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恋と毒と領主様

「――セーラ。起きろ」

「――ん。んう……?」


 声変わり前の少年のような少し高めの声に起こされ、セーラは重いまぶたを開けた。寝惚ねぼまなこで窓の外を見る。まだ夜明け前で、辺りは暗かった。


「ふあ……。どうしたんですか、アルフレッドさん……?」 

「敵襲だ」

「え……?」


 思いもよらなかった言葉に慌てて飛び起きる。既に彼女以外は起きて部屋に集まっていた。部屋割りは奥の部屋にセーラ、レヴィア、ナトラ、シルヴィア、手前の部屋にアルフレッド、ティーダ、シグルムとなっていたが、全員が奥の部屋に集合している。


「な、なにが起きたんですか……?」

「窓の外を御覧くだされ。静かに、ゆっくりとですぞ」


 シグルムに促され、慎重に窓から外の様子を伺う。闇に紛れて、いくつかのあかりが見えた。


「あれは……」

「俺たちの存在を感づかれたようだ」

「どうするのおとーさん?」

「……予定とは違うが、突破してそのまま森へ入る。荷物をまとめろ」

「は、はい!」


 寝癖のついた黄金色こがねいろの髪を手櫛で整え、寝間着から冒険用の装備へ。


「じゅ、準備できました!」

「よし、一階に行くぞ」

「アルフレッドさん。その、ゼヨンさんは……?」

「……あいつはもう旅立った」


 玄関に移動した一行は、外の様子を伺った。一行で最も耳の良いティーダに、誰かの話し声が聞こえてくる。


「……あの薬売りとその一行が泊まってるのはここだな?」

「ああ、メルヴィナ様がそうおっしゃってる。捕まえて連れてこいって」

「わかってるな? 手柄は全員のものだぞ。抜け駆けするなよ?」


「……おとーさん」

「何か聞こえたか?」

「うん。この街の人たちみたいだね。わたしたちを捕まえようとしてるみたい」

「……まあそんなところだろうと思っていた」

「ならば怪我をさせるわけにはいきませんね。アルフレッド様。わたしにお任せください。こういうのはわたしが最も適任でしょう」

「ああ、頼んだ」

「え、一人で? ちょ、ちょっと。それは無理があるんじゃない?」

「いや、十分ですよシルヴィア。見ていればわかります」


 任されたレヴィアは微笑むと、優雅に扉を開け放った。外には松明たいまつやランタンを持った男たちがいた。男たちは突然出てきたレヴィアに驚いて面食らっている。


「はじめまして。わたしはレヴィア・ナスターシャと申します。既に話は聞いておりますので、なぜ貴方がたがこちらにいらっしゃったかをお話しされる必要はございません」


 優雅に一礼する彼女をいぶかしげに見やり、男たちは声を発した。


「そうかい。なら、一緒に来てもらおうか。抵抗しなければ手荒てあらなことはしないからさ」

「ふふっ、ご配慮ありがとうございます。もちろん、領主様にはお会いしますよ。――ただし、連れていかれるのではなく自らの足で、ですが」


 くすりと彼女が笑い、男たちの提案を断った。次の瞬間、男たちの足下から『何か』が飛び出し、男たちを襲った。


「うわっ!? なんだこれ!?」

「これは……み、水!?」

「はい、わたしは水を操ることが()()()()得意でして。()の意向によりしばらく大人しくしていてもらいますね」


 蛇のようにうねる水に捕らわれた男たちは必死にもがくが拘束は解けない。どうやっているのかは不明だが、やがて男たちは水に締め落とされてしまった。


「こんなところですね。では、まいりましょうか?」

「……ほ、本当に一人で終わらせちゃった……」

「アルフレッド殿と三人のファミリア殿たちは本当にお強いですからね。彼らがいれば必ずやゴブリンどもを森から追い出すことができるでしょう」


 ナトラの言葉を聞いたセーラの胸がちくり、と痛んだ。


(わかってはいたけど……わたし、やっぱり役立たずだ)


「……」


 非力な自分を嘆き、悲しげに俯く彼女をアルフレッドがじっと見つめていた。






「ここから先が西の大森林こと『原初の森』になります。この土地の者の案内無しで先に進むことは困難を極めますので、わたしとシルヴィアが案内を務めさせていただきます」


 街の外れ、森の入り口にやってきた一行。世界最大の大森林である『原初の森』。その入り口は静寂に包まれ、まるで一行を待っているようにも思えた。


「離れちゃ駄目よ。気をつけないとすぐ迷うから。精霊に聞けばはぐれても見つけることはできると思うけど、獣に襲われるかもしれないし、時間もかかるから」


 シルヴィアが注意を述べた時、森の中から少女の悲鳴がした。誰が反応するよりも早くアルフレッドが駆け出す。


「あっ! アルフレッド!? 一人で行っちゃ――!」


 シルヴィアの制止も届かず、アルフレッドは森へと消えていった。残された一行は顔を見合わせる。ナトラとシルヴィアはどうすべきか迷っているようだったが、ファミリア三人は心配はいらないとばかりに笑った。


「まあ、おとーさんなら大丈夫だよね!」

しかり。アルフレッド殿なら心配は不要かと」

「そうですね。そのうち合流できるでしょうから、わたしたちは気にせず進みましょうか」


 その様子を見て、セーラは改めて三人がアルフレッドに寄せる信頼の深さを感じた。

 そして、アルフレッドなら確かに大丈夫だろう、『悪霊の沼地』ほど危険でもないだろうし――などと考えたところで、セーラはそもそもあの場所を基準にすることは間違っているのでは――と正気に返った。


 なんというか、色々と()()()()()な、とセーラは苦笑を浮かべるのだった。






「やだっ……、あっち行ってよ!」


 桃色の髪の悪魔――メルヴィナは必死で森を走っていた。その小さな背中を、五匹ほどのゴブリンの集団が追いかけていた。


「もお、どうしてこんなことになっちゃうのよ……!」


 アルフレッド・ヴェノマイザーとその仲間たちが街を訪れたことを知ったメルヴィナは、彼らが寝静まるのを待って魅了した人々を差し向けた。あわよくばあのとんでもない使徒を<魅了チャーム>できないか。そう思ってのことだった。十数人の男たちが容易くねじ伏せられたと知った彼女は、慌てて森へ逃げ込んだ。そこでゴブリンに見つかってこのザマというわけだ。


「魅了の魔法を使い過ぎたせいで魔力が足りないし、このままじゃ追いつかれる……、もおやだあ!」


 喚きながら彼女は走る。背に生えた羽根で飛ぶこともできたが、木の枝に引っかからずに飛ぶことは至難の業だ。辺りも暗いし、まず無理だろう。


 ――なんでヴィゴラスの忠告を無視したのか。彼女は激しく後悔した。

 理由はわかっている――褒めてもらいたかったのだ。

 自分を拾ってくれた「あの方」によくやったと、ただ一言褒めてもらいたかった。

 思わずじわりと涙が溢れた。視界が曇った。考え事をしていたのもよくなかった。


 足下の樹の根に気づかず、彼女はつまずいて転んだ。転んでしまった。


「――あっ!?」


 メルヴィナは自分が致命的なミスを犯したことに気づいたが、もう遅い。

 転んだ彼女をゴブリンたちがあっという間に取り囲んだ。彼らはみな醜悪な顔に下卑た笑みを貼り付け、じりじりと距離を詰めてくる。


「い、いや……誰か、誰か助けてえ……!」


 ゴブリンとは見た目も生態も醜悪極まる種族で、食料も装備も基本略奪でまかなう。子孫の増やし方も吐き気を催すようなもので、他種族の女性をさらって集団で犯し、孕ませるのだ。浚われた女性は死ぬまでゴブリンの子どもを産まされるか飽きて殺されるかで、結局助からない。古来からこの悪辣な種族に蹂躙された哀れな「被害者」の話は枚挙に暇がない。


 これから自分がどのような目に遭うか察したメルヴィナは必死に助けを求めるが、ここは森の中。加えてまだ夜が明けたばかりで、そんな時間にこの森に入るような物好きはいない。

 女性の尊厳をにじられる恐怖に震えるメルヴィナ。願いも届かず、ゴブリンの汚らしい手が彼女に触れようとしたとき――。


 メルヴィナは視界の端に黒い影を捉えた。


 それが何かを理解する前に、彼女の周りを取り囲んでいたゴブリンたちが消えた。正確には、何かに足を掴まれ、空中へ()()()()()()()


「え……?」


 状況の飲み込めないメルヴィナの前に、人影が降ってきた。少女と見間違えそうな整った顔立ちの、紫の瞳をした全身黒ずくめのその男は――。


「アルフレッド・ヴェノマイザー……」

「……」


 名を呼ばれたアルフレッドは何を言うでもなく、ただ彼女に無遠慮な視線をよこした。同時に、後方で二本の<毒肢>に絡め取られた五匹のゴブリンが、凄惨な音を立てて頭から地面に叩きつけられて()()()


 あまりの恐怖に彼女は身を竦ませた。これでは、陵辱の危機が虐殺の危機に変わっただけだ。彼は自分のことを知っているに違いない。いや、仮に知らなかったとしても、使徒である彼が悪魔である自分を見逃すことはないだろう。


 生温かい液体が彼女の股間を伝って地面に広がった。それを気にも留めずにアルフレッドが口を開く。


「……怪我をしているな」

「……え?」


 怪我とはひょっとして転んだ時に擦りむいた膝のことだろうか。意外な言葉にメルヴィナは目を白黒させた。そんな彼女の目の前で、アルフレッドは懐から一本の小瓶を取り出した。小瓶には紫色の液体が注がれており、それを見たメルヴィナは息を飲んだ。


「ど、毒!?」

「毒ではない。これは<裏ポーション>だ」

「<裏ポーション>って、最近、中央都市で流行はやり出したあの……? 見た目は悪いけど効果は抜群でしかも安いっていう……」

「そうだ」

「ほ、ほんとうに毒じゃない……?」

「そんなわけがあるか。なぜ俺が()()()()()()薬を毒と偽る必要がある。早く飲め」


 かすアルフレッドにメルヴィナは覚悟を決め、小瓶を受け取ると中身を一息で飲み干した。つんと鼻に抜ける香りとともに苦いのか甘いのかよくわからない不思議な味の液体が喉を通り――。


「う、うそ……」


 一瞬で膝の痛みは消え、傷も治った。見た目こそ毒々しいが、中身は本当に<裏ポーション>だったようだ。


「あ、あなたは、わたしを殺さないの……?」


 それを聞いたアルフレッドは「なにを言ってるんだこいつ」と言わんばかりにメルヴィナを見た。<遠見の水晶>で見た時には無表情で感情に乏しそうな印象を受けたのだが、ひょっとしたらあまり表に出ないだけで意外と感情豊かなのかもしれない、と彼女は思った。


「なんで助けた相手を殺さねばならん」

「わたしが、その、悪魔だから……?」

「……なぜ悪魔だと殺さねばならないんだ」

「え……、だって、悪魔は使徒の敵だから……?」

「……メルヴィナ、お前は俺にとっての『敵』ではない」

「な、なんで……?」


 困惑するメルヴィナ。そんな彼女にアルフレッドは静かに言った。


「街の者たちは口々にお前を立派な領主だとたたえていた」

「で、でも、それはわたしが<魅了チャーム>の魔法を使っていたからで……」

「……お前の操る<魅了チャーム>は相当に高度なものだ。あそこまで自我を残して魅了が可能な存在を俺は知らん。……それにだ。別に圧政を敷こうが何をしようが魅了された者が不満を言うことはない。仮に波風が立たぬようにしていたのだとしても、ただの侵略者なら『前領主が不正にせしめていた税金や食料を公平に分配』したりはしない」


 メルヴィナは驚いた。今日この街に来たばかりだというのに、どうやってそこまで調べたのか。


「お前のしたことは『亜人を街に寄せ付けないようにする』ことだけ。結果的に捕らわれたシルヴィアも無事。ならば俺に戦う理由はない。何より――」

「な、何より――?」

「先ほど、<魅了チャーム>の解けた者たちと話をした。……彼らはみな、これからもずっとお前に領主でいてほしいと言っていた」


 それを聞いたメルヴィナはしばらく呆然としていた。が、不意に顔を手で覆うと、


「う、うう……うあ゛あ゛あ゛っ……!」


 嗚咽を漏らして泣き出した。彼女が泣き止むまで、アルフレッドはただ黙って眺めていた。






「……わたしが()()()()()()()頃――わたしのお父さんはとある地方の領主だった」


 樹の根に腰掛けたメルヴィナは、隣に座るアルフレッドに自分の生い立ちを静かに語り始めた。


「お父さんもお母さんもとても聡明で、そこに暮らす民たちもみんな幸せそうだった。そこでわたしは蝶よ花よと育てられ、何不自由なく過ごしていたんだ……」


 アルフレッドは何も言わずに黙って話を聞いている。だが、心なしどこか過去を懐かしむような遠い目をしていた。


「よくお出かけして街を歩いた。街の人はみんな親切で、わたしにとってもよくしてくれた。本当に幸せな日々だった……。でもある男がやってきてから、すべては変わってしまった……」


 呼吸を整え、彼女は続けて語る。


「そいつは領主補佐として新しく派遣されてきた男で、初めはよく働いたからみんな信用してた。でも、そいつは野心を持ってた。『自分こそが新しい領主になるんだ』って。わたしたちが油断した隙に、そいつは金で雇った私兵で屋敷を取り囲んだ。事故に見せかけてわたしたち一家を殺そうとしたの。警備の人たち、お父さん、お母さんが命懸けで逃がしてくれたからわたしは助かったけど、わたしの家族は、わたしの大事な人たちは――……っ!」


 「家族」という単語にアルフレッドが一瞬ピクリと反応したが、声を発することはなかった。


「……新しい領主になったそいつは、街の人たちに悪政を敷いた。高過ぎる税金に大量の食料……。ただ、領主になったそいつは得意の絶頂にいて、きっとやり過ぎたんだ。悪政の噂は王の耳に入り、そいつは捕まり、処刑された。……一方で、すべてを失ったわたしは荒野で一人、寂しく野垂れ死にするはずだった……。でも、そこに『あの方』が現れたの……」


 メルヴィナはアルフレッドを見た。髪と同じ桃色の瞳を、アルフレッドはまっすぐ見据える。


「――『色欲』の魔神、ルミナリア・アスモデウス。彼女はわたしを悪魔に変え、わたしを家族として迎えてくれたの。だから、あの魔神ひとを裏切れない」


 ――魔神。


 混沌に属する者たちの頂点に君臨する存在。


 七人いるとされるがいずれも未確認で、実態の掴めない謎の存在。中央都市の冒険者ギルドですらわかっていることは、全員が圧倒的な力の持ち主であるということだけ。


「……ああ、あいつか。前に会った」

「そう、そのあいつが――……へ?」


 流れで会話を続けようとしたメルヴィナは、あり得ないことを聞いたような気がしてアルフレッドを見た。


「……前に会った? 使徒が、ルミナリア様に?」

「そうだ。東の国――あいつの配下が治める国に薬を売りに行った。流行り病に効く薬が欲しいのだと言っていたな。それの礼で呼ばれた先で会った」

「え、え……? ……えええええっ!?」


 かつてないほどの衝撃に、メルヴィナは絶叫を上げた。東の国の『真実』を知っているということは、彼の話はまず間違いなく事実だ。


 使徒と魔神は天敵同士なのだと、人間だった頃も悪魔になった後も教わった。それが、薬を売りに行って、そのお礼に招待される?


 意味がわからなかった。この男は本当に使徒なのだろうか?


 そこまで考えて、いつだったかルミナリアが「面白い使徒がいる」と上機嫌で語っていたことを思い出した。東の国の『真実』を知りながらも、「俺は薬師としてこの国に来たのだ」と敵味方の視点で話をしようとした者すべてを斬り捨て、本当に薬だけ売って帰ろうとしたので、興味を持って宴に招待したのだ、と。


 その時は流石に作り話だと思って話半分に聞いていたが、もしやそれがこのアルフレッドなのか。そう考えると、すとん、とすべてが腑に落ちたような感じがした。どちらかといえば少女に見えるこの男ならルミナリアも()()()かもしれないし、<裏ポーション>の開発者だというなら間違いなく薬学の知識があるのだろう。


「……はあ。驚き過ぎてちょっと疲れちゃった」


 ()()()()調()()を少し取り戻したメルヴィナは疲れた顔でへたり込んだ。そして、股間に張り付く冷えた布の感触に思わず飛び上がった。


「ひゃっ! ……うう、冷たい」

「気になるなら脱いだらどうだ。ティーダは『面倒だからイヤ!』などと言って最初から穿いていない。俺もだが」

「いや、いくら人を誘惑する悪魔とはいえ、さすがにそれは恥ずかし――穿いてない!?」


 ある意味ルミナリアと知り合いということ以上の衝撃的なカミングアウトにメルヴィナは叫んだ。色々と規格外なこの使徒相手に、あとどれだけ自分は驚けばいいのだろうか。


「使徒に排泄行為は必要ないからな。他の使徒たちはみな下着を着けているが、なにもない俺には関係ない話だ」

「え――ない?」

「俺には性別が無い。従ってそういうものもない……この手の話題はあまりするなと言われていたな。もうやめだ」


 さらっととんでもないことを言われたが、これ以上は色々と疲れるので言及しないことにした。


「……お前が『色欲』のところに所属しているということは、今回の件は『色欲』が主導しているのか?」

「いや、主導してるのは『強欲』だよ。中央都市に潜んでた悪魔たちもその尖兵。東のは『怠惰』とわたしたち『色欲』。そして西のゴブリンも『強欲』が手引きして森に侵入させたもの。西と東を陽動に使って、本命の中央都市を手に入れる算段だったみたい。わたしは森から誰も出てこないように見張りの役を任されてたの」

「……なるほど。普段は『結界』のおかげで入ってこれない奴らがなぜ現れたのか疑問だったが……」


 得心がいったという風にアルフレッドは頷いた。


「ライラめ、封印でもされたか」

「え、えっと……わたし、街に戻ろうかと思うんだけど……」

「そうか」

「そ、その、帰り道がわからなくて……さっきみたいなこともあるかもしれないし……えっと、一緒に来てくれないかな、なんて……」

「……」

「あ、あはは、やっぱりダメ、だよね……?」

「構わん」

「……えっ?」

「構わんと言った。街の入り口まで送ればいいのか」

「う、うん……」


 一貫して無表情のままのアルフレッドが背中を見せた。乗れということらしい。


「あう、でも、粗相しちゃったから汚いよ……?」

「俺は気にしない。汚れるというなら洗えばいいだけだ。街までお前を届けて、早く仲間と合流せねばならん。乗れ」

「……うん」


 おずおずとメルヴィナはアルフレッドに負ぶさった。途端に二人の身体はアルフレッドより伸びる<毒肢>によって上に引っ張られる。


「わわっ!」

「振り落とされるなよ」


 二本の<毒肢>を巧みに伸ばし、アルフレッドは次々と木々を飛び移る。まるで進むべき方向がわかっているかのような迷いの無さに、メルヴィナは疑問を口にした。


「み、道がわかるの?」

「ああ、精霊に聞いた」

「せ、精霊!? まさか、話ができるの!?」


 精霊とは、水や火など、自然のものに宿るとされる神秘の存在である。たいていの者は見ることすら叶わず、ましてや会話が可能な者など、あの森妖精エルフの姫君のような極めて精霊との親和性が高い者だけである。それをいとも容易く行うなど、つくづく底の見えない男――正確には無性だが――だった。

 それからものの数分で二人は街の入り口に戻った。セーラたちの姿はない。見ると、二人を見つけた街の人々が手を振りながらこちらへ走ってきていた。


「……これからどうするつもりだ」

「……わたしとしては、街のみんなが許してくれるなら、これからもここの領主でいたいよ。でも、それは上に報告してみないとわかんない。何より、王が許してくれないよ……」

「……この一件が終わって戻ってきたら、一緒に来い。俺も一緒に話をしてやる」

「……どうして、アルフレッド()はそこまでわたしを助けてくれるの?」

「……俺も、何もかも失った。たった一人の家族も、友も、故郷も。約束は果たせず、救えると思ったものはすべて手からこぼれ落ちた。……だから、お前に同情したのかもしれん」


 静かに語るアルフレッド。その瞳が、微かな紫の光を放っていた。


「俺は俺の大事なものを、もう二度と失わん」


 そしてアルフレッドは、紫の残光を残して森へ消えていった。






「……ったく。せっかく忠告したのに、なんであのアルフレッドやばいのに一人で会ってんだ!? 向こうが見逃してくれたからよかったものの、下手すりゃ消滅んでたぞ!?」

「……うん」

「はあ……だが、あの使徒と直接出くわして、しかも友好的な関係を築いたことは大手柄だ。……おまえもこの街にえらくご執心だったし、上から直々に許可が出てよかったじゃねえか。『色欲』と『怠惰』はこれ以上この件に関わるつもりはないみたいだしな……おいメルヴィナ、聞いてんのか?」

「……アルフレッド様……」

「……ダメだこりゃ。完全にもってかれちまってる……。<魅了チャーム>の使い手が逆に魅了されてどうすんだ?」

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