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原初の森のヴェノマイザー(1)

 緑に包まれた森の中で、これまた緑の集団がいた。

 緑の、というのはなにも服装とかそういった類を指しているわけではない。緑肌グリーンスキンの集団なのである。いや、集団というのは正しくないかもしれない。その数は百を超えているのだから。

 元は蜘蛛人アラクノイドたちの集落だった所を奪い取った彼らは、我が物顔でそこに陣地を築いた。といっても、アラクノイドたちの住居にそのまま居座っただけなのだが。

 彼らからすれば、奪われる間抜けの方が悪いという考えなのである。自分が持っていないものを誰かが持っているのは不公平で、だから自分たちはそれを奪う権利がある。甚だ理不尽だが、それがゴブリンという生き物であった。


 普段は見えない『壁』に阻まれて立ち入ることのできない森だが、つい先日、どういうわけか入れることを斥候が発見したのだ。いつもこちらを見つけ次第遠くから矢を射掛けてくる高慢ちきなエルフどもに思う存分仕返しする機会が巡ってきた。森には食料がいくらでもあるし、女だっている。欲望に駆られた彼らを止めるものは何もなかった。

 突撃した勢いのままアラクノイドの集落を攻め落とし、そこを陣地として今度はエルフの里を落とす。

 本来、後先考えずに欲望のまま行動するゴブリンにそんな知能はないはずだが、この群れを率いていたのは君主ロードであった。ロードとは長い時を経て経験を積み、君主となった上位のゴブリンのことである。この個体は並の個体とは比べ物にならないほどの知能を持ち、群れを統率してゴブリンの軍勢を作り上げる。出現が確認されれば討伐隊が編成されるほど人々から恐れられていた。


 そのゴブリンロードは、集落の真ん中で苛立ちを露わにしていた。思うように事が進んでいなかったからだ。

 あの気持ちの悪い六つ眼の蟲人どもの集落を攻め落とすところまではよかった。少なくない数の配下がやられてしまったが、女さえいれば兵などいくらでも増やせる。自分一人さえ逃げおおせて、女の一人でも攫っていけば何度でも群れは立て直せるのだ。

 だが、アラクノイドの集落を落として奪えたものは住居と水といくらかの保存食ぐらいのものだった。どうしたことか、アラクノイドたちは敗走するなか忽然こつぜんと姿を消してしまったのだ。それが一人のエルフの手引きによるものだということは知る由も無かった。

 このままでは群れの維持に影響が出る。早くエルフどもの住処すみかに侵攻をかけなければ。

 そんなことを考えていると、部下がやってきて何事か喚いた。それは、待ちに待った準備の完了を知らせるものだった。


 ――ついにあの憎たらしい長耳どもの住処を攻める準備ができた! 侵略の時だ!


 部下を全員集め、命令を与える。命じることはただ一つ、すべて奪え、だ。

 ゴブリンたちはみな醜悪な顔に欲望を漲らせ、ニタニタ笑って舌なめずりをした。彼らの頭の中はすでに略奪のことで埋め尽くされていた。

 ゴブリンは弱い。最弱の存在とまで呼ばれている。だが、それはあくまで単体での話。機会さえあれば爆発的に数を増やす彼らが一人などという状況はまずありえない。圧倒的な数の暴力と後先考えぬ無謀さこそがゴブリンの強みだった。ましてやロードが率いるともなれば、その脅威は計り知れない。


 ゴブリンロードはニタリと笑い、エルフの里へ侵攻するべく号令をかけようとして――――、 


 村の奥、樹の陰からこちらを窺う人影に気がついた。

 首からぶら下げた望遠鏡を覗いてそいつを観察する。当然、奪ったものだ。誰から奪ったかなど覚えてはいないし、興味もない。自分以外はみな獲物なのだから。

 そいつは、見たところ人族の雌のようだった。口元を包帯で覆い、全身黒ずくめの奇妙な格好をしている。小さな背丈を見るに、きっと子供だろう。


 ――女!

 口元が歪む。この森での記念すべき初めての女だ。まずは産めるだけ子を産ませて、それから嬲って遊ぶとしよう。人族の子供はちょっと叩いただけですぐに死ぬから、できるだけ長く楽しめるように、十分注意して遊ぼう。あいつで遊びながら、我が軍隊が長耳どもを蹂躙するのを見物するのだ。


 おぞましい欲望を胸に抱いて、ゴブリンロードはその人影を指差して部下に命令した。言われて気がついたらしいゴブリンの中で、弓を持った者たちがこぞって矢を射掛けた。恐怖で腰でも抜かしたのか、人影は矢を避けようともしない。馬鹿め。射掛けたゴブリンたちは口々にそいつを嘲った。


 それを見て、ゴブリンロードは憤慨した。当たり所が悪くて死んだらどうする。どうしようもない馬鹿どもめ。やつらは何も考えていないのだ。


 人間の子供程度の力しか持たぬゴブリンの弓は当然貧弱だ。だが、数多く撃てば、さらに相手が避けようとしないなら、中には当たるものもある。


 人影の肩に矢が突き刺さった。当てたゴブリンは得意げな顔で自分の手柄を主張した。自分が当てたのだから、自分も楽しむ権利があるはずだ。見ろ、やつはもうすぐ倒れて動けなくなる。そしたら、思う存分楽しんで――。


 人影は、倒れなかった。顔色一つ変えずに肩に刺さった矢を引き抜くと、微かに怒りを滲ませて静かに言った。


「よりにもよって、この俺に毒をよこすとは――――馬鹿め」


 ――なんで倒れない。手投矢ダーツが眉間に突き立ち、息絶えるその瞬間まで、そのゴブリンは起きたことを理解することができなかった。続けて、人影は言った。


「時間は十分稼いだだろう。奪われた故郷を取り戻す時だ。存分に暴れるといい」


 その言葉とともに、周囲の木陰から何人もの蜘蛛人がゴブリンに躍りかかった。ほとんどの者が両手にそれぞれ剣を持ち、次々にゴブリンを撫で切りにしていく。


 ――馬鹿な!

 ゴブリンロードは動揺した。いくら部下たちが無能とはいえ、あれだけの数がいて誰も気がつかないとは!

 ゴブリン生来の欲深さを利用されたのだ。誰もが獲物を楽しむ権利を得ることに夢中で、周囲に潜むアラクノイドたちに誰一人として気がつかなかった。いくら彼らが森に隠れることに長けているとはいえ、それだけではこれだけの数のゴブリンの目を逃れることはできなかっただろう。


 慌てて周囲を見回す。完全に包囲されており、どこにも逃げ場はない。敵は数こそ少ないが、ただのゴブリンでは相手にもならない。不意さえ突かれなければ、狩猟民族であるアラクノイドに対してゴブリンの勝ち目など無かった。完璧に乱戦となったこの状況では、頼みの集団戦も満足にできない。

 しかし、流石はここまで生き延びてきたというべきか。ゴブリンロードはすぐさま逃走を決意した。部下を敵へと押しやりながら、敵の少ない場所目がけて一目散に駆けてゆく。その背に、声がかかった。


「逃がすものか。お前はここで殺す。奪われる者の痛みを知るがいい」

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