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反撃の狼煙

 ――沈む、沈む。何も見えない。闇の中をひたすら沈んでゆく。

 ごぽり、ごぽりと音がする。その音を聞きながら、頭を支配するのは一つの思い。


 なぜ――?


 いくら考えても答えは出ず、暗い闇の中を、どこまでも、どこまでも沈んでゆくのだった。


「――――」

「おはよう、アルフレッド。気がついたのね」

「……ああ」


 むくりと、アルフレッドはライラの膝から頭を起こした。アルフレッドを膝枕していたライラは少しだけ残念そうな顔をしたものの、すぐに表情を戻して立ち上がった。


「大丈夫? もう動けそう?」

「……そうか。俺は倒れたのだったな」

「ええ。アルフレッドが寝ている間にわたしとこの森の力を分けてあげたから、もう『補給』は十分なはずよ」

「……すまないな」

「いいのよ。アルフレッドのおかげでわたしも彼らも助かったんだから」


 ライラが指差す先には、恭しく頭を下げるアラクノイドの集団がいた。その中から、一人の男性が進み出て、跪いて礼をした。


「蜘蛛人の長、アドラと申します。ライラ様、そしてアルフレッド様。お二方のおかげで我ら蜘蛛人は滅亡の危機から救われました」

「……ナトラの話では、ゴブリンの襲撃を受けて壊滅した、ということだったが」

「はい。確かに我らは小鬼どもに里を滅ぼされたものの、娘――ナトラを逃がした直後、ライラ様にお助けいただき、辛くも全員が逃げおおせることに成功しました」

「それでみんなをここに連れてきたのはいいけれど、あの魔神が現れて後はあの通りよ」

「ふむ……見たところ、シルフがいないようだが、どうした」

「あの子には穴の空いた結界を直しに行ってもらったのよ。だから今はいないわ」

「……なるほどな。この森に入り込んだ敵の規模はわかるか」


 尋ねられたライラは大きく頷くと、目を閉じて集中を始めた。

 アルフレッドと同じく精霊を友とし、なおかつ森の守護者でもあるライラは、集中して精霊の『声』を聞けば森全体の状況を把握することができた。アルフレッドとて≪蝕毒庭園トキシックガーデン≫を使えば同じことが可能ではあったが、監獄などとは比べ物にならないほど広大な森の全体を把握するには消耗が激し過ぎて避けたいところであった。

 アルフレッドの『魔蝕毒』は≪蝕毒変性ヴェノマイズ≫で効果を切り替えることによってどんな状況にも対応できる万能性を持っていたが、代償として使えば使うほど饑餓状態に陥るという欠点があった。<毒肢>ならまだしも大技の乱用は避けたいというのが本音だ。


「……把握したわ。数は百と二十八。君主ロード一、将軍ジェネラル三、隊長リーダー六、騎兵ライダー三十、術士キャスター十二、あとは全部ただの歩兵ね。……今、エルフの里の周りをうろちょろしていた斥候が見張りに排除されたわ。五匹減よ」

「わかった。行ってくる」

「待って! わたしも行くわ。森の守護者として放っておけないもの」

「我らもお供します。微力を尽くしてお役に立ってみせましょう」

「……いいだろう。ゴブリンを追い出し、元の森を取り戻す。――反撃開始だ」






「……なるほど」

「え? どうかしましたか、レヴィアさん?」

「いえ、なにも。それより、さきほどの地響きの原因でしたか?」

「ああ、何か心当たりがありそうだったが……」

「ええ。おそらくアルフレッド様が何かしたのでしょう。あの方はいつも我々の予想だにしないことをなさいますから」

「……いくら使徒とはいえ、この大森林を一瞬でも揺るがすことなど不可能だと思うのだが、この森には太古の昔から住む我らエルフですら知り得ぬこともあるからな。そういうこともあるかもしれん」


 疑わしげな顔をしながらもオルレンは頷いた。


「ふふっ……。では、少し休憩したらわたしたちはゴブリン討伐に赴くとしましょう。そうすればきっとアルフレッド様と合流できるはずですから。エルフのみなさまはどうなされるのですか?」

「わたし個人としては行くべきだと思うのだが、如何せんエルフという種族は他の種族より長生きなせいか大半の者が慎重すぎるほど慎重な性格でな。長老たちがなかなか首を縦に振らんのだ」

「ふむ。拙者ら蜥蜴人リザードマンは族長一人がすべて決めておりましたが、そのぶん族長は部族全員の命をたった一人で背負わねばなりませんでした。どの種族も長は苦労するということでしょうな」

「やれやれ……必ず説得するゆえ、すまないが今しばらく待ってほしい。後から駆けつけると約束する」


 去り際にそう言い残し、オルレンは足早に会議の席へと戻っていった。


「じゃあ、斥候曰くアラクノイドの集落跡に陣取ったっていうゴブリンをとっちめにいきましょう!」


 シルヴィアが森の奥を指差して言った。目指す場所はこのエルフの里より少しばかり奥へと進んだところにある。


「わたしたちだけで大丈夫でしょうか……」

「だいじょーぶ!」


 不安げなセーラを、ティーダが励ます。快活な笑みを絶やさないこの獣人の少女は、いつも皆に元気をくれる。


「わたしたちはおとーさんの仲間なんだからね! ゴブリンなんてあっという間に倒しちゃうんだから!」

「ははは、中央都市の悪魔を個の武とするならば、さしずめ今度は集団の武といったところですかな。困難に挑み正面から食い破ることこそ蜥蜴人のほまれ。誰よりも多く奴らの首級をあげてご覧にいれましょう。心配めさるな」

「セーラさんはもう一人ではないのです。わたしたちがついていますから、安心してください」

「いざというときは、この身に代えてもわたしがお守りします!」

「そうよ! みんなで森を救いましょう!」


 口々に励ましてくれる仲間たち。

 そうだ。もう一人寂しく薬草拾いをしていた自分ではないのだ。今の自分には仲間がいる。

 思わず瞳の端に浮かんだ滴を慌てて拭って、セーラは言った。


「はい! がんばりましょう!」


 気炎を上げて、一行はエルフの里からさらに奥へと進んでいった。

 広い森の中で二つの反撃の狼煙のろしが上がったことを、ゴブリンたちは知るよしもなかった。

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