラが同行するのが不安なのだろう。


「別に強制はしない。行きたくなければ行かなくてもいい。判断は本人に任せる」

「……行きます」

「セーラさん、ですが――!」

「……正直、わたしが何かお役に立てるとは思いません。でも、だからってここで逃げたら、きっとこれからもずっと落ちこぼれ冒険者のままだと思うんです。故郷のため、パーティの一員にしてくれたアルフレッドさんたちのため……わたしは逃げるわけにはいかないんです。ですから、行かせてください」

「セーラさん……!」

「……やはり、あなたはアルフレッド様が見込んだ人です」


 レヴィアがにっこり微笑み、セーラの肩に手を置く。


「心配されるお気持ちはわかりますが、冒険者とはすべてが自己責任。なるのも、依頼を受けるのも、すべて自由です。だからこそ、その決断には重みがあり、尊重されるべきなのです。そうですね?」

「……ふふっ。なにが冒険者には平等に接するべき、ですか。勝手に心配して、口出しして……受付嬢失格ですね」

「マリーさん……」

「おっしゃる通りです。セーラさんがご自分の意思でそうお決めになられたなら、わたしから言うことなど何もありません。……実家に同じくらいの妹がいるから、なんていう理由で心配していたわたしが愚かでした」

「ふふっ、そう心配なさらずとも、わたしやティーダ、シグルム、そして何より、アルフレッド様がいます。心配なさることなど何もございません」

「……そう、ですね。……もはやわたしから言うことは何もありません。ですが、最後に一つだけ言わせてください。みなさま、どうか――どうかご無事で、帰ってきてください。いつでもお待ちしています」


 そして一行は、蜘蛛人のナトラを加え、結成わずか一日で西の異変に挑むことになったのだった。

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