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救出

  街が見えてきたところで、セーラはすれちがった馬車に呼び止められた。


「お嬢ちゃん、こんな時間にどこ行くんだい?」


 声をかけてきたのは、商人風の男だった。


「え? 街に戻るところですけど……」

「そうなのかい? 実は私も街に戻るところなんだ。乗せていってあげよう」

「わ、悪いですよ。わたしなんかに……」

「そんなことないさ。女の子の一人歩きは危ないからね。さあ乗って!」

「で、では、お言葉に甘えて……」


 男に言われるまま馬車の荷台を開けた途端、セーラは腕をつかまれ、中に引きずり込まれた。押さえつけられ、縄で縛られる。


「よしいいぞ! 出せ!」


 そして、馬車は街とは反対方向に走り出す。

 ここでようやく、セーラは自分がだまされたことに気付いた。


「んーっ! んーっ!」

「暴れるんじゃねえよ!」

「おい馬鹿! 手は出すな! 傷物にしたら価値が下がっちまうぞ!」


 荷台には、男が三人乗っていた。おそらく、アルフレッドの言っていた人さらいだろう。


 ――自分は、いったいどうなってしまうのか。

 奴隷として働かされるのか、それとも娼館で客の欲望の捌け口にされるのか。


 想像し、全身から血の気が引いていく。

 やっと光明が見えたと思ったのに、結局こうなるのか。世話になった人たちに恩も返せず、夢も、希望も自分には許されないのか。

 ――そんなの、あんまりだ。

 ぽろぽろと涙がこぼれた。


「なんだ、泣いてんのか?」

「心配すんな。痛い目には合わねえよ。……買い手次第だがな」

「……おい。前に誰かいるぞ。どうする?」


 その時、先頭で馬車を走らせる男がそう報告してきた。


「一人か?」

「ああ、一人だ」

「男か? 女か?」

「わからん。だが、身長からしておそらくガキだ」

「一人ってんならついでにさらっちまえ。大した手間じゃねえ」

「おお。……だが、なんだってこんな時間に、しかもこんな森の中にガキがいるんだ?」


 森の中? 

 今、確かに森と聞こえた。もしやここは、先程までいた森の中? だとすると、男たちの言うガキとはもしや――。

 セーラがそう考えたとき、外の会話が聞こえてきた。


「こんな時間に、どこへ行くんだい?」

「家に帰るところだ。この先にある」


 ――アルフレッドさん。

 その声は、間違いなく先程の少年、アルフレッドのものだ。このままでは、彼もさらわれてしまう。


(暴れるんじゃねえ! 殺すぞ!)


 危険を知らせるべく必死にもがくが、男に押さえつけられてしまった。その間も会話は続く。


「そうなのかい? 実は私もこの先に用事があるんだ。ここで会ったのも何かの縁だし、乗せていってあげよう」

「そうか。では、そうさせてもらうとしよう」

「――ん? ああ、気にしなくていいさ。困ったときは助け合いだからね。さあ荷台に乗って!」


 来ちゃダメです。ここから逃げて――。


 セーラの思いも届かず、足音が近づいてくる。足音はどんどん大きくなり、ドサリと何かが落ちる音が聞こえ、そして扉が開かれる。男が手をのばし――。


 ――今の音は、何?


 セーラがそう思うと同時に、のばした男の腕が、逆につかみ返された。


「なっ!」


 そして、奥の二人目がけ、反応する間もないまま、その胸に手投矢ダーツが突き立った。


「ぐあ!」

「うぐう!」

「災難だったな。セーラ」


 そこにいたのは、やはりアルフレッドだった。なぜか右手に手袋をしていなかったが、相変わらずの全身黒ずくめである。


「てめえ、殺してや――」


 男の一人が刺さった手投矢を引き抜き、言いかけたところで異変が起こる。


「――か、ぐ、かぁ――……」


 泡を吹き、喉をかきむしり、苦悶の表情のまま倒れ伏し、動かなくなる。それで、終わりだった。

 同じく手投矢を喰らったもう一人はぴくりともしない。既に死んでいた。


「ほう、少し耐性があったか」


 言いながら、アルフレッドは手を放す。残った一人が崩れ落ちた。その男も死んでいた。


「これに懲りたら、一人で外出は控えることだ」


 懐から黒手袋を取り出し、右手に嵌めながら、アルフレッドはそう言った。それから、ナイフでセーラの縄を切った。


「え、あ、え――……?」

「……どうした? 見る限り怪我はないようだが、何かされたか?」

「こ、この人たち、死んで――」

「……そうだ。俺が殺した」

「……あ、あの、さっき話してた人は……?」

「それも俺が殺した」

「……ど、どうやって……?」

「ああ。やつと『握手』した」


 外に出る。馬の足下に男が倒れていた。やはり、その男も死んでいた。

 訳がわからなかった。いったいどうすれば握手で人が殺せるというのか。

 聞いてはいけないことのような気がして、セーラはそれ以上何も聞かなかった。


 こうして、セーラの人生最大の危機は、笑ってしまうほどあっけなく過ぎ去ったのだった。






 混乱からなかなか抜け出せずにいたセーラに、アルフレッドはどこからか小瓶を取り出して渡した。瓶の中はオレンジ色の液体で満たされている。


疲労回復薬スタミナポーションだ。飲め」


 言われるまま中身を飲み干す。甘さの中に、少しの辛み。体の中心に温かさが戻ってくる感覚とともに、混乱した思考が落ち着きを取り戻していくのを感じた。


「……落ち着いたか」

「……はい。ありがとうございます。もう大丈夫です」

「そうか。では、街まで送っていこう」

「い、いや、助けていただいただけでもありがたいのに、そこまでしていただくわけには……」


 助けてもらったというのもあるが、この口調のせいだろうか。自分とそう変わらぬ年齢に見えるのに、セーラはアルフレッドに対してやたらと恐縮してしまうのだった。

 そんなセーラを見て、アルフレッドはふむ、と呟くと、こう言った。


「ならば、今日は俺の家に泊まっていくといい」

「え!? いえ、それこそとんでもない――」

「だからといって、一人で返せばまた何かトラブルに巻き込まれるかもしれん。それに、ここはもう森の奥だ。魔物が出る。夜は動きも活発なものが多い」

「う……」

「ここからなら街よりも俺の家のほうが近い。宿代もかからないしな」

「むむ……」


 考え込む仕草をしたあと、ややあってセーラは言った。


「では、お言葉に甘えてもいいですか……?」


 実を言うと、内心では最初から答えは出ていた。考え込むふりをしたのは、単に遠慮がないと思われたくなかったからだ。

 アルフレッドの言うことは、全くもって正論だった。セーラ一人では魔物に出くわせば逃げるしかないし、魔物だけでなく先程の男たちのような者にも狙われるかもしれないのだ。

 宿代についても、一部が免除されているとはいえ、日々の薬草取りでは厳しいものがあるのも事実だった。食事代も合わせれば、稼いだお金はいくらも手元に残らない。切り詰めてようやく貯金にあてていたのだ。寝床だけでもただならばありがたかった。

 そして何より、いくら『点灯』の魔法があるとはいえ、夜の森を一人で歩くなど絶対に嫌だった。


「この先だ。ついてこい」


 アルフレッドの後ろについて、森を進む。魔物が出るかもしれないというのに、どこか安心した気持ちでセーラは歩いた。


(……ひょっとしたら、これがパーティを組むということなんでしょうか――……)


 そんなことを考えていると、道が二手に分かれている場所に出た。まっすぐ進むと、中央都市に出て、左に進むと、とある場所に出る。


「ここを左だ」

「――ちょっと待ってください。道を間違えてますよ」

「有り得ん。俺は毎日ここを通っている」

「……嘘、ですよね?」

「嘘をつく必要がどこにある」


 それこそ有り得ない。なぜなら、この先で――、『あの場所』で生存できる生物など、存在するはずがないからだ。


「だって、だって、この先は――」


 震える指で、左の道を指し示す。そこには木も、草も、一本たりとも生えてはいなかった。


「――だってこの先は、『悪霊の沼地』じゃないですか」

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